footsteps
早朝、ジムのリングでドメニコがソフィア相手にミット打ちをしている。
両手に合わせ持つ様にしたキックバックは蹴り技を受ける為、縦長の腕全体を覆う形の物だ。
ソフィアは脇腹を守る形で低く構え
「体全体で打ちぬく様に!」と指導する。
「はい!」と、ドメニコは膝蹴りとミドルキックを連続でミット目掛けて蹴り続ける。
「遅い!そんなんじゃ、相手の攻撃が先に来るわよ!」
「はい!」と汗まみれになりながら、ドメニコは稽古に励んでいる。
武蔵にくる以前からも、BR乗りとして腕を磨き生き残る為のこういった訓練を幾度となく繰り返してきていた二人だ。
もっとも、その時はロッシをはじめとするソフィアの部下達も一緒で、こういったワンツーマンの指導を受ける事はできなかったドメニコは、今えも言えぬ幸せを感じていた。
トレーニング用の薄着になり、モデルの様な姿態を惜しげもなくさらしているソフィアに目を奪われたドメニコの動きが鈍る。
「気を抜くな!あんたはどうしていつも緊張感をたもてない?」と叱られる。
「はい!すいません!」とそれもまた、ドメニコには嬉しい一瞬だった。
すると扉の外から話声が聞こえた。
「こんな時間からもうやるのかよ?」とその声はぼやいている。
二人は動きを止め扉を注視した。
そこにウェイドどブロディが入って来た。
「なんだ、あんたらか?」とブロディ。
「珍しいわね、二人お揃いで」とソフィアが不思議そうに言った。
「皇帝さんにいやいや連れてこられたのさ」
「文句をいうな。早く支度しろ」
「へい、へい、わかったよ」
どこかいつもと違うブロディの様子にソフィアが
「なにかあったの?」と聞いた。
とても昨夜、”勝負に負けた”などと口が裂けても言いたくないブロディは
「皇帝が指導してくれるって言うから・・」ともごもご言った。
それもまた、いつもと違うブロディだったが、
「そう・・」とだけソフィアは言った。
皇帝と呼ばれた男がどの様な指導をするのか?その方の興味が勝ったからだ。
「私達はもう終わりにするわ、どうぞ使って」と言ってリングから降りた。
どこか物足りなさそうにしたドメニコだったが、ソフィアに続きリングから降りる。
その二人と入れ違いに入ったブロディに
「ウォーミングアップをしろ」とウェイドが言った。
ブロディが体を伸ばしたり、ストレッチを始める。
左手の肘を右手で持ち、腰を回しながら筋をのばしたり、しゃがみ込み膝裏の筋を伸ばしたり、一通りの事をしたブロディに
「シャドウしろ」とウェイド。
一人リングで仮想の敵を見立てて、ステップを踏みながら、華麗にジャブやストレート、フックにアッパー、ダッキングにスウェーと、子供の頃から幾度となく実戦を繰り返し来たブロディのシャドウは堂に入っていた。
ソフィアなどは、そのシャドウを見ただけでブロディの実力が推し量れた。
BR同士ならいざ知らず、生身で立ち会ったらどうなるか解らないと・・
しかしドメニコにその実力は解らない。
苦々しくそのブロディのシャドウを見ていた。
後からリングに入ったウェイドが、
「ボクシングかキックか総合か、その種類で足さばきは全く違う物になる。お前のそれはボクシングの物だ」
「そうかい!」とシャドウを続けながらなげやりに言った。
「どれがいい悪いという話ではない、それぞれのルールで進化した結果のものだ。しかし殺し合いにおけるそれは総合が一番近い・・」
と大きくスタンスをとると、やや半身になり踵だけを浮かせ、ステップを踏んだ。
「こうする事で攻守の幅が広がり、敵に動きがよまれづらくなる」
皇帝の動きを真似しブロディも大きくスタンスをとり、ステップを踏む。
「BRも同様だ。BMIが意識した体のわずかな動きを拾う。ライジンならライジンの特性を生かした予備動作を考え工夫しろ」
なるほど・・もし踵をついた位置でBSBを使えば、瞬時にあらゆる方向へ回避攻撃が可能だ・・・
踏み込んできた敵に、後ろへ下がりながらのロー(ローキック)、突っ込んでタックルに来た敵には大きく下がりかわすか、逆に踏み込んで膝や、上半身を乗せる様にヘッドロックにいくか、など攻守がバラエティに富む。
BRなら真後ろにBSBで移動することすら可能だ・・
正面に立った敵にすら解らないわずかな予備動作が、その後の動きに大きな違いを与える・・・
しかしそのわずかな動きに反応できる相手・・・凄腕の奴らにはそれが裏目に出る・・・
それぞれ特徴のあるBRの装備に合わせたその予備動作を、考え工夫しろ・・という事か・・・
ブロディは左手を前に突き出しながら左足を前に出した。
それはライジンに乗ったブロディが、BSBで滑りだしながら繰り出した、超振動波刀の突きであった事に、ウェイドとソフィアはすぐ気が付いたが、一見おかしなその動きに笑ったドメニコが、馬鹿にしたように言った。
「なんだその動きは?まぬけな動きだな!そんなんじゃ命がいくつあっても足らないぞ!」
「試してみるか?」ブロディは昨夜のウェイドの言葉を真似する様に言った。
「面白い!素人との違いをみせつけてやる!」と言ってドメニコはリングに入る。
「やめときなさい」とソフィア
しかしソフィアにいいところを見せたいドメニコは
「こいつに実力の違いを教えてやりますよ!」と言った。
オープンフィンガーグローブを付けた二人が、リング上で対峙する。
「いくぞ!」とドメニコが言い。
「あぁ、いいぜ」とブロディが受ける。
勢いだけでリングに立ったドメニコだったが、正面に立つブロディの隙のない姿に今さらながらに気が付かされた。
所詮素人・・・と己に言い聞かせ、踏み込みロングレンジのジャブをうった。
そのブロディの顔まで届かない威嚇のジャブをよけようともせず、そのままの姿でブロディは見ている。
遅い・・・閃光の様な皇帝のジャブを受けてきたブロディには、ドメニコのジャブはハエが止まるほど遅く感じた。
そのロングレンジのジャブを引きながら、踏み込み連続でジャブをドメニコが放つ!
それを左右に体を振り、スウェーしながらブロディが躱す。
左にかがむ様に躱したブロディを追う様に、右ストレートを打ち込もうとした瞬間!
ドメニコの左脇腹に、まず衝撃が貫いた!
そしてその後に内蔵を揺さぶられる様な感覚が襲い、胃の中の物を吐き出しそうになる。
ブロディがボディブローを打ち込んだのだ。
リングに突っ伏したドメニコの口からマウスピースが吐き出され、腹を抑えながら膝をつき突っ伏した。
しばらくの間、立つ事の出来ないドメニコをリング中央からブロディが見下ろしている。
負けた・・などと思う事もできない真っ白になった頭のドメニコは、ただただ嘔吐しそうな状態を必死にこらえていた。
そんなドメニコになにも言わず、ブロディはリングから降り皇帝に言った。
「なんで俺に教える?」
「お前は武蔵のBR乗りなんだろう?」
「・・・」
沈黙を肯定の意味と取った皇帝が
「ならば、お前が今のままでは俺が困るからだ」と言った。
「あ~そうかい」とそれ以上の意味を感じない訳でもなかったが、今ここでは言葉通りの意味として受け取っとく事にした。
「勝手にしやがれ」
そしてリング上で立ち上がる事も出来ずに、ソフィアに肩をつかまれ
「大丈夫?」と問われているドメニコを見て、敗北感にさいなまれているであろう男の姿を、昨夜の己と重ね合わせた。
そして
敗者にかけてやれる言葉はない・・・とリング上の二人にはなにも言わず、皇帝に
「今日はもうやめておこう」とだけ言った。
そんな来たばかりのウェイドとブロディだったが、ウェイドはそんな男の心が解るのか
「わかった」とだけ応え、ジムから二人出て行った。
嗚咽をこらえながら、突っ伏し涙を流しているドメニコにソフィアが優しく言った。
「強くなりなさい・・・」