四十三話
仄暗い廊下が続く。
チャゴは地下牢の長い廊下を先導されながら歩いていた。
街を囲む城壁の外の建物へと続くこの廊下は、等間隔にある空気穴から聞こえてくる音が不気味に響く。
愛想笑いは絶やさないが、内心で不快に感じる他の理由に、埃っぽくカビの臭いだろうとチャゴは思った。
案内してくれた牢番の兵士は、やってきた若い商人に驚きながら色々と話しかけてくれた。「同じ年頃の娘がいるが、最近口をきいてくれない」だとか「流行りの櫛を贈りたいがどういうものが今の流行か判らない」だとか、「急に罪人が増えたので牢屋が足りない」だとか、自慢の娘の話から仕事の愚痴に移行していく。
「増えたと言えば黄金の卵の組合員の方々は、もう釈放されたんですか?」
兵士は苦々しく首をふる。「このままじゃ、ほとんどがコレだ」と言って手で首を落とす動作をした。街にでた不要物の処理は兵士が行うので、その作業を想像すると億劫になっているのだろう。
「そうですか。釈放金は支払われないんですか?」
この国では犯した罪の代償として、統治者が示した金銭を支払えば釈放される法がある。
チャゴの質問に兵士は困り顔だ。「払った奴らもいるが、ごく一部だな」と呟いた。
そういえば『黄金の卵』は、其の日暮らしの商いで食いつなぐ商人たちが多かったなと、チャゴは思いだした。
「金貸しに金を借りないんですかね?」
「借りても返す当てがないんだろうよ」と兵士は言った。
──まぁ、返すかどうかもわからない奴に貸す商人はいないか……
狭い牢屋の前をいくつも通り過ぎ、何度か螺旋階段を下りた。牢と牢の間は分厚い隔たりがあり、兵士の言うように空の牢はなかった。
兵士と話すうちに目的の牢の前にたどり着く。「話がすんだら起こしてくれ。最近、夜は街の巡回回数が多くてね」と言い残し兵士は近くにあった椅子に座ると眠り始めた。
「さて、と」チャゴがそう言って牢の奥を目をやると、老矮人の錬金術師が座っている。
「本当に来たんだね」
何日かぶりに口を開いたのか、嗄れた声だった。
「えぇ、叢屋はいつでもどこでもが商売の指針ですので」
ぢゅ。
音も立てず森鼠アングイスが、牢の中に現れる。
「ご苦労だったね、アンク」
ぢゅぢゅ。
アングイスは一鳴きしてチャゴの頭の上で丸くなった。
「少し窶れましたか?」
「そりゃこんな所に閉じこめられりゃ、窶れもするさ」
「なるほど。言葉の様子から察するに、気力はあるようにお見受けします」
「はん、皮肉かい?」
「まぁ、血石のぼったくりの件の恨み言の一つだと思ってくだされば」
チャゴのおどけに婆が皮肉めいた笑みを浮かべた。
「その森鼠が、手紙咥えてきたときは何かの見間違いだと思った。たまげたが、アンタのトコロはそういう金貸しの商売の仕方をしてるのかい?」
「まぁ、お客になりそうな人によりけりで使い分けていますよ。私では入り込めない場所へは、アンクが適任でして」
チャゴは声を殺して笑う。
「それで、貸してくれるのかい?釈放金、金貨七枚と半」
「えぇ、お貸ししますよ」
と、言って「ただし」と続けた。
「条件があります」
「手紙にも書いてあった件だね」
「えぇ、もし返済できなければ、貴女の店と今後の売り上げの一部を私がいただきます」
「返済できなくても店を追い出されないってのは、些か話がうますぎると思うんだけどね」
「そうでしょうか?返済できなければ、貴女のお店は私の、叢屋チャゴの持ち物になります」
「でも、追い出されないだろ?」
「毎月、売り上げの一部はいただきますよ」
そう言うチャゴを見据えて老錬金術師は黙る。愛想笑いを浮かべながらチャゴも老矮人の沈黙に付き合うことにした。
しんと牢獄に静けさが落ちる。
婆はゆっくりと口をひらいた。
「なぁ、どうして店と土地代として金を支払わないんだい?」
「それだと貴女も困るでしょう?」
「困るしかし、アンタは困らない」
「そうですね、確かに困らない。困らないが、いや、結果的に困ります。うーん、なんと言えばいいのか、面倒というのですかね」
「面倒?店を構えることがかい?」
「自分の手間を省くために授業員を雇わないといけない。しかも雇った従業員に商売というものを一から仕込まないといけない。従業員に店番を頼みながらも帳簿は己でつける。面倒だと思いませんか?」
「これはとんだ物臭だね。それが商売、いや生きるということだろ」
「“働きたくないは、金持ちへの第一歩”だそうです」
「何だって?」
「働かずに金を稼ぐ方法を考えることが、考え続けることが大事なのだそうですよ」
「一体誰の言葉だい?そんな不遜な言葉をはいた輩は?」
ぢゅ。
チャゴは頭上で鳴いた主に目線を向ける。
──ほら見ろ。これが普通の反応だ
「まぁいいさ。ここから出してくれるんだろう?」
老錬金術師は、ため息をついた。
「えぇ、では、この書類のこの場所に署名をお願いします」
チャゴが牢の中に筆と契約書を差し出す。
「それでもアンタは笑ってるんだね」
受け取った老矮人が、ぽつりと言った。
「え?」
「いんや、アンタほどの歳の商人に金を借りる方が悪いんだが、普通はね、ビビるもんだろ?駆け出しの商人が、裏通りとはいえ店を出していた商人に金を貸すんだ」
「そうですね。確かにそうですね」
チャゴは思ってもみなかった言葉に納得しながら、署名された契約書と筆を受け取る。
「確かに署名いただきました。では、いつ出られますか、“付喪神の寝床”のアンジェ様?」
「今すぐに……、とは言えないね。アンタにも都合やら金の工面やらがあるだろうから」
「え?出れますよ。契約していただけると思って持ってきてますから」
アンジェの目が見開いた。
「バカなのかい、アンタは!そんな大金持ち歩くなんて!」
老矮人の怒号に寝ていた兵士が飛び起き、隣の牢の囚人も驚いたのだろう鉄格子を叩いて抗議してきた。「なんだ?どうした?」と、駆け寄ってきた兵士に「何でもありません、お騒がせしました」と何事もないようにチャゴは謝る。
「あぁ、ついでのようで申し訳ないのですが、アンジェ様の釈放金を支払いたいのです。どなたに話をすればよろしいですか?」
兵士は「あぁ?」と半分まだ眠っている様子だったが、間をおいてからチャゴの言葉を理解したのか「牢番の待機所で出来る」と言った。
「そうですか、では行きましょう。善は急げという奴です」
愛想笑いを崩さないチャゴと兵士はもと来た廊下を戻っていく。仄暗いせいですぐに見えなくなった。
「もしかしたら悪魔に金を借りちまったのかもしれんね」
アンジェはぽつりと暗闇に独り呟いた。




