四十一話
数日ぶりに街へ帰ってきたチャゴは、矮人の錬金術師の店を訪ねることにした。
遺品として譲り受けた片眼鏡の鑑定をしてもう為にだ。町への道中に、有名な品ならそちらの方面から商会長の実家をしれるかもしれない、とそう思いついた。
アングイスとカンタートは、少し離れた場所で待機している。何かあればすぐに駆けつけれる位置だ。
店の扉を数回叩いたが、返事はない。
窓を覗くと灯りはついていなかった。
──ほかの客の査定でもしているのだろうか
などと思ってしばらく待ったが、やはり店に灯りは戻らなかった。宿に戻ろうとしているところで、待っていたかのように「何をしている」と兵士に呼び止められた。
チャゴは遺品の鑑定依頼に来た旨を伝えると、兵士は店主である矮人の老女が捕まったと告げた。
「そうですか、……もしかして詐欺か何かでしょうか?」
「いや違う」と兵士。怪訝な雰囲気をだす兵士にチャゴは愛想笑いをした。
「実は珍しい紅玉を以前ここで引き取ったもらったんです。その時、すこし騙されまして……」
「なに?」兜を被った兵士が眉を顰めるのが解るくらいの声だった。
「金貨一枚ほど、損してしまいました」
自虐気味に愛想笑いをするチャゴに、兵士は「その珍しい紅玉はドコで手に入れた?」と詰め寄ってくる。
「森から街に帰る途中に一つ二つ拾いまして、何かの金策になるかもしれないと、持ち寄ったのですが、……屑石と言われ、二束三文でしたよ。まぁ今は勉強料と思ってますけど」
やんわりと答えるチャゴに「それなのにまた来たのか?」と兵士が嘲笑った。
「えぇ、今回の鑑定料をふんだくってやろうと思いまして」
チャゴの答えに兵士は鼻で笑うと、「その石がどういうものか知っているのか?」と尋ねてきた。
「いいえ。ただの紅玉ではないのですか?一つ、七銀貨で引き取って貰えましたよ」
愛想笑いのままチャゴが不思議そうな顔をすると、兵士は二度目の嘲笑して、去っていった。
兵士が去った後、アングイスが建物の陰から降りてくる。カンタートはそのままチャゴに抱きついた。
「まーぐー」
ぢゅ。
アングイスの鳴き声に、チャゴは頭を撫でてやった。
──まさか本当に見張りがいるなんて
「予想通りだろう?」と言わんとばかりにチャゴの頭で丸くなって一鳴きする森鼠。
傍らの小邪鬼は、不思議そうにチャゴとアングイスを見上げていた。
チャゴは移動のために大通りを歩くと、監視はいないようだった。
証拠に離れていたアングイスとカンタートがいつの間にか側にいた。
二匹に外で待機するように伝えて、ゆっくり扉を開ける。
紙と何かの香辛料、それに幾つかの香水が混じった匂いがチャゴの鼻孔をくすぐった。
組合の建物に入ると、やけに騒がしいなとチャゴは思った。数回ここにやってきているが、今日は特別に落ち着きがないと感じる。
受付役をしている青年執事に笑いかけながら、近づきながら尋ねてみる。
「ご禁制の品を取り扱ってたと、商人組合『黄金の卵』の組合員がほぼ全員捕縛されたそうで……」と執事は苦々しく笑い返した。ただの給仕係には手伝いが出来ないことを歯痒く思っているようだ。
──そういやあの婆さんの店にも、確か黄金の卵の印あったな……
チャゴが記憶を辿りながら、笑顔を崩さない。
「あぁ、それでこっちの組合員にも禁制品を扱った輩はいないか、探すためにこの騒ぎですか?」
質問を執事が肯定すると、チャゴはわざとため息をつく。
「『黄金の卵』も災難ですね、組合員が一人殺されて、禁制品を扱う組合員のせいで壊滅状態に追い込まれるとは」
執事が憤慨しながら「他人事ではありませんよ、もしもこちらにも禁制品で商いをしている組合員がいれば、一大事です」と言った。
チャゴはそれに同意して、慌ただしく筆を動かしたり指示を出す男に話しかける。
「お手伝いできることはありますか?」
「あぁ、叢屋さん。ありがたいですわ、えぇ、書類の整理をしてもらってえぇですか」と顔を上げ慌ただしく返事をした。
「えぇ解りました。お任せください、組合長。それでご禁制の品とは?」
組合長が周りを見渡してから、声殺しながら「睡眠蝶ですわ」と言った。
「睡眠蝶って魔物ですよ?売れるんですか?」
声を抑えながら驚くチャゴに手招きをして、組合長は自分も初めて聞いたと前置きしてから「もっと正確に言うたら、睡眠蝶の羽ですな。それも鱗粉といってもいい、なんや睡眠と幻覚作用があるそうですわ」と言う。
「聞いたことないですね」
領主直々の、7日前に突然お触れがあり、睡眠蝶の売買を薬師組合のみとするとのこと。しかも遡及して罰すると発し、街はひっくり返るほどの騒ぎになったらしい。「えぇ、そりゃそうですよ。元々扱っていた薬師組合の秘密事項だったらしいですしね、ただ組合でも卸したことがあるかもしれんということで、ま、こんな状態ですわ」と、組合長は室内をぐるりと見回した。
「そうですか……」
幾つかの羊皮紙の束を渡され空いてる机へ座って、過去に取り扱った商品を調べていく。
組合員同士の取引の中に睡眠蝶はない、それが判った時その場にいた全員が安堵のため息をついた。
「よかったですね、組合長」
チャゴが組合長に声をかけると、上等だろうと一目でわかるハンカチで汗を拭きながら「いやはや、助かりました。叢屋さん」と礼を言ってきた。
「そういえば、睡眠蝶で思い出しましたが、“暗い森”の小邪鬼討伐の依頼って、どうしてだしたんですか?」
組合長が顔を歪めて「出してませんよ叢屋さん」と、不明瞭に言った。酷く不快な問いかけだったのだろう、組合長の顔は曇っていた。
チャゴがその様子に疑問の顔を浮かべていると、組合長は思い出したように一人頷く。
「そうでしたね、叢屋さんは鴛鴦屋さんの関係者でしたね。実はですね、あれは『黄金の卵』さんの、騙りなんです」とチャゴに告げると、気まずそうにすると言葉を待つチャゴを見て口を開いた。
「確かな情報筋から手に入れたことなんで確かですよ。組合の依頼掲示板には定期的に小邪鬼退治の依頼は出していますよ、“暗い森”にすら数年に一度くらいは住み着きますからね。あの生命力の塊は」
商人の顔に戻った組合長は朗らかに笑う。
「ただ今回の小邪鬼大量発生の騒動で、発注はしてないんです。まぁ『黄金の卵』さんがこっちの名前を騙って発注したようですがね」
チャゴは得心する。
「あぁ、それで今回のこの睡眠蝶取引の件も……?」
「そうですわ、黄金の卵さんの組合員が大量捕縛という話でしょ。もしかしたらと思いましたが、まぁ、何もなくて良かったですわ」
チャゴが教えてくれた事に礼を言う。
「副会長のルルベさんにはお伝えしたんですが、鴛鴦屋さんを早々に畳んでしまわれて新大陸に行かはったから、機会がなかったんでしょうな」
ルルベの名前が出てきてチャゴは、ようやく元々の用事を思い出した。




