三話
チャゴが森の茂みに飛び込むと、小邪鬼が二匹ほど追いかけてきた。
慌てて、樹の陰に移動する。
──それにしたって多すぎじゃないか?まぁ小邪鬼の群れが普通はどれくらいか、しらないけどさ
小邪鬼は、人を襲い盗む。食えるのなら殺し田畑を荒らし、子を孕めるのなら犯す為に攫う。それがチャゴが知る小邪鬼の本能だ。
チャゴが馬車に揺られながら聞かされた話では、小邪鬼の群れは、せいぜい五、六匹と聞いていた。けれど、先ほどはそれ以上いた。
グゲ。ググ。
二匹は飛び込んだ茂みにチャゴがいると思っているようで辺りを探しているようだ。
チャゴはさっさとその茂みから出て、小邪鬼二匹の死角を利用して音をたてないように目的の樹まで移動している。
茂みの中で目星をつけた樹を静かに登る。
小邪鬼たちが完全に見失っている様子は、木の上からよく見えた。
諦めたのか片割れは違う場所へと向かっていくが、もう一匹は諦められないのか茂みを殴ったり蹴ってみたりしている。
──安心はできない、次に樹の目星を…
はじめチャゴはこの樹の太い枝に腰かけてやり過そうとしたが、諦めざる得なかった。
見渡すと、この辺りの樹は、細いものか、太く登りやすい物ばかりだったからだ。
細いものは枝が折れればお終いだし、登りやすいものは小邪鬼たちにも登りやすいかもしれない。一番やっかいなのは、見つかり仲間を呼ばれるか、投石をされることだ。
──それにしても、やっぱりこの数は異常じゃないのか?
次の樹をあたりをつけ機会を伺いながら、チャゴは小邪鬼の群れに身震いした。
少しでも彼らから離れたいと思うが、馬車から離れることもできない。
──くそ。馬車は無事なんだろうか…
不安が募ったチャゴが馬車がある方向に身をねじった反動で、枝葉が落ちた。
ゴゥゲブ。
それを見た小邪鬼が、チャゴを見つける。
投げられた石がチャゴがいる太い枝に当たり、チャゴは自分が見つかったことを理解した。
──しまった!
小邪鬼は、仲間を呼ばなかったが、石を投げ続けてくる。
──どうする?降りて逃げるか?
と悩んだが、頭の近くを掠めていく石、近くの幹や太い枝の当たる石に段々と気だけ急いていく。
──上か?駄目だ、枝が細い。
投石は当たりはしなかった。
見当違いの方向に飛んでいく方が多いくらいだった。
──この石で仲間が駆けつけてきたら…
そんな気の滅入る考えがよぎる直後、運悪く近くの幹に当たった石が跳ね返ってチャゴに当たった。
その瞬間に頭の中で組み立てていた半刻の見通しが、真っ白になった。
大して痛みは感じなかったが、たまらず木を飛び降りる。
──地面に着地して転がる。着地して転がる。転がって、向こうのあの樹に走る。着地して…
半分祈りながら半分念じながら、飛び降りた先には投石してくる小邪鬼がいた。
グチャリ。
擬態語で正しく表現できていれば、そんな音だろうか。
地面を転がり、偶然に茂みの中に入ってしまう。
踏みつぶされた小邪鬼は、頭は踵の形で陥没し肩が抉れるようにひしゃげていた。
何が起きたか理解すると吐き気が襲ってきたが、ここから逃れなければと焦燥する。
手を口に当ててこみ上げてくる物をぐっと堪えた。
──離れた一匹が、やって戻ってくるかもしれない
馬車から離れてしまうのは不安感じたが、小邪鬼から逃れるために目的の樹まで警戒しながら移動することにした。