時の微風
閃光の様なブロディのジャブを、ウェイドが左手一本で打ち落とす。
とウェイドの視界の中でブロディが消えた!
しゃがみ込む様に高速でタックルに入ったブロディの顔面を、皇帝の膝が下から襲う!
咄嗟に両手でガードしたが、ブロディの体を浮き上がらせ、皇帝の右ストレートがブロディを後ろに吹き飛ばした。
立ち技ではなくグラウンド(寝技)に持ち込もうとしたブロディの狙いは、早くも外された。
「つま先と踵が真っすぐだ。お前は解りやすい」リング中央で静かに皇帝が言った。
「なに!?」
「お前は攻める事しか頭にないって事だ」と言って、今度は皇帝が凄まじい高速のジャブを何発も繰り出した。
空気を切り裂く様な音とその正確さ、ジャブとは思えない破壊力。
一発でも貰ったら終わる。
ブロディは必死になって躱し、ガードする。
ブロディの頭を左ハイキックが襲う!
ガードを上げてそれを受けるが、その凄まじい破壊力でブロディをよろめかせる!
上げたガードの隙間を、閃光の様なジャブがすり抜けてきた。
のけぞる様にブロディはそれを躱したが、後ろに倒れ込んでしまった。
それをリング中央で皇帝が見下ろしている。
くそっ・・・
「お前カウンターは打てないのか?」と起き上がったブロディに言った。
「合わせてみろ」とジャブを何発も打ち込んでくる。
「くそっ!なめやがって!!」とジャブに合わせる様に右フックをブロディは振りぬいた!
それをいとも簡単にスウェーで躱した皇帝が、踏み込み打ち込んだ右ストレートがブロディの顎先寸前で止まっている。
「くっそぉおお!!!」手を抜かれるなど、ブロディにとって人生で初めての屈辱だった。
やけくそになり連続でジャブとストレートを打ち込みながら、クルリと反転しリングに手をつかんばかりの低さから、右回し蹴りを繰り出した!
それを一歩前に出た皇帝の右膝がブロディの体ごと押し倒した。
グラウンドに持ち込もうともせず、リング中央で静かにブロディが起き上がるのを皇帝は待っている。
ブロディの額に玉の様な汗が噴き出してくる。
ブロディは負け惜しみで言った。
「なんだ、あんたグラウンドは苦手なのか?」
「お前はタップしないだろうからな、そこまでするつもりはない」
それは、負けを認めないブロディが技をきめられ、関節や靭帯を損傷しても
ギブアップしないだろう事が解っている・・という事だ。
焦燥と無力感がブロディを襲ってくると同時に、形容しがたい”喜び”という感情も沸いてきた。
すげぇ・・奴だ・・・
ニヤリと笑いながら立ち上がっていく姿は、ブロディの中の獣がむっくりと立ち上がるかの様な、凄みを感じさせた。
そして皇帝が初めて一歩下がった。
ブロディは本能のおもむくまま、被弾覚悟で突っ込む!
そのブロディの顔面をジャブが打ちぬかれた!
意識が引っこ抜かれるような感覚を、意地だけで耐え、皇帝のふくらはぎめがけてカーフキックを繰り出す。
膝を曲げ、上げた足の下をブロディの蹴りが空振りする。
上げた足で一歩踏み込んだ皇帝に、ブロディがよろめきながらパンチを繰り出す。
その力ない連続で打ったジャブをかいくぐり、皇帝の凄まじいい右ストレートがブロディの顔面にはいった!
後ろに吹き飛ばされ、ブロディはマットに沈んだ・・・
顔面に滝の様な水がかけられ、ブロディの意識が戻った。
俺は負けたんだ・・・
喧嘩で負けた事のないブロディは、全存在を否定されるかの様な敗北感に、押し潰されそうになった。
リングに座り込み立ち上がれないブロディに皇帝が静かに言った。
「約束だ。俺の言う事を聞け」
「ずっとじゃねぇぞ・・・いつかリベンジしてやる!」それでもブロディは負け惜しみを言う事を忘れなかった。
武蔵のブリッジに、まばゆいばかりの太陽光が差し込んでいる。
直視しても問題がない様に、スクリーンが働いていた。
時間の感覚をなくしたブリッジに、
「おはようございます」とブリッジにマリアが入ってくると、それだけでブリッジが華やくようだった。
「おはよう。今日も早いね」と当直の佐々木が言った。
「お疲れ様です」と笑顔で言ったマリアが艦長席に座ると、網膜認証スキャンがいつの間にか立ち上がっている・・・
なんだろう?・・・
と覗き込むと、
「第二、第三副砲を使用出来る様にしますか?」と表示されている。
迷う事無くマリアは、
「はい」と言った。
すると無人の火器管制席の副砲を操作するディスプレイが立ち上がり、原点復帰を始めた。
しばらくすると”原点復帰終了”と日本語で表示された。
網膜認証スキャンを覗き込んでいるマリアの視界には、”作業完了、副砲が全て使用可能となりました”と表示される。
後から入って来たアルフレッドがそんなマリアに気付き
「どうした?」と聞いた。
顔を上げたマリアが
「第二、第三副砲が使用可能になりました」と応える。
「そうか!」と喜んだアルフレッドが
「これで後方から追尾してくる艦を攻撃できる」
「はい・・・しかしなんで、今回は探さなくて済む様になったんでしょう?」
「たぶん、火器管制システムが立ち上がった事により、副砲の秘匿度が下がったと判断されたんだろうな」
「よかったです。でもあとは・・・」
「あぁ主砲だけだな・・・」と黙り込んだ二人の視線の先に、艦橋から見下ろす形で太陽光を反射し光り輝く巨大な主砲が並んでいた。