二十話
チャゴは腹をさすった。
携帯用の器に野菜のスープが注がるのを横目に見てしまった辺りから、話前後の内容を覚えていない。
熱の入ったペポパの話は、鍋からやってくる匂いのおかげで、途中から右から左に抜けていた。
差し出される器を受け取ると、チャゴの鼻孔に塩の味と野菜の旨味とわかる香りが届く。
腹の虫が、ぐるりと暴れる。
「だからというわけではありませぬが、小生ら魔術師という輩は、神話や寓話、それにまつわる怪奇、怪談を集めているでありまするよ」
意気揚々と話すペポパが、話を一区切りさせようとしているようだった。
生唾を飲み込むチャゴの耳には、ペポパの魔術の話なぞ届いていないのだ。話に夢中のせいでペポパは、それに気がついていない。
神話寓話は台本、触媒や条件は小道具、舞台装置で、術者は役者に似ているでヤンス、と料理人は付け足していたが、チャゴは受け取った器の中身をじっと見つめていた。
──あれ?何の話だったけ…あぁ、魔術…
気を張って話を聞き続けたせいもあるだろうか、チャゴは頭がクラクラとしてきていた。いや、空腹のせいだろう。
「すこし火にあたりすぎでありまするな。水でも飲むとイイでありまする」
言われるままに水筒の水を口にすると、重たい頭が楽になった。
「いや、水より先にスープを飲むでヤンス」
ダスの言葉で、ゲゲと笑い声。
「それもそうでありまする。小生少々、喋りすぎるきらいがありまする。本題に入る前に長々申し訳ないでありまする」
ダスが嫌味っぽくため息をついて、「ここまで長いと逆にすごいでヤンス」と呆れていた。
「本題のほの字の入っていないでヤンス。本題…その魔獣の話でヤンス」
ダスはチャゴの膝を指さす。撫でてやると、気持ちよさそうに片目を細める。
「従魔の森鼠との魔術回線を感じれるようになるには、でヤンス」
「魔術回線?」
「旦那は、聞かなかったでヤンスが、一つ聞きたいでヤンス。その従魔に名前はあるでヤンスか?」
ペポパが野菜のスープを掬い取り、「小生、魔術のことになると、見境がなくなるでありまする」と反省し始める。
チャゴは膝上ので眠る森鼠をみると、潰れた半面が痛々しい。
首を横に振るチャゴを見て、二人は得心した様だった。
「旦那は、それでも飲んで黙ってるでヤンス。結論から言うでヤンス。その大鼠を治したければ、大鼠に名前をつけるでヤンス。でないと、その大鼠は死ぬでヤンス」
──は?え…死ぬ?
ダスの言葉を聞いて、ペポパが咳き込む。どうやら野菜スープがおかしなところに入ったのだろう。
「ダス、無茶苦茶でありまする。それは危険でありまする」
「旦那は黙るでヤンス。そして少年、聞くでヤンス。いま、その大鼠と少年の魔術回線は朧気でヤンス、その理由はわからないでヤンス、寧ろ謎な現状でヤンス」
死という言葉にチャゴは動揺したせいで、ダスの言葉に遅れて反応した。
「朧気…ですか」
それを待って、ダスはゆっくりと肯く。
「魔獣というのは基本的に食いらずで不自由なく生きていける…と言われているんでヤンス」
諸説あるでヤンスがね、と付け足す。それを聞いたペポパが「それは魔獣の発生、成り立ちがわからなければ、はっきりと言えないでありまするよ」と声を上げた。が、ダスは無視して矢継ぎ早に続ける。
「魔獣とは、魔力を制御する器官をもつ生物のことでヤンス。魔物は、それにある程度の知能、知恵がついたものだといえるでヤンス。究極のところ、人間を含む亜人も魔物といえるでヤンス」
ペポパが焦ったように、周りを見渡した。
「滅多なことを言うんじゃないでありまする。教会の信者に聞かれでもしたら、大変でありまする」
もともとは旦那の説でヤンス、見つかったら旦那を売るでヤンス、とダスが鼻で笑う。
「で、魔獣魔物の類が何故人間や他の動物を襲うか?でヤンス。これも諸説あるでヤンスが、内なる力を増やしたいからっていうのが一般的でヤンス。でも、従魔になった魔獣は、その主人となった者から魔力供給を得て内なる力を増やすといわれているでヤンス。それが、従魔になる理由と言われるでヤンス」
咳ばらいを一つ入れる。
「従魔術と呼ばれる魔術は、魔獣と契約して魔術回線をつなぐときに、名を交わすでヤンス」
「名前?」
「そうでヤンス。詳しいことは置いておいてくでヤンスが、それが従魔術における魔術回線の要因でヤンス」
「ただ、従魔関係を結ぶには、魔力の供給量を決めるはずなのでありまする」
ペポパが慌てながら横から補説をいれた。
「が、少年と大鼠は、それがほとんどない状態なのでヤンス」
──つまり?
チャゴが首をひねる。
「こんな状態から、少年が魔術回線を繋ぐと、どうなるかわからないでヤンス」
ダスが途端に話のキレを失って、言いよどんだ。と、補足に徹しようとするペポパが言い放つ。
「最悪、少年の魔力量では供給量が足りなくて、死ぬでありまする」
「え?」
はっきりと言うペポパにダスが困った顔をした。ペポパはシマッタという顔をしたが、冷静を装うと必死だ。
「旦那?空気を読むでヤンス」
「それをダスに言われたら、お終いでありまする」
「どうする?少年。その大鼠と契約しなおすでヤンスか?それとも、…?」
チャゴは膝上で眠る森鼠を見る。|森鼠は静かに眠っていた。目を瞑り自分の中で迷いを考える、そして膝上で眠る魔獣を優しく撫でてから言った。
「どうすれば名前って、つけれるんですか?」
その顔に迷いはない。
アングイス。
名付けようと、そう思ったときに頭の中にぼんやりと浮かんだ名前。
「即決でヤンスね」
「魔術師に必要なのは、早く判断するよりも最善手を見極めることでありまする」
チャゴは二人に得意の愛想笑いで応える。
「おれ、…私は、お二方のような高尚な魔術師ではありません。ただただ金銭を追い求める一介の商人…のなりかけです。この魔獣を生かせば利益があると思えた、それだけです」
もしも自分の魔力が足りなければ、それだけのことだろう、と思った。ペポパとダスの二人には感謝しているが、森からの脱出は断られているのだ。森から出ることを自力で成さなければならないと感じていた。
──選択肢なんてないよなぁ…、他は…あぁやっぱり思いつかないや
この森鼠が生きてさえいれば、もしかしたら、と思うだけだ。思い巡らせても、他に出来ることがない。
チャゴは渾身の愛想笑いで、もう一度、二人を見た。
祝二十話目…、祝?




