漂流民族 弐 東京侵略
西暦2061年 10月17日
昼にはまだ時間のある東京の狭く高い空に鱗雲が浮かび、電気が途絶えた巨大都市には、どこか甘く感じる生暖かい風とともに、時代が遡った様な人々の雑踏が戻ってきていた。
情報が途絶えた街には、なけなしの発電機で放送を続けるラジオ放送の情報を持ち寄って、街頭で見ず知らずの多くの人達が情報を交換しあっている。
灯が消え閉ざされた商業ビルや百貨店、ショッピングモールが立ち並ぶ大きな通りの一角で、イギリスの公共放送局であるBBCが、本国から持ち込んでいたバッテリーを使用し東京から衛星生中継していた。
たまたま別の企画で日本に訪れていたのだが、ブラックアウト後の日本を
母国イギリスに報道する事になったのだ。
まだ若いリポーターの女性が、つとめて冷静にコメントしようとしているのが分かった。
少し緊張気味なのは、テレビカメラが向いている所為なのか、それとも身の回りの状況の所為なのかは解らない。
わずかに震える緊張を隠せぬ声で現状を報告している。
「現在ここ日本の東京では、巨大停電後の大都市に散発的な銃撃音が鳴り響いております。
どうやら街中で銃撃戦が繰り広げられている模様です。テロでしょうか?
詳しい情報は入っておりません」
そのカメラ映像には、遠く”タタタンッ”と発砲の音が入り、それはビルに木霊するかの様に響いていた。
アシスタントが生放送中にも関わらず、コメントを遮ってリポーターに紙を手渡す。
それに目を落とした女性リポーターが、驚きを隠せない様子で続けた。
「ただいま日本では正体不明の軍隊に侵略を受けている模様です。東京の街中では激しい銃撃戦が繰り広げられ、多数の死傷者が出ている様ですが、ここ新宿ではまだ遠く銃撃の音が聞こえるのみです」
その言葉の内容通り、不釣り合いな静けさが辺りを包んでいる。
「繰り返します・・・」と同様の文面を読むリポーターの周囲は、どこからともなく煙が流れてきて、辺り一帯を徐々に煙が包んでいく・・・
画面上のリポーター後方20m位の所を、クタクタになった背広をだらしなく着込んだ中年男性が、車道を横切っていく・・
とその時!
どこからか飛来した砲弾がビルに着弾し、爆音と共にコンクリートやガラスをまき散らしてその男性に降り注ぎ下敷きにした!
悲鳴を何とか噛み殺した女性のリポーターが
「ここも危険な様です!私たちも非難します!」声を張り上げた。
逃げ惑う人々がリポーターの後ろを走りぬけ、激しく揺れる画面に映し出されている。
林立するビルの隙間から飛来した榴弾が人々の中に落ち爆発した!
人々を吹き飛ばす生々しい映像が映し出される。
「早く!!」女性リポーターがクルー達をせかし、駆け出したカメラの映像に3発目の榴弾が飛来し爆発する画が映った。
大通りから雑居ビルが立ち並ぶ、看板や広告が軒につらなる細い路地に一行は逃げ込んだ。
鼻を刺す様な煙が立ち込め、昼だと言うのに視界が悪くなっている・・・
気付くと女性リポーターは煙の中に一人ぽつんと立っていた。
まるで悪い夢に彷徨い込んでしまったかの様な世界に、銃撃の音と爆発音が鳴り響いている。
慣れない異国で道に迷ってしまった不安から、動き出せずにいる彼女の前で、煙越しに大きな影が動いた。
恐怖で立ちすくんだ彼女の前に、5~6mほどの大きさのずんぐりとした人型のマシーンが、煙の中からぬっと現れる。
まるで煙に溶け込むかの様なその外観色のBRと、目があった。
BRはおもむろに腕と一体になっている右腕の銃口を彼女に向けたその時、
アスファルトを噛むスリップ音と共に、刀らしき物を持った人型が突っ込んで来た!
体当たりしながら突きこまれた超振動波刀がBRの脇腹を突き刺し、激しい音をたて2機のBRが雑居ビルに突っ込んだ!
一瞬あたりに静けさが戻り、逃げ出す事もできず緊張の面持ちで女性リポーターが見ていると、日本のBRライジンが立ち上がった。
「ここは危険です。避難してください」とスピーカー越しに避難勧告する。
日本語が解らない様子の彼女に英語で繰り返したコクピット内のパイロットは、
30歳前後と言ったところか。
無言で何度も頷いた女性リポーターが駆け出す姿を見送っている時、通信が入った。
[坂崎三尉、グレネード弾の使用が許可された。遠慮はいらない、徹底的にやれ!]
「街中で榴弾を使用するんですか?!民間人を巻き込んでしまいます」
[徹甲弾とて同様だ!これ以上敵の侵入を許さない事の方が先決だ]
「・・・了解!」むりやり納得したパイロットの名は坂崎雄二と言った。
坂崎は超振動波刀を背に収めると、銃身の下にグレネードを装備したマシンガンに持ち替える。
銃床を肩の上の給弾機に押し付けると、グレネード弾が一発装填された。
煙が立ち込め視界がきかないスクリーンを睨む様に見ながら、そのマシンガンを構える。
誤って民間人を撃ってはならない。
強い決意が操縦桿を強く握らせる。
雑居ビルに飲食店やらいかがわしい看板が並ぶ無秩序な通りの向こうに、比較的整った住宅が立て込んでいる・・・
どこからか流れてくる煙で視界は20mほどしか利かない。
坂崎はBSB走行を止め、一歩一歩慎重にBRを歩ませる。
と、二階建ての家屋の陰から複数の人型が現れる!
煙越しのシルエットはずんぐりとした物だ。
坂崎は跳ねあがるバレルを抑え込みながらマシンガンを連射する。
敵BRに命中するも、”ガンッガンッガンッ”と弾が跳弾し、すぐそばのコンクリート塀や家屋の壁に大穴を開け破壊する。
飛び散る破片や跳ね上がるコンクリートの向こうで敵が応射してきた!
かがみこみ盾を前面にかざしたライジンが、グレネードの照準を合わせる。
民間人がいない事を祈りながら撃った。
一機に命中し爆発して腕やら破片をまき散らす!
その横でよろめいたもう一機のBRが、肩のキャノン砲をライジンに向ける。
勢いよくBSBで後退すると、ライジンがいた場所を榴弾が飛びすぎ、後方の家屋で爆発する!
少し大きめの通りに出たライジンは、マシンガンを連射し中央分離帯に乗り上げ足を取られそうになりながらもジグザグに後退し。撃ち込まれてくる弾丸と榴弾をよける。
しかし、前方に注意が向きすぎ勢いあまって雑居ビルに背中から突っ込んだ。
衝撃に軽い脳震盪を起こした坂崎は、頭を振りながらスクリーンを見ると、AARFBRのキャノン砲が真正面を向いている。
急いで起き上がり横に転がると、ライジンが突っ込んだ雑居ビルで榴弾が爆発した!
コンクリート片や何かの破片、煙が降り注ぐなか両手を地に着きながらBSBで加速し、強引に態勢を整え細い路地に逃げ込んだ。
それを追いかける様に機銃掃射が、ビル群を撃ち抜いていく。
通路に飛び出ている看板やオーニングを引っ掛け、壊しながら坂崎のライジンが細い路地を突き進む。
コクピットのスクリーンには立て込んでいるビル群が、立ち込める煙のなか飛びぬける様に行き過ぎる迫力ある映像が映し出されている。
「現在、新宿、東京医大通りで敵BRと交戦中!敵機複数!応援を要請する!」
すぐに返信はあったが、それは応援要請に反するものだった。
[防衛ラインを八王子まで後退させる。BR隊は各機撤退せよ]
「千代田が包囲されてしまいます!」
[皇族の方々は避難され、首相官邸は破壊された。総理の生死不明!多くの閣僚も同様だ!敵の侵入が速すぎた]
「えっ?」という事は現在日本は無政府状態であるということか?・・・
[戦闘団前方指揮所との連絡も途絶えた!態勢を立て直す。撤退せよ!]
坂崎は顔面蒼白になった。
日本がなくなる・・・
余計な事を考えず今すべき事をなす為、頭を振った
八王子までの退却経路を考える為、袋小路の道に入りライジンの身を隠す。
辺りを警戒しつつ、ナビを起動させると迷路のような東京の道路地図がディスプレイに現れる。
すると比較的大きな通りを、警戒しながら高いビルに身を寄せる様に3機のライジンが現れた。
周囲を敵に囲まれ、いつ攻撃を受けるか解らない恐怖がBMIを通じ外に表れている。
坂崎は目だたない様に音量を抑えた、まるで口笛の様なフォーンを鳴らす。
敵に警戒しながら周囲を見回していたライジンが、音に気付き坂崎のライジンを見つけた。
袋小路に手招きする坂崎のライジン。
この東京で唯一安全な場所かの様に、周囲を警戒する坂崎のライジンが待つ袋小路へ3機のライジンが駆け込んできた。
とりあえず敵がいない事を確認した坂崎のライジンが振り返り、胸のハッチを開け顔を出した。
同様に3機のライジンもハッチを開けた。
「坂崎三尉だ、味方はこれだけか?」
息を切らしながら一人の男が応えた。
「東部方面隊第1師団、第1普通科連隊、BR大隊、第2中隊、近藤曹長です。中隊は我々意外全滅しました三尉」
「名前は?」と他の二人に聞いた。
「同じく本間一曹です」
「宮本士長です。三尉の隊は?」と宮本が聞いた。
「みんなやられた。俺だけだ。八王子に防衛ラインを引いた事と、そこまでの退却命令も聞いているな?」
「はい!」
「首都高速4号線に乗り高架橋の上を行くのは危険だ」
「上も下も渋滞で動かないでしょう」
「向こうはお構いなく攻撃してくる。こちらはそうはいかないから格好の的になる」
「中央線を使ってはどうでしょう?」
鉄道のレールを使用しBSBで滑走できると宮本
「いいな。時間を短縮できる」
「民間人はどうするんですか?」と本間一曹。
「我々だけではどうしようもないし、我々がいる事で戦闘になれば無用の血が流れる」
「しかし!虐殺現場を見ました!」
「そんな事は解っている!しかしどうしようもないんだ!」
納得できない様子の本間は黙った。
坂崎は三人に
「いいな、何事も本隊に合流してからだ」3人は頷いた。
「行くぞ」と坂崎はハッチを閉め、袋小路から外をのぞいた。
敵がいない事を確認すると、BSBで滑るように走り出す。
他の3機も同様にハッチを閉め、坂崎に続いた。
東京の高く狭い空は、いまや立ち込める煙で見る事が出来ない。
流れ込んでくる煙には、かすかに血の匂いが溶け込んでいた・・・
時系列が入り乱れてしまいました。
イラストの使いまわしと合わせ、お詫びいたします。
申し訳ありません。
今回の話は本編の1年前、漂流民族 壱の中間あたりになります。