十六話
火が爆ぜる音が細かく鳴っている。
「いやこれは申し訳ないであるまする。小生、なかなかに不便な体質でありましてな」
蛙人のペポパはゲゲゲと笑った。
「はぁ…」
チャゴは返事にもならない相槌を打つ。
仁義をきられた後、ペポパは人懐っこく火を貸してくれぬかと言ってきた。
構いませんよとチャゴが戸惑いながらも了承すると、種族という特有の大きな口で笑うと嬉しそうに火にあたり始める。
──あれ?そういえば蛙人って、火って苦手なんじゃ…
チャゴの膝の上が、ごそりと動いた。
ぢゅ。
森鼠が大きく伸びをしてチャゴから離れていく。
──何処へ?
振り返り「飯だ」と一鳴きすると、岩壁を登っていった。
チャゴがそれを見送っている傍ら、ペポパは四本しかない指で、背囊から干し肉を取り出して焚火で炙り始める。
チャゴと森鼠のやりとりを横目に見ながら、ペポパは一人納得していた。
「小生、これでも魔術師の端くれでりまする」
「…え?魔術師って…」
チャゴはあっさりと言われたことに驚く。
てっきり魔術師というは、洞窟の奥や古城、古屋敷の秘密の部屋で実験を行うような輩を想像していた。
そんな顔を見ながらペポパは、丁度程よく炙ったものをチャゴに渡す。
「そう、同輩でありまするよ、少年」
「同輩…?…いやいや、お、ぼ、…わたしはただの商人の見習いで、魔術なんて滅相もない」
「ん?しかし、先ほどの大鼠と魔術回線が繋がっていまする。あれは少年の従魔でありまする?」
「従魔?…とんでもない」
「ほぅ、そうでありまするか」
一瞬ペポパは目を細めて、森鼠の行った方向を見る。
気づかずにチャゴは首を傾けた。
「ペポパさんは、あの、その火にあたっても大丈夫なんですか?」
チャゴの知り合いの蛙人は火を使うのを酷く嫌がっていたのを思い出していた。
「あぁ、蛙人は火を嫌っているのではありませぬ、熱が苦手なのでありまするよ。小生の場合は、水の民蛙人でありながら、“火守女”さまの加護を、“強く”いただいてしまって…熱とかには少々強いでありまする。色々あって種族、まぁ一族からはみ出し者になってしまったでありまする、が…」
自分の過去を愉快そうに笑うペポパにチャゴは親近感を覚えた。受け取った干し肉にかぶりつく。
口の中に肉の甘みが広がった。
──旨い。腹がヘっていたから、さらに旨い
ゆっくりと噛む。噛むと味がさらに口の中に広がっていく。
ペポパはその様子に満足しながら、口を開いた。
「加護のおかげか、独学で魔術を運良く数えるほど覚えたでありまするよ。まぁ覚える度に…廃人か狂人になりかけたこともありまするが」
ふざけて狂人廃人という単語を小声で言う。
「幾つかの組合から厄介ごと専門の流れの請負人になっているでありまするよ。今日もちぃっとばっかし、“火”を使いすぎて、体調不良を起こしていたのでありまする」
ペポパも炙った干し肉を食しながら、自分の失敗をゲゲゲと笑う。
「小生、“火”の…魔術が…、得意で、ありまする。が、…体質的に…、というか、本質的に、…まぁ、熱さに…弱いので…ありまする」
ペポパは喉が乾いていたのを忘れて放していたのだろう、水筒を飲もうとして、背嚢から水筒を取り出した。
水筒を手に取って水の気配がないと思い出して、眼に焦点を失う。
「ないでありまする、水が、ないでありまする」
ゲコ。
先祖返りのような声をだしたペポパは、あからさまに打ちひしがれていた。
「ペポパさん?あの…、水いりますか?」
チャゴは水妖馬の水筒を差し出すと、ペポパは感謝して作法通り口を離して飲む。
「コレはよい水筒でありまするな。いやはや小生、水がないと生きていけないでありますよ。…火にあたれて水まで貰える、これも加護のお導きでありまするな」
表情をころころとかわるペポパに、チャゴはいつもの愛想笑いをしてしまう。
「あの、ペポパさん。恩着せがましいですが、お願いがあります」
「なんでありまする?火と水のご恩にお応えできるといいですが」
「この森から一刻もはやく出たいのです。護衛と道案内をお願いできますか?」
懇願したチャゴだったが、ペポパの雰囲気が変わる。
「ふむむ。申し訳ないですが、それはできませぬ」
ペポパは困ったように謝る。
焚き火はゆらゆらと二人を照らしていた。