漂流民族 弐 東京脱出
立ち込める煙でくすんだ空の下、老朽化の進んだ東京都庁舎が林立するビル群の間に見える。
混迷と混乱の極致にあるのか、慌ただしくヘリが発着し、東京防衛の拠点である役目を終わらせ様としていた。
坂崎達4機のライジンはそんな様子を尻目に見ながら中央線に入った。
パンタグラフが接触する架線に機体を引っ掛けない様に、低く屈み込みながらレールに足を乗せる。
左足を前に右足を後ろに大きく広げながら前傾姿勢を取った姿は、カーリングのストーンを投げる姿勢によく似ていた。
前後に広げた両の足で、僅かに左右のレールを押し広げる様に力を加え、安定させレール上を走行する訓練を坂崎他3人の隊員達も経験している。
しかしこのような実戦で行うのは初めてで、訓練用のレールではなく実物を使用しての走行は強い緊張を伴った。
「行くぞ!」と坂崎が最初にBSBで加速し始め、それに続く様に同じ姿勢のライジンが続く。
走り抜けるライジンの横をギリギリまで立て込んでいる中小のビルが通り過ぎる度、”ボッ・・ボッ・・”と空気音を立てる。
操縦桿から手を放し行先をレールに任せた坂崎が、アクセルを踏み込みながら流れゆく景色に目をやると、煙が立ち込める街並みは見慣れた東京を別の国の様に感じさせ、いつ攻撃を受けるか解らない緊張がアクセルを踏む足を緩ませた。
踏切には逃げ惑う人々の姿の中、事態が把握できず緊張の無い面持ちで目の前を通り過ぎる自衛隊機を不思議そうに見ている若者もいた。
ビルの窓に慌ただしく荷物を整理している人の姿が多く見える。
彼らは無事ここから脱出する事ができるのだろうか?・・・
坂崎は最新の情報を真っ先に入手し、退却の途中にある自分達に心苦しさを覚えながら、それらを眺めていた。
暫くは何事もなく順調に進んでいたが、線路上を電気が途絶え立往生している車両がふさいでいた為、一度停止し架線を引っ掛け壊してしまわない様に気を付けながらレールを降りた。
ライジンが立ち上がると視線が高くなり、遠くまで見渡せる事が出来る様になったので、現在地から東に位置する新宿、千代田を坂崎は振り返り見た。
所々で爆発炎上している煙が立ち上がり、街全体を霞の様な煙が包み込んでいる。
坂崎の耳には逃げ惑い悲鳴を上げる人々の声が再び聞こえてくる様だった。
民間人を置いて自分たちだけで退却する後ろめたさを感じながら、振り切る様に塞いでいる車両を回り込み、再びレールに足を乗せる。
態勢を整えた坂崎を先頭に後続が続き、殿の宮本が滑り出した時、斜め前方から銃撃を受けた!
本間のライジンに数発命中し跳弾する。
「大丈夫か!?本間?」加速を鈍らせずに坂崎が聞く。
「大丈夫です!」
前方を行く2機にも銃弾が降り注ぐ!
「このまま突破する!足を緩めるな!」BSBのアクセルを踏み込んだ!
暫く直線が続く中央線で時速が100kmを超える。
この速度で横転しようものなら、中のパイロットにかかる衝撃は相当なものになる。
くれぐれも脱線などしない様に注意しながら、さらに低く屈み込んだ。
とその時!
一瞬視界に入った通りのBRがこちらに向けて発砲したのが見えた。
その砲弾が最後尾の宮本機に直撃する!
宮本機は爆発の衝撃で脱線し、激しく火花を散らしながら転がり破片をまき散らす。
坂崎のライジンのスクリーンにその後方へ遠ざかっていく姿が映った。
「宮本!!」
3機のライジンは重心を後ろにかけ、レールを両の手でつかみ、そこから火花を散らしながら急制動をかける。・
制動をかけつつ
「宮本無事か!?」問いかけたが返事はない。
ライジン3機がレールから降り、BSBで今来た道を引き返す。
「近藤、本間脇を固めろ!」と言って、残骸と化した宮本のライジンに急いで駆け寄り宮本のライジンにかがみ込んだ。
めちゃくちゃになったコクピットで、宮本は焼け焦げていた。
「くっ!宮本がやられた!行くぞ!」と立ち上がる。
「畜生!!」と本間。
四方から銃撃を受け、線路付近に着弾しコンクリート片をまき散らし、榴弾が3機のライジンの間を飛びぬけ後方で爆発する!
坂崎を先頭にライジン達は線路横の比較的平面が続く所をBSBで滑走するが、レール上の様に速度が出せない。
ビルの間から連射してくるBRに向けて坂崎が撃ち返す。
それが本来守るべきビルに着弾し、大穴を空けながらコンクリート片やガラスをまき散した。
しかしそのような事に構っていられない程、彼らは追い詰められていたのだ。
どこから撃ち込まれているのか定かではないほど銃弾が降り注ぎ、坂崎や近藤、本間のライジンに着弾し跳弾する。
「続け!」と言い坂崎がビルの間の路地にBSBで突っ込んで行く。
それに近藤と本間が続く。
本間のライジンが自家用車に衝突し、自家用車を横転させる!
逃げ惑う人の群れに、その路地に侵入する事を諦めた坂崎が振り返り、追撃してくるBRに応戦する。
と近藤が車一台が通る事の出来る一方通行の細い路地を指し示し、
「三尉!行けそうです!」
「よし、行け!」
近藤を先頭に、本間、坂崎がその細い路地に勢いよく走り込んだ。
彼らを一瞬見失った敵BRが追撃にかかり、背走する坂崎の前方を勢いよく疾駆していく!それを側面からマシンガン掃射した!
数機のBRに命中し激しく跳弾する中、1機のBRが爆発炎上する。
先に進んだ近藤機、本間機を追いかける様に背走しながら細い路地に入り、追撃してくる敵BRに銃弾を撃ち込んだ。
たまたま家から出てきた人がそれを目撃した。
仰ぎ見る様な大きな人型のBRが、背走し薬莢を撒き散らしながら機銃掃射する!
薬莢がアスファルトに落ち立てる金属音を、激しい銃撃の爆音がかき消す。
それを耳を抑え人が耐えている。
足元でそんな出来事があった事など知る由もない坂崎が
「先に行き路地の出口で待機!待ち伏せをしろ!」と二人に言う。
「了解!」
細い路地が大きなライジンの機体をうまく隠してくれている。
敵機からの銃撃が一時止み、束の間の静寂に
こんな所まで入り込まれているとは・・・と思う坂崎の頬を汗が流れた。
細い路地で各個撃破される愚を犯さない様にか、追撃してくるBRはいなかった。
細い路地から大通りへ出る前で、先行していた2機のライジンが周囲を警戒する。
そこに追いついた坂崎が
「弾薬を確認しろ」と2人に言った。
「榴弾が3発にこのマガジンで最後です」と近藤
「自分も同様ですが榴弾は4発あります」と本間
「俺は榴弾が7発に、最後のマガジンがさっき空になった」と言って坂崎が左手で超振動波刀を背から抜いた。
「今のうちに榴弾を装填しておけ」と3機のライジンは自機の肩に銃床を押し当て装填する。
右手にグレネードを構え、左手で超振動波刀を持った坂崎のライジンが細い路地から大通りを覗き見ると、通りは車が大渋滞を起こしていた。
ピクリとも動かない状態に嫌気がさし、路地に入ろうと強引にハンドルを切っている車に激しくクラクションが鳴らされている。
そんな車を蹴散らし踏み越えながら、敵BRの中隊が突き進んできた!
「挟み込まれた!」と坂崎はここから抜け出せそうな道を探す。
晴天の東京に煙が立ち込め、直視出来る筈のない太陽に笠がかかり霞んで見る事が出来る。
一瞬静寂が包んだと錯覚した坂崎の耳に、雑踏や渋滞によるクラクションの騒音が戻った。
なぜ一瞬と言えど無音を感じたのか?と坂崎は疑問に思う余裕もなく辺りを警戒する。
大通りには逃げ惑う人々の喧騒が、BRの収音マイクを通じて聞こえている。
前方からくるBR隊はまだ坂崎達に気が付いていない。
坂崎は横で周囲を警戒している近藤と本間のライジンを見ながら考えた。
渋滞する大通りの車を蹴散らしながら進む事はできない。
渋滞のない中小通りを迂回しBRの特性を生かした退却経路を行くしかない。
その時!大通りで爆発が発生した。
榴弾が立て続けに大通りに落ち、爆発が車を吹き飛ばし破壊していく!
「くそっ!」
AARFBRが車を踏みつけ蹴散らしながら進んでくる。
ビルや通り、車などに見境なくグレネード弾を撃ち込んでいる。
「あいつら!好き勝手やりやがって!」本間が吠えた。
坂崎もさすがに看過できず
「近藤は奴らの後ろに回り込め!本間は左!俺は右だ!行け!」
敵機に気付かれない様に雑居ビルに身を隠しながら、敵機が傍若無人に進んでくる通りを挟んで向こう側に行く為、大きなトレーラーの陰にしゃがみ込んだ。
とそのトレーラーに着弾し巨大な火柱を上げた!
しゃがみ込み伏せたライジンは、爆発の火炎と衝撃をまともに受けずに済んだ。
火を被ったライジンが低い姿勢のままBSBで走り出す。
火炎を利用し気づかれない様に大通りを抜けた。
細い路地に飛び込んだ坂崎は、機体のあちこちから火を上げながら大通りを覗き込む。
敵は6機が一塊になって、周囲に榴弾を撃ち込み続けながら進んでくる。
「近藤、本間、いいか?」声を潜ませる必要はなかったが、つい小声で聞いた。
「いつでも行けます」
「こちらもです」
「よし、撃ち込め!」
6機のBRを包囲したライジン3機が一斉に榴弾を6機のBRの群れに撃ち込んだ!
AARFBRの間に榴弾が落ち、爆発でよろめいた。
1機に直撃し爆発、後方へ倒れ込む。
混乱状態になったAARFBRにライジン3機が超振動波刀を抜いて突っ込んだ。
坂崎と近藤のライジンが敵機の脇腹を突き刺し、本間が首元からコクピットまで突き刺した。
同じ数になった自衛隊機とAARF機はマンツーマンで対峙する形となった。
弾数を気にする事無く乱射するAARFBRに対し、BSBで蛇行し躱しながら坂崎が大上段に構えた!
示現流!鹿児島出身の坂崎は幼い頃、示現流を学んだ。
咄嗟の時、ついその動きが出てしまうのだ。
振り下ろした超振動波刀が敵機の脳天を叩きつけ、胴体に頭をめり込ませる!
動きを止めたそのBRは、力なくゆっくり後方へ倒れ込んだ。
他の2機を見ると、近藤と本間が倒れた敵機の前で手を上げた。
「やったか?」
「仕留めました」
ライジンの周囲で都民が歓声を上げている。
本間のライジンが右手を上げそれに答えた時!
凄まじい速さの敵BRが細い路地から飛び出してきた。
「散開!」坂崎が指示を出す。
明らかに今までの敵機とは雰囲気が違う!
異常な速さで突っ込んでくる1機のAARFBRの姿に坂崎は戦慄を覚えた。
「速い!」
ライジンの放つ弾丸を躱しながら、凄まじい速さで躱し距離を詰めてくる!
「あいつやるぞ!!」
細い路地に飛び込んだそいつは姿を消した。
この場だけで言えば3対1の状況に、近藤と本間はほんの僅かに気が緩んだ様に見える。
しかし坂崎の直感が恐ろしいまでの緊張を呼び覚ました。
叫ぶ様に近藤と本間に言う。
「気を抜くな!奴は凄腕だ!」