八話
夜がゆっくりと近づいてきていた。
──気が弱っているんだな、きっと。変な考えにとりつかれるなんて
日は確実に傾いている。
──喉渇いたなぁ。だいたい雇った護衛は、どこに行ったんだ?護衛…魔獣魔物退治が仕事のはずだろ。小邪鬼倒さずに逃げ出したのか?それとも…やられたのか…
チャゴは荷物の整理を始めていた。
体を動かしていないと、邪な考えにいきついてしまう。そう思い始めたが、段々と陰謀めいた考えにとりつかれていく。
──ああぁ、もう!落ち着け。よし、荷物の整理だ整理に集中しろ、集中だ集中
無傷無事だった荷は、樽は一荷。四箱、荷袋も四個。
転がっていた荷で問題なく動かせたのは、それだけだった。
残念ながらチャゴが期待していた飲み物になりそうな物はなかった。
他は、落下で崩壊したのだろう染みの中にある壊れた樽や中身が土まみれになっている割れた壺、粉物が零れ出ている木箱、“何か”の血で汚れてしまっているなど、チャゴ独りではどうにもならない状況で諦めた。
──気をとりなおして
小刀で封をきっていく。
樽の中身は、釘と豆。箱の中身は、布物、火打ち石、革製の袋類、その切れ端か余りかの革。荷袋の中身は火打ち石の材料だった。
──うん。見事に売り物ばかりだな
期待していた野営用の品々は馬車に持って行かれている。開閉式の箱が転がっていない時点で大方予想はしていた。
が、今のチャゴの助けになりそうな物は多くない。
──それにしても、うちの商会って、やっぱり手を広げすぎじゃないか?よくもまぁ商品を様々かき集めれるよなぁ
行商ですら専門商品があるのが常識だ。
それにも関わらずモス商会は、“雑貨”と名のつく商品を大量に買いあさり、町から町に売りさばくという商法で短期間でのし上がってきていた。
働き始めは、それがどういうことなのか理解できなかった。
が、それが他店他商会から嫌われ疎まれるということに気がついたのは、町に到着する度に商会組合に顔を出す、番頭のルルベの荷物持ちとして数回連れ回されたからだ。
ルルベは組合につくなり方々に頭をさげ賄賂をつかませ、売りさばく予定の商品を取り扱う商会に断りを入れる、接待をする、そんな根回しの行脚に突き合わせられれば、若いチャゴでも理解せざる得なかった。
「チャゴ。若いお前がいてくれて助かるよ。私だけだと、どうにもうまくいかないときがあるからね」
連れまわしたあとは、そう言って頭を優しくなでてくれた。
「ルルベさんは、こんな損な役回りで嫌じゃないんですか?それに商会長よりも歳は上だし…」
「うーん。わたしゃ、あの商会長の才気…みたいなものに惚れ込んだからね。男女の交わりも商いも一緒さ。惚れた弱みという奴だよ」
男女の交わりと商いを同じに考えられないチャゴが首を傾げるとルルベは優しく微笑んだ。
番頭のルルベは、商会長が設立時にどこかの商会から引き抜いたらしく、ルルベはそのやり方に苦言を呈しながら商会長に付き従い続けた。
徒弟らや丁稚頭はそんな役回りの番頭を小馬鹿にしていたが、チャゴは孤児院で幼子の面倒をみていたせいかルルベに共感を覚えていた。
中身を確認して、早々にする事がなくなってしまったチャゴは、たき火の準備の枝葉を集め始める。
──とりあえず、たき火だ。小邪鬼を燃やして暖をとるってなんか嫌だし。しかしどうして、こういう時ほど誰も通らないのだろう?
拾い集めた枝葉を持ちながら、暗くなった街道の先をみた。
小邪鬼が燃える明かるさで今は辛うじて見えているだけなのは解っているが、あの先から馬車や馬、人が来ないだろうかと期待してしまう。
──すこし肌寒いな。…上着は、あぁ馬車の中か
森の中を走り回っていて、すっかり上着のことを忘れていた。あれは先月の給料で買ったものだ。
段々と気が滅入ってくる。
荷の近くにあった動かすには難しい石に壊れた木箱の破片を組んで、焚く準備とした。
──今は忘れよう。とりあえず、今は火起こしだ
少し太い枝を小刀で木片にしようと、しゃがんみこむと思わずため息がでた。
気を紛らわしたかった。
今はもう遠い昔に感じる孤児院のころを回想する。
──たき火かぁ
小邪鬼が黒炭になって消えかかる火に布の切れ端を近づけて、火を拝借をする。
──“『火を盗むとは、なんと大胆不敵な火防女よ』『姉上よ、許せ姉上よ』火防女は荒野に降り、約束通り小神に火を渡し息絶えた”
ふいに孤児院で教わった神話の断片“火盗み”の一部を真似てみる。どうせ誰もいないのだ、火のついた布を仰々しく歩む。
「熱っち!」
幾らか歩を進めたところで、火の熱さに耐えきれず芝居は終わり、急いで用意した場所に布を投げ込んだ。
──はぁ、何やってんだろ
いくら心細いとはいえ、我に返ると自分の行動に恥ずかしくなってしまう。
投げ入れた火は枯れ葉と小枝に燃え移っていき、やがて焚き火となった。