四話
チャゴの目の前に木々の枝が迫ってくる。
それをかき分けかき分け、必死に走った。
足がもつれそうになるが、転びそうになっても足を前に出す。
──畜生!チクショウ!
チャゴは森の中を走っていた。勿論、小邪鬼から逃げるためだ。
喉は既にカラカラで、息を吸うのも苦しい。
グゲゲゲゲ。
小邪鬼は笑ているように鳴いていた。もしかしたら仲間でも呼び集めているのかもしれない、と思うとチャゴは益々不安に駆られる。
──怖い!殺される!
樹から飛び降りて小邪鬼を踏み殺し、目星をつけていた樹の目前。
小邪鬼に見つかってしまったのだ。
チャゴを見つけた小邪鬼は、馬車周りにいた小邪鬼たちよりも体格が一回り大きく、刃渡りの長い包丁の様な剣を持っていた。
──あれは小邪鬼なのか?なんなんだよ!
走りながらチャゴは後ろを振り返った。
グググ。
小邪鬼には、獲物が怯えた顔でこちらを窺ったのはよくわかった。
ニゲロやニゲロと嗤えてくる。
その刹那、小邪鬼は傲っていた。馬車を襲い既に幾人か殺し喰らって、食欲は満足している。
あとは他の小邪鬼の餓えの欲求が消える、それまでの暇つぶしの“鬼ごっこ”だ。
必死に全力で走らずとも、この獲物を余裕で追いかけれるのは解っている。
たまにお気に入りの得物を振り回すと、風切り音で獲物は怯えた顔で振り返る。
ニゲロ、ホラニゲロ。
目の前の獲物は小さいがイキがよく、よく走る。
小邪鬼はそれだけで愉快な気分になった。
なんと愉快が続く日なのだろう。はぐれの小邪鬼に導かれてきたら、獲物が転がり餌があり、玩具になる獲物まである。
これだけ必死な獲物だ、食うにしても犯すにしてもどちらにしても、嬲るときに興奮をしそうだと、追いかけるうちに段々と執着しはじめた。
グゲフ。
しかし追いかけごっこもそろそろ飽きてきた、と包丁を振りかぶったまま跳躍して一気に間をつめた。
と、小邪鬼特有の愚かさがでた。
目の前の獲物に拘泥しすぎて、森の中ということが薄れていたのだろう。
生い茂る木々の枝葉に振りかぶった包丁が引っかかり、思ったような形で振り下ろせなかったのだ。
チャゴは小邪鬼の跳躍を見ていた。
──あ、殺られる…
思わず瞑る。
ゴッという音が聞こえた。
小邪鬼が振り下ろした包丁が近くの樹に深々と刺さって抜けなくなっていた。
へたり込むチャゴは涙目になりながら、静かに後ずさる。
小邪鬼は包丁を抜こうと必死に樹に足をかけ、引き抜こうと試みる。
抜ければチャゴをすぐに襲うだろう。
──逃げなければ…。
その隙にチャゴは近くの茂みに飛び込んだ。
少し離れた場所に樹のうろを見つけ、そこへと逃げ込む。
小邪鬼はまだ木の包丁を抜けずにいたが、抜けない腹いせに樹を何度か蹴り、そして去っていった。
安堵のため息がでる。
緊張が少しゆるんだせいか、猛烈な眠気にチャゴは襲われた。
──寝ちゃ駄目だ、寝…ちゃ…だ
うろの中、不自然に蝶が舞っていた。