三十二話
チャゴは袋から取り出した机の上に血石を置く。
「確かに、これはクズ石でありまするな。ただ魔力は微かでありまする」
ペポパがそれをつまみ上げてそう言った。「老矮人の店主もそう言っていた」とチャゴの相槌にペポパは続けた。
「魔術【凝】の副産物で有名でありまするな。にしては、どうにも小さすぎる血石でありまする。ふむ…。生成されるのは体内錬成式を使って、文字通り体内の中で結晶化させていくからでありまする。対象に呪をかけ体の一部分を結晶化させる禁忌の魔術、元々は魔術師を暗殺するための魔術……といわれていたでありますな」
「魔術師を暗殺…ですか」
「そうでありまする。この血石というのは、血と魔力の塊なのでありまする。対象が内包する魔力が高い程、急速にかつ大きな結晶化がすすむのでありまするよ。その性質からか、血が多く通う場所に出来やすいのでありまするよ」
ペポパの言にチャゴが納得する。
「ん…?応用すれば、自分の腕を結晶化して相手をぶん殴るとか、結晶を剣にして切り刻むとかできそうではありまするが……」
思考が横道にそれた蛙人の言葉の続きをダスが引き継いだ。
「【凝】は手間と手順が面倒と言われているでヤンス、それと副産物たるその血石が色々と厄介な魔術でヤンス」
「これが?」とチャゴがつまむ。
「壷髑之法とかいう錬金術の技法で造ると言われましたが?」
チャゴは矮人の老婆から聞いたことを、ダスに伝え訊いてみた。ダスは顎をさすってから、口を開く。
「それはおそらく【凝】を改変した術式でヤンス」
「改変?」
「その魔術に限りなく効果を維持したまま、対価や犠牲をなくす方法でヤンス。例えば即効性を限りなくなくして、“何か”を手に入れたかったとかでヤンス」
「何か?…血石とかですか?」
「そうでヤンス。例えばこいつを粉末状にすると別の価値が出てくるでヤンスよ。血石単体では、ただの興奮剤でヤンスが…、まぁ、…混ぜるな危険ってやつでヤンス」
「はぁ」
チャゴがナニの話か解らずに首をひねっていると「お子様はまだ知らなくていいでヤンス」とダスがその話を終える。
「それにしては…、やはりこの血石は小粒過ぎるでヤンス」
「そうなんですか…つまり麻薬みたいなものになるんですか?」
「いや、…単体ではどうにもならないでヤンスよ」
チャゴは机に置いた血石をため息まじりに眺めた。
──まぁ麻薬にならないだけマシか。あぁでも、銭にはならないのか……
「それで少年はこれの何を知りたいのでありまするか?」
思考の旅から帰ってきた蛙人は、チャゴに訊ねる。
「これを造った“誰か”を知りたいんです」
「それは難しい…でありますな。はっきり言えば特定が難しいでありまする。少年の話のとおり、術者が【凝】を改変した壷髑之法を使っているとしたら、もっと範囲は広がるでありまするよ。術式の改変は魔術師は基本的にはしないでありまするが、まぁ改変自体が目的の場合はちょっと話が変わってくるでありますが…」
「そうですか」と落胆するチャゴ。
「考え方を変えてみるでありまする。そもそも術を使用した輩は、血石を欲していたのか?でありまする」
「あぁ、術の使用が目的ですか?」
「もしくは、術を使って何かをなしたかったでヤンス」
「条件としては、森では他の小邪鬼からは血石は見つからなかった」とチャゴが確認のように訊くと二人は頷く。
「同じころ言うでヤンスが、目的のための最善で最適な方法を使う、そのための魔術をふるい探求する者どもが魔術師という生き物でヤンス。小邪鬼の血石が欲しいなら、一匹づつに【凝】をかけて血石を採っていった方が良質な物が手に入るでヤンス」
「【凝】の術式を知る魔術師なら、壷髑之法に改変は出来ないことはないでありまする。が、商隊を襲った小邪鬼以外からは血石は見ていないのでありまする」
「まぁ見つける余裕がなかったというのもあるんですけど…」
「狩った小邪鬼からは血石はなかったでヤンスよ」
「なら、目的は血石を作ることではない、そういう結論に帰着するでありまする。おそらく血石を使った魔術の使用でありまする」
「血石を使った魔術…ですか?」
「そうでありまする。この副産物は、魔術の触媒としてかなり重宝される代物でありまする」
「そうなんですか?」
「この小ささでも、一個金貨二枚は下らないでありまする」
──は?
ペポパの言葉にチャゴの頭が刹那に真っ白になった。
「金貨二枚?一枚でなく?」
「少年、顔色が悪いでありまする。大丈夫でありますか?」
チャゴは片手で前額を押さえて、目を瞑り深呼吸をする。
「…ばぃ。大丈夫でず」
──あ゛あぁぁ!…二枚半損したぁ!あの婆ぁ!
ぢゅぢゅ。
ずっとチャゴの膝の上で黙っていたアングイスが嗤うように鳴いた。
大きく息を吐いて落ち着いたチャゴをみて、ペポパは話を続ける。
「血石を使った魔術は幾つかあるとされてるでありまするが、小生が術式を知るのは一つ、【造】でありまする」
「簡単に言えば、血石を使って小邪鬼を操る術なのでありまする」と険しい顔をしながらペポパは言う。
「旦那、【造】で小邪鬼たちを操ったとしても、改変した壷髑之法の使用が目的で、血石を生成してたという線は消えてないでヤンス」
「しかし血石のない小邪鬼の説明がつかないでありまする」
腕を組み考え込む魔術師二人。
──血石を作る方法は二つ。魔術【凝】と壷髑之法。壷髑之法は【凝】の改変した方法。それがわかっただけでも収穫かな…
もう一度瞑ってチャゴは納得しようとする。しかし、誰の、目的が未だに定かでない。商隊馬車の荷物?それとも誰かを殺害するために?と頭の中で妄想が膨らんでいってしまう。
ぢゅ。
アングイスが一鳴きすると、諭されたようにチャゴは魔術師二人に向き合った。
「あぁ、すいません、黙り込んでしまって。血石のことを教えてもらった事と森で助けていただいたお礼として謝礼をしたいのですけど…」
そうチャゴが口を開くと二人は、「お礼はしてもらってるでありまするよ」「いらないでヤンス」と同時に断ろうとする。
「では、ここにある血石の半分でどうでしょうか?…ミヤコルという魔術の媒体になるようですし」
チャゴがあらかじめ用意しいた提案をすると、ペポパが合点がいったのか言った。
「少年、【造】を覚える気はありまするか?」
チャゴはペポパの言葉を聞いて、「提案を間違えたんだな」と理解した。




