十七話
「ふむむ。申し訳ないですが、それはできませぬ」
ペポパは困ったように謝る。
枯れ枝が燃ぜる音が鳴った。
快諾してくれると思っていたチャゴは動揺しながらも、ペポパの様子に気が付かずに食い下がった。
「な、なぜですか?組合には依頼として、後日報告します…」
「小生、今日は“暗き森”の小邪鬼殲滅にやってきていまする」
ペポパはゆっくりと話そうとしていた。
──やっぱり、あの黒い煙はペポパさんが…
小邪鬼と言われてチャゴは思わず振り返って、黒い煙を数えそうになる。
チャゴは堪えペポパを見つめた。
「小生、契約は終わらせてからでないと、次の契約をしない主義でありまする。それに…」
ペポパは森の方を見る。つられてチャゴもそちらに眼をやると、黒い煙が先ほどよりも多くなっていた。
「今回の依頼は、小生だけで行っているわけではないのです」
「え?」
「あなたは魔術師を雇う報酬を払えまするか?」
今のチャゴには、辛い一言だった。
魔術師は希少な存在なのは、知っているつもりだったが本人にそう言われると無言になる。
──ダメだ、ここで引いたら駄目だ
チャゴはぐっとこぶしを握った。
「…厚かましいのはわかっていますが、…水と火のお礼というわけには…」
「そうでありまするな。小生、その御恩は返したいと思いまする、が、魔術師を雇ってこの森から出るための道案内と護衛というのは釣り合いませぬ」
「そんな…」
ペポパはにこりと笑う。
「小生への報酬は、火と水でよいでありまする。だから、その依頼、受けたいと思いまする。しかし、雇うわないといけないのは小生ではなく、もう一人の魔術師でありまする」
魔術師を二人雇う?チャゴは一瞬言われている事が理解できなかった。
「小邪鬼退治に魔術師を二人も?」
思わず口にしてしまったチャゴのそれは、小邪鬼如きにという意味が含まれていたが、ペポパは笑って聞き流す。
「退治ではなく、殲滅でありまする。もっと言うなら、“出来るだけ速やかに暗い森に住み着いた小邪鬼の殲滅を依頼する”というのが文言でありましたな」
「え?住み着いたって…でも暗い森には、小邪鬼は、いないはず…」
「えぇ、いたとしても流れの小邪鬼だけでありまするからな。だから誰も受けなかったのであります」
「でもペポパさんは受けてますよね?あぁ、ペポパさん達は」
「小生たちは、…直接依頼者に頼まれたのでありまする」
「え?組合を通さずに?」
思わず聞き返してしまったが、チャゴにとって組合を通さないという事が衝撃的だった。
依頼は組合を通すのが基本。故にその職につきたい者は組合に入り、商会は属する、というのが常識だった。
ましてや魔術師を二人も雇う依頼が直で行われたという事実が、チャゴを酷く動揺させた。
「そうでありまする。前金も貰っていまする。この小邪鬼殲滅依頼自体は、いくつかの組合にも、依頼書自体は出回っていたようでありまするが…あぁ直接誰からとかは言えないでありまするよ、信用が第一の仕事柄でありまするから」
ゲゲと笑う。
「そうですか」
チャゴはペポパが断った理由が見えて押し黙った。
「それにどうにも、きな臭い依頼でありまする。もしかしたら、少年への恩を仇で返すことになるかも、でありまする」
ペポパは不意に森鼠の登って行った方向を見上げる。
その仕草にチャゴは嫌な感じがした。
──え?何か…
チャゴも同じ方向を見ると、一人の鼠人がその種族特有の身軽さで降りてくる。
ぢぅゅぅ。
見知らぬ鼠人に抱かれながら、森鼠は弱々しい声で鳴いている。
その姿は血の赤色で染まっていた。