十九話
二人に諦めた旨を伝え礼を言った後、ペポパとダスに見られていることにチャゴは気が付いていなかった。
──まぁ、仕方ないか
と、チャゴは商いの基本である交渉に失敗したのだと諦めをつける。それと同時に番頭の交渉術に通じる話術、弁論術の凄さを実感していた。
──ルルベさんならもっと上手くやってたかな
膝の上の森鼠を優しく撫でながら、ルルベならどうやって交渉しただろうかと考えていた。
パペポはどうにも居心地が悪い状況に、どうにかならないものかと思案していた。
自分の信念からチャゴの願いを断ったが、火と水の恩に報いたい。が、これから殲滅戦でもう一働きしなければならないのだ。何か形として譲れるものはないものかと自分の鞄をまさぐるが、鞄の中には小邪鬼との戦いに必要な物ばかりで余剰分などない、チャゴに与えれる物などはないのだ。しかし古神“火守女”の加護の影響で、今から半刻は火の前から動けない。
この気まずさをどうすることもできないペポパは、戦友で共同研究者のダスを見る。
無言というものが苦手なダスは、自分が現れた時機が拙かったのかもしれないと思い始めていた。
森鼠を助けて、魔術回線を辿って行くと飼い主と顔見知りがいた。なにやら真剣な顔で話しているが、少し驚かしてやろう、と悪戯心が出たのが悪かったのかもしれない。そのあと飼い主を横にペポパと情報共有の為に話したが、それも今思えばどうなのだろうと思う。それに「足手まとい」発言は言い過ぎたそんな気さえする。鼠人は、気まずい沈黙が苦手だ。そんな風に種族的な性格のせいにしたかったが、起こしてしまったことを後からなかったことには出来ない。どうすればいいのだと、ペポパを見ようとしていた。
と、チャゴの腹が鳴った。
ここぞとばかりにペポパが声をあげる。
「少年、腹が減っているでありまする?」
空腹のチャゴに干し肉だけでなくちゃんとした物をという話の流れになった。
チャゴは干し肉も貰ったし十分だと断ったが、ダスが「いやいや」と押し切ってしまう。
「少し待っているでヤンス。旨い物を作るでヤンス」
パペポの発言にダスが背嚢から携帯用の鍋をだし調理を始めてしまった。
そもそもお人好しで世話焼きなペポパとダスなのだが、半人前のチャゴをこの状況に置いていかなければならないという罪悪感が、大人二人を動かした。
──これは、いいのだろうか…
ぢゅ。
森鼠が一鳴きして、浮つくチャゴを落ち着かせる。
料理を手伝おうにも膝上に森鼠がいるために動けないチャゴに、ペポパは簡易的な“魔術とは”という話をすることになった。
──そういうのは秘蔵、秘中の秘なのでは…
おっかなびっくりで聞き始めたその話は、神話が大半だった。身構えていた分、すこし拍子抜けだった。
「昔々、十一柱の神々が生し奉られて久しい頃、他に古より在られた神々があったでありまする。之を古神と呼ばれる神々でありまする、十一神教では悪神邪神扱いする宗派もありまするから、もしかしたら知らないかもしれませぬ」
「あぁ、えっと“火盗み”とか“地駆け”とかですか?」
「おぉ、博学でありまするな、他は“帆噛み”、“鵲”“骨掴み”とかでありまするな」
「えっと、モスワートの十一神教の孤児院で育ったもので」
「そうでありまするか…孤児でありまするか…」
ペポパが少し項垂れようとすると、調理中のダスが声をだした。
「よくも十一神教系なのに、他の神様の話なんてしてもらえたでヤンスね?」
「職員…に、そういうのを好む人がいて」
「ふむ…」
ペポパはその言葉に首を捻ったが気を取り直して、チャゴに向き直った。
「最近は宗派によって神官の意見もバラバラでありますから、まぁ、いいでありまする。十一神教教義の十一の神秘、魔術という名の奇跡、…の他に奇跡、…魔術がありまする」
ペポパの声が低く小さくなる。
「十一神教は魔術や奇跡の全てを十一柱の神の系統に組み入れようとしているみたいでありまするが、まぁ無理でありましょうな」
話が横道にそれかけダスが咳払いをすると、ゲゲとペポパは笑った。
「小生ら、魔術師というのは、その神秘…魔術を求める者達の総称でありまする。遙か西方では神秘学者なんて呼ばれることもあるらしいでありまする」
「他にも魔導士、魔法使いなんて言葉もあるでヤンスが、本質としては一緒でヤンス。知識欲にとりつかれた狂人の一種でヤンス。畜生、鬼畜の類でありまする」
──それ自分で言っちゃうの…
「ダス自分で言ったら身も蓋もないでありまする。…まぁ、十一柱の神々の他にも、力ある存在があると考えていいでありまする」
「はぁ…」
気の抜けたチャゴの返事に、ペポパは眼を細めてゲゲと笑う。
「単純明快に極論すれば、…現存する魔術とは神話寓話の再現でありまする」
ペポパが極めて小さな声で、しかしはっきりと聞こえる言葉で言った。
──神話の再現?
チャゴは自分の行った数十刻前に“火盗み”を思い出す。
「ペポパさん、それは、…何が起こったりするんですか?」
「ん?様々でありまするよ。魔術行使には様々な条件と代償が必要でありまする。まぁ、偶に不完全でも気まぐれに反応する魔術式もありまする」
「それって危なくないですか?」
「危ないでヤンスよ」
調理をしながら聞いていたダスがおもむろに応える。
「基本的に何も知らぬまま魔術に触れるのは危険なのでありまする」
ペポパがゲゲと笑い、焚き火に指をそっと近づける。すると、火が指の先に移った。
「魔術は万能ではありませぬ。限定的で条件付きな強さは確かにありまするが、それは剣だろうが棍だろうが槍だろうが、弓だろうが一緒でありまする」
火は指に燃え移っている訳ではなく、指先から離れて球体状に燃えている。
「魔術は代償を必要とするでありまする。これが魔術の厄介なところでありまする。火の系統の魔術であれば、それにまつわる触媒や代償を用意しなければならないのでありまする」
ペポパは指に灯した“それ”をクルクルと回して、宙に放り消した。
「もちろん内なる力と方向、いわゆる魔力と言うやつも必要でありまするよ」
その光景に呆気にとられていたチャゴを見て、ゲゲと楽しそうな笑う声があった。