四十二話
簡易礼をして宿屋の部屋の仲働きは、無表情にチャゴたちを向かえた。
「おかえりなさい、チャゴ様」
──相変わらずの無表情
チャゴは愛想笑いをして、留守中の部屋管理の礼を言って、心付けをする。
「いえ、仕事ですから」
仲働きは簡潔に答えた後、なかなか立ち去らない。チャゴが何かあったのかを訊こうとして、漸く仲働きが口を開いた。
「チャゴ様、ご報告があります」
仲働き曰く、数日前に部屋に誰かが忍び込んだような痕跡があるという。
「毎日、埃が溜まらないように窓を数刻開けて掃除をするのですが、その際、窓がきっちり閉まっていなかった日があるのです」
前の日には閉めた筈の窓が半開きになるはずがないと仲働きは主張した。
「もしかすると今まで気がつかず、数回入られていたのかもしれません」
仲働きはチャゴに謝罪した。
「忍び込んだ奴が悪いのであって、貴女は悪くないでしょう」
そう言ってチャゴは笑った。
チャゴの頭の上で尻尾を揺らすアングイス、荷を降ろしてベッドで飛び跳ねるカンタート。ほんの少しだけ考えてからチャゴは「ふむ」と言った。
「それでお役人様には?」
「いえ、窓が半開き以外に何もありませんでしたから」
「そうですか、報告ありがとうございます。助かりました。では、この事はどうか内密に願います」
「届けないのですか?」
愛想笑いでお願いするチャゴに仲働きは大きく目を見開く。
「えぇ、しません。この宿の評判に迷惑がかかるでしょうしね」
「でも…」
「口止め料です」
チャゴが仲働きに追加の心付けを握らせる。
「お願いしますね、これは二人だけの秘密ですから」
チャゴの懇願じみた冗談は、無表情の仲働きを苦笑いさせるほどだった。
それから数十日が過ぎた。
空には雲一つない。街は人々の営みというものを表すような活気だ。
「叢屋のチャゴだな?」
チャゴの前に人影が立ちはだかった。
──こういう輩が増えたな
近頃チャゴが日々の商売に勤しもうと、表通りや裏通りを歩くと、度々声をかけられるようになった。有名になって商売がやり易くなったという事でもあるが、それは裏を返せば面倒なことが増えるという事でもあった。
「おまえに言えば、金が貰えると聞いた。本当か?」
どういう風にまかり間違って伝聞しているのかチャゴには検討つかないが、どうやら「金貸し業」が「金施し業」と間違って伝わっていることは確かだった。
とはいえ、チャゴは慈善事業をしている訳ではない。
「いいえ、嘘でございます。金の施しはしておりません。どうやら妙な噂が一人歩きしてるようですね、貴方はおそらく誰かに担がれたのでしょう」
チャゴは愛想笑いでその場を切り抜けようとした。ただそれで抜けれるならチャゴはこういう事態を辟易したりしない。
会釈をしてチャゴの行こうとするのを阻む儀紋人の男。
「待て、それならどうしてクサレ通りの耳長人に金をやったのだ?」
「あぁ、オクサナ=ウシャコフ様でございますね。えぇ、お貸ししましたよ、金貨一枚」
「やっているではないか!」
「お貸ししたのです、利子を付けて返していただきます」
「金貸しではないか」
「えぇ、金貸しでございます」
自分の思い違いに儀紋人は唸った。
「よし、俺を用心棒に雇え」
唸ってでた言葉はそれで、チャゴは呆れる。
──どうして儀紋人は、こうも短絡的な輩が多いのか
内心とは裏腹にチャゴは愛想笑いを浮かべた。
儀紋人は人間よりも寿命が五六十年長く、身体能力や魔術的素養も高いとされているせいか、自分よりも短命な種族には短絡的な行動をとりがちと、そういう種族的な性格とされている。
「わかりました。では、ご自身のその手で私に触れてみてください。それが出来れば雇いましょう」
そう言ってチャゴはその場から動こうとしない。
言われた儀紋人は、鼻息が荒くなっているようだった。
チャゴの背後で円盾を構える音。
簡単な試験だと思った儀紋人の男は、チャゴに近づこうとしたが、カンタートが円盾を構えて飛び出し男を防ぐ。
「げ」
その反動で儀紋人の男は尻餅をついた。
「なんだ、そいつは」
「護衛です、何か?」
立ち上がった儀紋人が諦め悪くチャゴに掴みかかろうとするが、その全てをカンタートは円盾で防ぎ、最後に男の腹に盾を打ち付ける。
男は小さく呻き倒れた。
「げー」
カンタートは、男に何か言って盾を背負う。チャゴが頭をなでてやると、頭巾ごしに判るくらいにカンタートは目を細めていた。
アングイスの待つ営業場所に歩き始めながら、ぼんやりと考え事をする。
──行商でもしながら、王都に行ってみようか
商会長と先輩二人の遺体回収は出来なかったものの、遺品を回収できた。既に先輩二人の遺品は遺族に返せたし、残る商会長の遺品は王都に届ければいいだけだった。それはルルベに出した手紙の返信で知ることができた。どうやら親戚筋が住んでいるとのことだった。
──血石はもう手元に一つもない。誰からも疑われることもない。アンクの言いつけ通り儲け以上の金銭をつかっていないから、おそらく誰にも気づかれてはいない
血石はペポパとダスにさばいて貰った。出来るだけこの街から離れた場所で売り払うようにお願いをした。取り分は三等分。
お節介な魔術師二人組は、王都まで行って売ってくれたらしかった。
ただしチャゴはただ一つ粒だけ残した。
チャゴがカンタートを見ると「ぐ?」と首を傾げる。
魔術など使いたくはなかったが、年若いチャゴには信用できる人間をつくる伝手がなく、育てる時間もなかった。
──手駒が欲しかっただけ
チャゴは罪悪感でカンタートを撫でる。すると、カンタートは嬉しそうにする。
一度ため息をつくと、今日の商談場所に足を急がせた。




