大海原への船出
セントラルドームの森に雪が舞っている・・・
それは徐々に勢いを増し、あっという間に全ての物を白く包み込み美しく雪化粧させていく。
街灯に照らし出されている緑道は、降り積もる雪が厚みを増していった・・・
そこでペグとベティ、ケイティが楽しそうに遊んでいる。
仔犬が走り回り、幼い少女二人が雪をすくい上げ空へと投げている・・その姿はどこか幻想的にも見えた。
そんな様子を暖かい部屋の中から眺めながら、ビーフジャーキーとウィスキー、アイスペールと人数分のグラスを乗せたテーブルに、アルフレッド、オーソン、アリソン、ブロディ、ウェイド、立花、ソフィアが着いていた。
「今日集まってもらったのは他でもない、武蔵のこれからについて皆の意見を聞きたかったんだ・・・」とアルフレッドは切り出した。
「ソフィアとウェイドはその場にいなかったから、この武蔵を造りあげた中岡博士の遺言を、まずは聞いて欲しい・・・」マリアと目を合わせた。
「戦局を一変させるほどの技術、圧縮ニュートリノを開発した祖父の元には、世界各国からあらゆる手が伸ばされてきたそうです・・・この技術を隠し通す為には、自身の死を選ばざるを得なかったと遺言でありました・・・おじぃちゃんは・・・・」
と言葉をつまらせ、マリアは悲しそうにうつむいた。
そして、静かに言葉を紡いでいった。
戦争へと傾く人類と兵器開発の行末、武蔵のテクノロジーが人工のブラックホールを作り得る事。それが地球はおろか太陽系まで破滅させる恐れがある事・・
「この戦争が終わった時、荒廃した日本は戦後復興の為に各国の補償や援助が必要になる・・・
そして・・各国はその見返りとして武蔵の技術開示を求めてくるだろう・・・」
「おそらくこの提示を日本が拒む事はできない・・人命がかかっているからな。
しかし核同様、この技術が使われない補償はどこにもないんだ・・・
技術が公となり、各国が開発競争にしのぎを削る・・などとなる事は、なんとしてでも避けなければならない。
だからまず、援助や補償のカードとして、武蔵の技術開示が利用されない様にする必要がある・・・」
「それが中岡博士の意思なんですね・・・」とソフィアは考え込んだ。
オーソンがビーフジャーキーを噛みちぎり、グラスを傾けた。
「武蔵を日本の艦と明らかにし、この戦争と向き合う事は容易い。
が、この戦争が終わった時どうするかだ・・・
まずはこの戦争に勝つ事が大前提だが・・・
立花の機転で船籍を隠している今の間にこそ、考えておかなければならない」とアルフレッドは立花を見た。
「みんなのアイディアを聞きたい」
いかにも軍人らしいソフィアの考えは
「やはり日本の艦だと明らかにして、当初から技術開示はしないと公言しておいてはどうでしょう?」だった。
「いや、一国が飛びぬけた技術を持つ事を、世界は許容できないだろう・・・あらゆる圧力で日本を締め上げてくるのが想像に難くない」と立花。
「まどろっこしぃな、このまま無国籍艦として好き勝手にやればいいのさ」とブロディ
「この武蔵の弾薬は、無尽蔵のニュートリノエンジンから供給される。
ミサイル以外の補給と、水はセントラルドームの浄化システムでほとんど必要としないが、食料だけは補給がいずれ必要になってくるぞ」と立花。
武蔵といえどなんの補給もなしに永遠に宇宙を流離う事は不可能であるのは明白で、ましてや多くの乗組員が日本への帰艦を心待ちにしている。
暫くの間誰も口を開かず、芳醇なウィスキーの香りと沈黙の中、グラスを傾ける氷の音だけが響いた。
いつの間にか全員がアルフレッドの顔を見る・・・
そしてアルフレッドが重い口を開いた。
「オーソン・・言ったな。独立国家を樹立すればいいと・・」
振られたオーソンは慌てた様に手を振り
「いやいや!あれはただの冗談だ!冗談!本気にするな」
「いや、いいアイディアだ。俺は少々歪な形になってしまうだろうが、常設国連軍に参加できないかと思っている・・・現在の国連軍は、加盟国が安全保障理事会の要請によって兵力を提供している訳だが・・・そこには各国の思惑からくる指揮系統の複雑さがある・・・
複数の国から編成される為、派遣国家の思惑は繁栄されざるをえず、迅速な部隊編成は不可能だ・・・そして一部の大国の一票が重きをなしている・・・もし武蔵がどこの国にも属さず単艦で常設国連軍として活動できれば、不平等な今の現状を打破できるかもしれない・・・」
立花は小惑星帯の艦隊決戦を生き延びた際、提督代理として各国艦艇をまとめ上げる事の難しさを痛感している。
「あぁ・・・」とだけ言ってアルフレッドの次の言葉を待った。
「武蔵は日本国民の血税で造られた。本来ならば日本に返還するのが筋である事は解っている・・・
だが、中岡博士の意思である遺言、事実を知ってしまったここにいる我々の取るべき道は、また別の話だと思う。
この武蔵を造りあげた中岡博士は、マリアにそれを委ねた・・・
マリア・・・まずは君の想いを聞かせてくれ」
「はい・・・わたしは・・」と言って、これから自分が言葉にする内容を、頭の中で反芻し間違いがないか確認するかの様に一区切りいれた。
「まずは立花さんはじめ、この武蔵に乗り組んでいる日本の方々と日本を守りたいと思っています。
祖父の遺言では、この戦争が終わった時、この武蔵を破壊してくれとありました・・・
でも・・どこの国にも属さず、少数の大国の意思でねじ曲げられる大多数の総意という現状を、公平で正しい在り方の国連に導けるなら、常設国連軍の中に・・技術開示がなされない条件の元、参加することには賛成です」
アルフレッドは頷くと、立花に向き合った。
「立花は日本の自衛隊員だ。我々とは立場が違う・・・武蔵を日本の所属から離れさせる事は、日本に対する裏切り行為だ。
日本に帰れなくなる・・・協力してくれとはとても言えない。
だが、これもまた立花の経歴に傷をつけてしまう事になるが、我々に武蔵を乗っ取られた様に偽装し、退艦してもらえば少なくとも非国民扱いはされない筈だ・・・すまないが・・・」
立花はそれについて答えず、
「国連憲章第43条か・・」とだけ言った。
(2021年現在、この兵力提供協定を結んでいる国は存在しない)
あまりそういう表情をしない立花だったが、ニヤリと不敵に笑うと
「こんな面白そうな話から下そうとするな。俺も一口乗らせてもらう」
乗っ取られたと偽装する際、武蔵を離れる現乗り組員が、”指揮を取っていた立花一佐が裏切った”と釈明すれば、”それならば致し方無い事だ”と赦免される可能性が非常に高い。
本来なら日本に帰還したいであろうはずの立花が、アルフレッド達に協力しようとしてくれている事がアルフレッドは嬉しかった。
立花が真剣な表情に戻り、
「しかし乗組員達は違う。真実を話し、どうするか一人ひとり決めてもらうしかないな・・・」
少し考えたあと、立花が続けた。
「そちらの方は俺が引き受けた。独立国家樹立までやるのか、別の道で常設国連軍の枠組みに武蔵をいれる方法を模索するのか考えよう」
頷いたアルフレッドが、今度はソフィアに向き合った。
「これから我々は難しい武蔵のかじ取りをしながら、世界秩序の中に船出しなければならない。君は原隊復帰後、我々の想いを世界各国に広めてくれないか?私利私欲や野望などはなく、未来と向き合い国連職員になる事を希望し、その職務をまっとうしたいと思っている事を・・・」
するとソフィアが
「いえ、私も一口乗らせて下さい」と笑った。
「脱走兵になるぞ」とアルフレッド
「かまいません。常任理事国の一票が左右する今の国連を変えたいんです。
人類の総意による国連運営・・・それが可能となるなら・・・私個人の事など些細な事です。
しかし、ドメニコ少尉に関しては彼は彼の考えがあるでしょうから確認します」
アルフレッドはソフィアの目を見て言った。
「ありがとう」
そしてウェイドに向き合った。
「ウェイドはどうする?」
「元々帰る場所すらなかったんだ・・・帰る場所が出来て喜ばしいかぎりだ」
ニヤリと笑った。
「長く厳しい戦いになるぞ・・・」
アルフレッドはそこにいる全員の顔を見渡し、力強く言った。
「我々の想いは、これからの行動で示す。
まずは日本をAARFの手から奪還する!解放がなり日本の危機が無くなり次第、帰還希望の乗組員を日本に残し、我々は大海原に旅立つ!いいか?」
物語中、本来多国籍軍と表記すべき所を”国連軍”と表記した事について
国連安保理で一致して指揮に当たらないと国連軍とは言わないので、物語中、国連と距離をおいている中国とロシアがそれに相当する為、本来は”国連軍”ではなく”多国籍軍”と表記しなければなりません。
しかしAARF(独裁政権国家連合)という反国連の国際機関に対し、”多国籍軍”では対比という観点で解りづらく、AARFが国連に対抗する為に組織された機関である事実と歴史がうすらいでしまうと判断したからです。
その為これからも”国連軍”という表記にさせて頂く事をお許し下さい。
いつになるかわかりませんが、中国宙軍のシャオリー(赤い虎)と恐れられているファン・ツァオ提督が、「あれは本来、国連軍とは言わない」といったセリフが出てきます。
それをもってお許し頂ければ幸いです。
ちなみに戦後今まで、一度も正式な国連軍は派遣された事はありません。
一話一イラストを目標に昨年は頑張ってきましたが、いかんせん時間がかかりすぎる事が解りました。
今年は少々イラストの頻度を落とさせて下さい。
その事も合わせてお詫びいたします。
申し訳ありません。