パンドラの箱
エセックスを始めとする6隻のイギリス艦艇が、武蔵を囲む様に航行している。
その中央を行く武蔵はエセックスの倍近い大きさがあり、航法システムに支障をきたしていたイギリス艦艇達が、武蔵を目印になんとか舵をきっている。
それはまるで武蔵を頼り、寄り添っている様にも見えた。
現に武蔵の美しい立居姿である巨艦を見ながら、頼もしさを感じている軍人も多くいた。
多くの先任佐官をなくしたイギリス艦隊で、提督代行を務めていたエセックス艦長アッシュ中佐もその一人で、巨大な砲座群が並ぶ武蔵甲板を見ながら、なんとも言えない安堵を感じていた。
不思議な艦だな・・・
船籍を明らかにしていない所属不明艦なのに、これほどまでに安心できるとは・・・
AARFに敗北した連合艦隊は、生き残った各国の残存艦隊が地球の制宙権を守る為、それぞれが地球を目指す絶望的状況下にある。
イギリスもAARF軍の本土上陸を許し、圧倒的物量差に苦戦が強いられていると通信があってから、もう何日も経っている。
気が気でならないアッシュ中佐は
もう・・駄目かもしれない・・・と絶望的な気持ちになったものだが、
唯一の希望で有るかのような・・・
巨大で・・美しい立居姿の武蔵を見ていると・・何とかなるかもしれない・・・と思えるのである。
運命の艦か・・・
くしくも、武蔵を守る為戦死したロッシと同じ感慨に、アッシュは浸っていた。
その武蔵のブリッジには、操舵席に座るアルフレッドと話すマリアの姿が見える。
「艦首部分にも行ってみたんですが、それらしい物はありませんでした・・」とアルフレッドにマリアが言った。
「そうか・・これで全て当ってみた訳だな・・・」
「セントラルドームの森は土を掘り返しながら探す訳にもいかなかったので、怪しいと言えばセントラルドームなんですが・・・」
「しょうがない、鷹森が出してくれた以外の所を当ろう」
「はい」
「まず格納庫を当ってみよう。あそこもまた広いが、ブロディ達がいる。協力してもらおう」
「わかりました。行ってきます」と言ったマリアが、どこか嬉しそうにブリッジを出ていく姿をアルフレッドは見ていた。
戦闘艦の独立・・・その頭には、オーソンが言った冗談がいつまでもよぎっていた。
「立花・・ちょっと話があるんだが、今夜俺の部屋で酒でも飲みながら話さないか?」
「あぁ・・いいが・・なんだ?」
「これからについてだ・・・」
宇宙空間に目をやったアルフレッドは独り言の様に続けた。
「ウェイドとソフィアにもアイディアを出してもらおうか・・・」
格納庫でライジンの整備をしているブロディの元に、マリアが顔を出した。
「あっ、真面目にやってる!」と嬉しそうに笑顔でブロディに話しかけた。
「当たり前だ。こいつに命預けてんだ、いい加減になんてできるか」
笑顔のマリアが
「ごめんね、ビーンさんと話して、格納庫で生態認証を探す事になったの」
「あいよ。一緒に探しゃあいいんだろう。このネジだけ締めちまう。ちょっと待ってろ」
「うん」と嬉しそうにマリアが応えた。
「しかし武蔵の格納庫は広いぞ。スペースから言えば主砲の何倍もあって、それが2階層になっているからな」
「高い所とかにあるかな?」
「一度慣性制御を切って無重力状態で探せってか?・・ありえなくもないな」
「そうだね・・」と美しい顔を考えに沈み込ませた。
「ただ・・今まであった場所を考えると、それは無いような気もするがな」
「ひとつひとつ潰していくしかないね」
「あぁ、虱潰しだ。とりあえずブリーフィングルームからだな」と言って二人は歩き出した。
そこは30人程度のパイロット達が戦闘の説明を受ける為、席は階段状になっている。
後ろに行けば行くほど高くなり、全員が見やすい様に大きなスクリーンがその中央にあった。
「大学の講堂みたい・・」とマリア。
「大学ではもっと大人数が入れるんだろう?上の方に行けば行くほど、どんな悪さでも出来るな」
「なんの為に大学に行ってるんだか解らないでしょ!ふふふ・・でも確かに講義そっちのけで変な事している人はいたわ」と受講している時を思い出しマリアが言った。
「中学生みたいなガキが、大学生の中に混じって勉強してたんだろう?」
「座高が低かったから、前に座られると全然見えなくなっちゃうの・・だから最前列で講義を受けてた」
「それじゃぁ尚更目立ったんだろうな」
「皆さんに名前と顔を覚えられて声をかけられると、こっちは名前も顔も解らないから気を遣ったのよ」
「気軽に声をかけてくんな、って言ってやれば良かったんだ」
「ブロディじゃないんだから、そんな失礼な事言えません!」
「お~お~言ってくれるじゃねぇか」
「楽しく人を殴れる粗暴なタイプでしょ」
「痛て・・痛てぇとこつきやがる。否定できないとこに腹が立つ」と言って二人して笑った。
二人は並んで、高い所はブロディ、低い所はマリアと手分けしながら要領よく探していく。
「宇宙空間でBRに乗るってどんな感じ?」探す手を止めないでマリアが聞いた。
「ぷかぷか浮いちまう体をシートにハーネスで縛り付けてる様なもんだから、スラスターを吹かすとグンッと持っていかれる感じだな・・それが戦闘中は上下前後左右に絶えずあるから、体力をものすごい勢いで消耗される」これをソフィアなどが聞いていたとしたら、
あんた、あれだけやっときながらよく言う・・・と呆れられた事だろう。
ブロディの顔を見上げながら、感心した様にマリアが言った。
「そんな大変なんだ・・ソフィアさん女性なのに凄いね」
「ありゃ女じゃないな」
「誰が女じゃないって?」とそのソフィアが入ってきながら言った。
備え付けの珈琲メーカーからカップに珈琲を注ぐと、そのまま口にした。
「何を探しているの?」
「生態認証システムです」とマリア
「あぁ・・例の・・」
「どこか怪しそうな所とかないですか?」
「そうねぇ・・・あぁそうだ、こっち来て」とマリアとブロディを促して、ブリーフィングルームから出た。
広い格納庫を三人並んで歩きながらブロディが
「あの腰巾着はどうしたんだ?」と聞いた。
「ドメニコ?ひどい物言いね・・」と呆れながら
「休んでるわ」
「あのお坊ちゃんには、少々きついんじゃねぇか?」
「あんた・・ドメニコは小惑星帯の艦隊決戦を生き延びたのよ。そんじょそこらのパイロットとは訳が違うわ」
「そうは見えねぇんだがな」
「あんたが特別なのよ。本当に経験なかったの?」
「BRT-48に鍛えられたのさ」
「BRT-48でD小隊とやりあった訳ね・・まったく・・」と呆れた様にブロディを見た。
「汎用機でよくやる・・」
などと話しているうちにソフィアの目指す場所についた。
そこは広大な格納庫の端に当たるセントラルドームの反対側にあった。
10mほどある高さの壁に、6mほどの間隔でそこだけ柱があり、その大きさの扉の様なスジが入っている。
「ここの区画だけ柱の様なもので区切られてて、中に何があるんだろう?ってずっと思ってたのよ」
三人が見上げた扉の様な壁の10mほど上に小さくプレートが飾ってあり、そこに何か小さく書かれている。
「なんか書いてあるわね・・・なにかしら?」
「A・・S・YU・・R・・A・・・か?」
「ASYURA?アシュラってなんだ?」
「どこか生態認証で開かないかな?」
三人は壁に張り付く様に調べたが
「それらしいものはない・・わね・・」なのである。
「まったく・・この艦は謎だらけだな・・・」とブロディが唸る様に言った。
ケイティ
明けまして、おめでとうございます。
本年も宜しくお願いいたします。
今年も写真になってしまいました・・・申し訳ありません。