Prepared
「どうして戦争はなくならないのかな?・・・」
対宙銃座の一つに向かい通路を並んで歩きながら、マリアはつぶやく様に言った。
また・・こむずっかしぃ事を・・と思いながらブロディは
「生きる意味だとか、戦争の理由だとか、そんな事ばかり考えてるとハゲるぞ」
と言うブロディを見上げ、ちょっとふくれながらも気を取り直して
「ちょっとでも分からないかな・・・と思って本を読み始めたんだ・・」とマリアは言った。
「どんな本?」
「ロジェ・カイヨワの戦争論・・・図書室にちょうどあったの・・」
本を読む習慣のないブロディは、本を毛嫌いするかの様に言った。
「これだからインテリってのは」
「ブロディは本を読まなさ過ぎなの!」
「あ~あ~悪かったね、育ちが悪くって」
「ものを学ぶ姿勢の事を言ってるの!」
「活字なんて読んでたら5分で寝ちまうよ」
「もぅ!」とマリアは笑ってしまい、なんか楽しくなってきた。
「よくそれで社会に出て働いてたね、ふふふふふ」
「大きなお世話だ。で?なんか解ったのか?」
その一時の楽しさから、沈み込んでいくかの様にマリアは話はじめた。
「人間にとって戦争とはなにか?人類の根源的な問題と戦争の本質・・・なぜ人類は戦争を避ける事が出来ないのか?・・人類学と哲学的な視点から考察した本・・・」
どこか悲しそうにマリアは続けた。
「現在のヨーロッパ産業革命後の合理主義や物質主義は、合理的で役に立つものだけが良いとされる社会だった・・・でも・・無駄で非合理的ななにかが人間を突き動かし、世界大戦という全面戦争に突き進んだのではないか?って・・・」
マリアはおかしくならないか?と心配そうにブロディは彼女を見ながら
「非合理?本能的なものだろう?」
「うん・・カイヨワはその非合理的な事を”聖なるもの”と捉えたの・・お祭りとか遊ぶ事と共に人間にとって必要なものではないか?と分析したの・・それは人間の心と精神とをいかにひきつけ、恍惚とさせるか・・・」
「なんか歩きながら寝ちまいそうな話だな」
「もう!・・・ふふふふふ」と暗い深淵から引っ張り上げられた様な、救いを感じて笑った。
そして気を取り直して続けた。
「お祭りってただ消費するだけの非生産的な行為だけど、一年に一回のその祭りを楽しみに働いて、ため込んだ全ての貯金をつぎ込む人すらいる・・・遊びもそう・・非生産的だけど、人間には無くてはならないものじゃない?」
「火星では生きてくだけで精一杯だったけどな」
「大昔人々が農耕を始めた頃・・」
「そこから?」
「そこから説明しないと、理解が難しいの!」
などと話しているうちに目的の対宙銃座についた。
人一人が潜って入るほどの小さな扉が、通路に丸く突き出した銃座の下側にあった。
「メンテナンス用のハッチだな」
「うん・・」
ブロディは四つん這いになり入る。
マリアも入ると、二人が肩を寄せ合いながら中腰で背と腹に銃座の一部が当たるほどの狭さだった。
中は収納されたガトリングバレルと照準器、給弾するブロディの太腿ほどの太さのチューブが銃座に繋がっている。
「さすがにこの中には無いだろう・・」と言いながらも、二人して持っていたライトで照らしながら、あちこち探し始めた。
マリアは途切れてしまった先ほどの話を続けた。
「あの日・・ブリッジでおじぃちゃんが言ってた兵器開発の危険性と、人間の戦争への傾きは切っても切り離せない問題・・・って思ったんだ・・結局おじぃちゃんも、お父さんも兵器開発に携わる事になってしまったんだけど・・・」とそこまで言って、ブロディには話していない事に気が付いた。
「あぁ・・わたしのお父さんは大学で准教授をしてたんだけどね、日本の柘植重工業に引き抜かれたの・・・なにかの兵器開発の為だったらしいんだけど・・詳しくは教えてもらえなかった・・」
と探しながら続けた。
「対宙銃座すら認証を必要とさせるほどに、投げ掛けられている問題と、その認証システムの場所にはやはり意味があるんじゃないか?って・・」
「TMPへのエレベーターの指紋認証はTUGEのUの字の場所にあったの・・・おじぃちゃんは忙しい人だったからあまり話した記憶はないんだけど、柘植重工業に関係するどこか・・」
「柘植ね・・・柘植重工業が生産していた物ってなんだ?」とブロディは天井近くを探しながら言った。
「かなり手広くやってたみたい・・半導体から医療機器、大気生成プラントまで・・」
「大気生成プラント?・・じぃさんはTMP(地磁気発生プラント)開発の第一人者でもあったんだよな?」
「火星の3大プラント、AGP(大気生成プラント)、TMP(地磁気発生プラント)、MMP(火星月プラント)・・・最後のMMPは関与しなかったみたいだけど・・」
「それで思い出したんだけど・・・地球の温暖化が気象異常を引き起こし各地で甚大な被害をだし始めた頃・・・それについて大国は経済を優先させてなにもできなかった・・・資本主義政策の限界点はその国民である一人ひとりの成熟度で決まる・・・世界が一つになり格差がなくならない限り、資本主義社会では何も手をうつ事は不可能だと言ってた・・・」
「経済活動で地球環境を壊し、無駄な戦争でその経済活動の歯車を回す・・・資本主義社会・・いえ、人間社会の矛盾と戦争への傾き・・・経済とは物質的な豊かさを享受するための道具であるにも関わらず、それそのものに従属させられている・・・人とはなにか?・・・」
「そんな話をこんな狭っ苦しい所でされたら、こっちの頭がおかしくなる。勘弁してくれ。それよりそれが認証システムの手がかりにでもなるのか?」
「う・・ん・・ヒントになるかどうかは別にして、考える必要がある・・・と言われている様な気がして・・・」
「そんな話をTMPへ向かうローバーの中で皆としたな・・・アリソンがなにか・・が必要だって言ってたな・・・なんて言ったんだったか・・・まぁしかし、それは時間に余裕がある時にしてくれ、アルフレッドも言ってただろう、今やるべき事をやろうって」
「そうだったね・・ごめん」
「時間が出来たらアリソンに聞きに行ったらいい。まぁとにかくここにはなさそうだ」
「そうだね」と言って外に出た時、携帯する様にとわたされたレシーバーが鳴った。
[マリア、追撃してくる艦から攻撃機が発艦した。会敵はおよそ30分後だ。急いでくれ]と立花
「こんなに早く?」
「こちらの事情がバレたんだ・・あちらもバカじゃない。俺も出撃の準備をする・・・一人で大丈夫か?」というブロディの顔を、青くなったマリアが見た。
「ブロディ・・・」
「情けない顔するな」とブロディは笑って駆け去っていく。
その姿を心配そうに見ていたマリアだったが、焦るように次の銃座へと駆け出した。
嫌な予感がしてならない。
早く・・・早く・・・
「攻撃機はおよそ6機です」
「12機のパニッシャーか・・・」立花はなにか手はないものかと自らの顎を撫でた。
「アルフレッドは?」
「今こちらに向かってます」
対宙銃座が使用できなければ、被害は甚大なものになるだろう・・・
最悪の事態を想定する立花の視線の先には、多くの岩石が浮遊する宇宙が見えていた。
それは火星の3大プラントの一つである火星の月建造の為、人工的に集めれた岩石である。
大気生成プラント(AGP)は計画完遂され、管理維持の段階に入り、磁気発生プラント(TMP)はようやく完成の目処がつき、そして火星の月(MMP)に関しては、計画の初期段階で躓いている状態だった。
小惑星帯から火星軌道へ打ち出されるように加速されたそれらは、火星や地球への落下を防ぐ為、一度、火星の公転周期の内側、地球の公転周期の外側に集められ、一定の大きさにし速度と質量を計算し火星の衛星軌道に乗せるというものだ。他のプラントよりもはるかに危険性があり、緻密な計算と運用が必要になる為、おいそれとは始められないのだ。
その計画の初期段階である人工のアステロイドベルトと言っていいこの場所に、武蔵は今から突っ込もうとしている・・最悪のタイミングだった。
狙っていたな・・・
立花の顔に冷たい汗が流れる。
この場所では巨艦である武蔵を取り回す事さえ難しい。
なんとか対宙銃座を使用できる様にしなければ・・・無表情の立花の内心は、焦燥にかられていた。
格納庫ではイタリア第二宙軍管区艦隊唯一の生き残りであるソフィアとドメニコが、エスポジートを突貫修理していた。
ソフィアのエスポジートの破壊欠落した部分を、回収したロッシのエスポジートから流用しつなぎ合わせ、配線を組みなおしている。
仰向けに寝ているエスポジートの首の後ろに潜り込んで作業していたソフィアは横でサポートしていたドメニコに
「20mmのラチェットを取って」とエスポジートの影から手を伸ばした。
「はい」と手渡そうとしたドメニコは、仰向けに寝る姿勢で修理するソフィアの魅力的な下半身を見て、よからぬ妄想をふくらませていた。
その邪な思いで手元がおろそかになり、ラチェットを落とし武蔵の格納庫に乾いた金属音を響かせた。
「しっかりしなさい!」と叱るソフィアは、これから決死の出撃をしなければならないドメニコが強い緊張状態にあるのだろう・・と思い返し優しく言った。
「大丈夫?」エスポジートの影から滑り出たソフィアは仰向けに寝ながらドメニコと目を合わせ聞いた。
「はっ、はい!」ドキドキしながらドメニコはこたえる。
「私はね・・・この艦がとても好きになったわ・・・不思議ね・・・こんな事は初めてよ・・」
「この艦の為なら死んでもいい・・・なんて思えるほどよ・・・ロッシ曹長も、もしかしたらそんな風に感じていたのかもね・・・でもあなたは自分の思った様に戦いなさい・・・」
「僕もこの艦が気に入りました!どこまでもお供します!」ソフィアにはそれがなにも考えのない頼りなさを感じさせる。
「AARFに唯一対抗できるこの艦を失う事は、世界人類にとって大きな損失となるわ。それを守る為、私達は戦うのよ」
「はい、了解です」と的外れな答えしか返ってこないドメニコに対し、小さなため息をついたソフィアは
「もういいわ・・」と話を締めくくった。
とそこにブロディが現れた。
「いけそうか?」
「えぇ、まさか出撃るつもり?」とソフィア
敬愛する上官に、ぞんざいな言葉遣いをする年下のブロディを苦々しく見ているドメニコをよそに
「あぁ、今のままでは艦で死ぬか、BRで死ぬかの違いでしかないからな」
出撃をとどめたいソフィアも、その道理には納得するしかなかった。
そしてともに死地へと向かうブロディに、強烈な仲間意識が沸いた。
それは”戦友”といったものかもしれない。
「ふふふ・・・あんたの面倒はみれないわよ」
「それこそ大きなお世話だ。面倒を見てもらいに戦場にでる奴はいねぇよ」
「いい覚悟ね。生きて帰ってくるのよ・・」
「あんたらもな」と言って、ライジンに向かっていった。
その後ろ姿を見ながらソフィアが
「さぁ、私達も急ぎましょう」
「はい!」
武蔵艦橋から望む宇宙空間には大小様々な岩石が浮遊し始め、その密度を増していた。
操舵席に戻ったアルフレッドがその様子を見ながら
「まずいな・・・このままではじり貧だ・・・」
「なにか手はないか?」と隣に来た立花が聞いた。
「・・・・」と打つ手なしの状態にアルフレッドはうなった。
[会敵まであと10分です]
管制官の林田から報告をうけたソフィアが
「了解です。発艦準備に入ります」
ソフィアのエスポジートと、ドメニコ、ブロディのライジンの乗るエレベーターが少しづつ上がっていく。
ドメニコは慣れないライジンのコクピットのモニターに、映し出されるブロディの機体を見ながら思っていた。
その佇まいは初陣を済ませたばかりとは思えないほど落ち着き払っている。
もう数年間戦場に身を置く自分でさえ、震えが止まらないというのに・・・
その横を見ると、これまた落ち着き払っているエスポジートが静かに立っている。
生きて帰れないかもしれない・・そんな緊張感はもちろん二人とも持っている筈なのに・・・
生への執着が僕は強すぎるのか・・・
今自分の震えがBMIを通じて外に出てしまっていないか・・出してはいけないと思えば思うほど震えが止まらなくなる・・・
エレベーターが後甲板上に達し、吸い込まれそうな漆黒の宇宙空間が頭上のモニターに映し出されている。
腹の底から震えが来る・・・
静かにスラスターを吹かしたソフィアのエスポジートが甲板上から浮き上がっていく。
ブロディのライジンも同様にスラスターを吹かした。
頭上に遠ざかっていく2機を見てドメニコは意を決した。
震える足を抑え込みながら・・・
吹かしたスラスターでドメニコのライジンも浮き上がっていった。