二十三話
※ご注意※残酷表現があります。
登った方法と同じく崖を降りて、アングイスの誘導で街道に向かって森を進み始めたが、チャゴですら違和感に気がついた。
──そうか、鳥の声がないんだ
その違和感に気がついたとき、チャゴは改めて周囲を見渡した。
深い森の中は、空の様子を掴みにくく、暗い。
耳を澄ませど羽ばたきは、やはり微かにも聞こえない。
ただ時より森に木霊する小邪鬼の断末魔。
ぢゅ。
小さな鳴き声を合図に腰を屈めて、木の陰から小走りする。
先導する森鼠アングイスは、既に警戒を解かない。
昨日はもっと気を緩めて歩を進めていたし、チャゴを誘導していた。
──戦場を進んでいるようなモンかな
隠密潜入を得意としていると自負する彼は、魔術回線が安定したお陰なのか、素早く動き、危険になるモノを見つけ、回避できるようにチャゴを導いていた。
アングイスは立ち止まって二本足と尻尾で立ち、鼻をヒクつかせ、ヒゲと耳を最大限に生かすために首を時より動かす。
どういう原理かはわからなかったが、アングイスは隠れそうな木の陰、草むらを見つけ、チャゴをそこに誘導していく。
──森鼠って、こんなにも賢いものなのか?
チャゴの疑問を誉め言葉と受け取ったようで、喜々として鳴いた。
ぢゅぢゅ。
アングイスは片目を失っていたが、感知能力を含め能力が格段にあがっているように思えた。
そんな森鼠が警戒を解かない理由。
──まただ
先導する鼠の横にたどり着くと、傍らに小邪鬼の死骸が転がっていた。
血の匂いがたちこめ、チャゴは顔をしかめた。
これが初めての死骸ではない。
森を進むと小邪鬼の死骸、その手足や臓腑の一部だろうモノを見つけた。
チャゴは小邪鬼討伐の成果なのだろう、と始めは感じたが何度も見かけていくうちに漫ろに不安になっていった。
と、幾度目かのそれらを目にして、気がついた。
死した魔物魔獣は燃やすというのが一般常識にも関わらず、その亡骸はそのまま放置されている。
つまるところ異常なのだ。
──小邪鬼が住んでいないはずの森の中に、小邪鬼が出てる時点で異常だわ
小邪鬼への嫌悪は慣れてきたのか、見慣れすぎてしまったのか、それを見ても何も思わない自分の変化にチャゴは気がつかない。
街に帰る。
もはや、それだけの一心だった。
危険を避ける誘導に従い死骸を横目に進み続け、どれほど経ったろうか。街道もう間近と思う場所で、小邪鬼以外の、死骸を見つけた。
見た瞬間は、小邪鬼の死骸だと思ったが近づき容貌がはっきりすると、チャゴは吐き気をも催した。
小邪鬼の粗雑で襤褸な矢が、鎧の隙間に刺さっている。
目をそらし嘔吐きそうになるのを、口に手をやって抑えた。
──吐くな。はくなハクナ吐くな
チャゴは心の中で自分に反芻させる。
喉元までこみ上げたものを、無理矢理に飲み込んだ。
目を瞑って深呼吸。
金髪だったのだろう、長い髪が頭部だった物に絡みついている。その形相にチャゴは直視をできるだけ避けた。
下半身の防具の類が剥がされ、半裸に近い状態なのは女性だったからだろうと推測する。
小邪鬼に犯された、…のだろう。
それは理解したが、女性が死亡しているのは不可解だった。
──小邪鬼が殺したのか?女を?
元来、小邪鬼は、子を孕めるのなら攫って犯す生き物だ。攫うための麻痺毒まである。
女を食らうために殺すのは、チャゴが知っている知識からははずれている。
──草摺や佩楯が脱がされてるんだから、犯そうとはしたのか?
女を攫って犯す為に小邪鬼が使う麻痺毒は、旅人や行商なら誰もが知っている毒薬だ。売り物にさえなる。
殺さずに麻痺させ動かなくさせるのが、目的の毒。
しかしチャゴの目の前の遺体は腹を食い破られて、臓腑が外に引っ張られたのだろう破片が辺りに散らばっていた。
──なんだ?飼っている大犬か狼の餌にでもなったのか?
混乱が続くチャゴの耳にアングイスの鳴き声が届き、移動を開始した。
──駄目だダメ。今は森から出ることに集中しないと
要らぬ思考はまずは置いておこうと、チャゴは歩みを進める。
ぢゅ。
唐突な鳴き声に「とまれ」と理解する。
目の届くところほどの前を歩んでいたアングイスが静かに後ずさりチャゴのところまで来ると、スルスルと肩まで登った。
──ん?木に登ればいいのか?
「いそげ」と尻尾でチャゴの頭を軽く叩く。
どうやら急ぐらしい。
チャゴは頑丈そうな枝がある木を見つけ、誘導されるままに登った。
──ここに何かあるのか?
頭の上のアングイスに視線を上に向けるが、「動くな」としか返ってこない。
と、地面を駆ける音があった。
小邪鬼が草むらから飛び出してくる。その小邪鬼は血塗れで片腕はなく、一目散に何かから逃げているようだった。
チャゴは討伐隊やあの二人の魔術師に追われていると思ったが、唸るような声と共に現れたのは予想外の動物だった。
──狼だ
三頭の狼が小邪鬼を追い駆け、一匹が首元に食らいつき、骨の砕ける音と共に小邪鬼が倒れた。
首が奇妙にねじ曲がった小邪鬼と目が合った。
その瞬間、チャゴは理解した。
先ほど女性は、麻痺して犯されてる最中に喰われたんだろうな。
意識があるまま食い殺される小邪鬼には、同情しなかった。
20190819 誤字修正報告をうけて修正しますた。報告ありがとうございます。




