二十四話
がさがさと草むらが揺れる。
チャゴは反射的にそちらを見てしまう。
狼たちが小邪鬼の多くない臓腑を引きずり出したとき、別の狼が四匹やってきてきた。
姿を見せあうと、互いに低く身構える。
どうやらこの新たな狼たちは、三匹とっては余所者らしく小邪鬼の多くない内蔵を取り合う気らしい。
餌が一つ、その餌が欲しい集団が二つ、当然小競り合いになる。
──“暗い森”は、狼の住処にもなったのかよ!
チャゴの心中を余所に狼たちのうなり声は、次第に大きくなっていく。
三対四で群の強者だろう固体が唸りあっていたが、一匹が隙をみて小邪鬼の手首を引っ張ると、刹那の噛みつき合いになった。
一匹は小邪鬼の手首を咬み、その狼に噛みつこうとする狼、盗られまいと小邪鬼の足を引っ張る狼。一瞬の出来事に、飛び退く一匹。
結果は三匹の勝利に終わったが、小競り合いのせいで小邪鬼の骸は襤褸になってしまっていた。
四匹は獲物によほど未練があるのだろう。恨めしくみる数回振り返るが、三匹に唸られて逃げていく。
四匹の気配が完全になくなり、小邪鬼の臓物に喰らいつく三匹。
と、三匹のうち一匹が悲鳴に似た声をだして不自然に横に倒れた。
──は?
倒れた狼には一本の矢が刺さっている。
小邪鬼の手でつくられた粗雑で曲がった矢などではなく、矢羽根がついた、まっすぐな矢だ。
狼は倒れた仲間に戸惑ったが、二本目が自分のすぐ横を掠めていくと逃げ出していった。それに続くもう一匹。
雄大な自然の弱肉強食に表現し得ぬものを感じていたところに、突然の介入にチャゴは当惑した。
──いや、狼がいなくなったんだから善しとすべきだな
と気を取り直し、木を降りようとすると、服の袖を咬むアングイスが止められる。
──ん?
草むらから女が二人現れた。
アングイスの身体に緊張を感じたチャゴは、その二人を観察する。
──あぁ、そうか。見境がないっていってたもんな
組合お抱えの荒事担当と多少面識があるが、この二人は知らないチャゴは息を潜めた。アングイスが再び襲われるなんて、考えたくもない。
「二頭逃がした」
「まぁいいじゃん一匹はヤったんだから」
革の防具に身を包んだ短槍と肩に担ぐ女と軽装の防具と弓を持った長耳人の女が、しとめた狼から矢と牙を回収しながら愚痴り始める。
「小邪鬼よりも狼の方が多い気がする」
「はぁ、参加した誰かが“撒き餌”でもしたんかね?」
外した矢は木に刺さり抜けなくなって、長耳人はすぐに諦めることにしたらしい。
「“餓狼は小邪鬼を喰らう”っていう諺は、言い得てる効率がいい」
「はいはい。小邪鬼燃やすから、さっさと耳を削いで」
「さっきは私が。次は貴女の番」
「……ちっ、気がついたか」
耳長人が周囲を警戒し始めて、チャゴは身をかたくした。見つかった場合、臨時で雇われた荒くれに何事もなく「はいさよなら」出来るのかどうか。
果たして商人見習いの未熟な交渉術は通じるのか?と、無力感が増す。
──ペポパさんとダスさんには通じなかった…んだ…、今はじっとして…
「そういえば、あのイケ好かない女はこの辺りにまわされてたと思うけど?」
作業も終わり間際に、短槍の方が何とも無しに耳長人に尋ねた。
「あぁ単独の人。確かに」
「……案外、小邪鬼に捕まってたりして」
「悍ましい。いやな奴とは言え、あまり想像したくない」
「まぁ、それもそうか」
短槍の女が、腰元にある紐に切り取り穴を開けた小邪鬼の耳を通す。
紐には十以上は耳が吊されている。
──歴戦の強者ってトコかな
チャゴが二人の会話に耳を傾け、信頼できるか否かを判断しようとしていると、耳長人が突然に短槍の女の肩を叩く。
無言で指を指して、弓に矢をつがえた。
──え?もしかして、見つかったのか
突然な二人の行動に戦慄くチャゴ。
──これは降りて事情を説明すべきなんじゃないか?
チャゴが判断を迷っていると、アングイスが頭の上に乗っかって、尻尾でペシペシと叩いた。
「落ち着け」と小さい一鳴き。
耳を澄ませると、囁きが聞こえた。
「小邪鬼?」
「おそらく」
「多い?」
「三以上。走る?」
「当てなくていい。街道まで全力。いい?」
「了解」
耳長人が木々の合間に向けて弓をひいて、放つ。と、同時に二人は駆け出す。
放たれた方角から、グギギという声とガサと倒れる音が聞こえた。
──小邪鬼か?
チャゴがそちらに目をやっている間に、女二人は駆けだしていた。
それを追いかける小邪鬼が四匹、正確には五匹。一匹は、やや体格のいい小邪鬼に担がれている。
グゲゲ!
体格のいいは小邪鬼は、あからさまに怒気を含んだ声をあげた。
それに応える様に、残りの小邪鬼も声をあげる。
小邪鬼たちが持つ武器は、何かを襲った後なのだろう跡がしっかり残っていた。




