十話
ぢゅ。
ぢゅうぅ?
チャゴが目を覚ますと焚き火の爆ぜる音とその明るさは小さくなっていた。
──あぁ、薪をくべないと…
ぼんやりとした頭で立ちあがる。足に何かが当たって、「あぁもう薪は横に用意してたんだっけ」、と思い気がついた。
ぢゅぢゅ。
森鼠と呼ばれる魔獣が、チャゴの足にまとわりついて甘えている仕草をみせている。
ぢゅぅ。
「は?」
魔獣だ!とチャゴは反射的に飛び避けようとして、すっころぶ。
衝撃で空気が肺から抜ける。
渇いた喉は呼吸をする度に空気が抜ける音がした。
──か、体が、思うように、動かないぞ…これは…死んだな…
半日も飲まず喰わずで走り回り、穴を掘り、荷やら何やらを運んだのだ、疲れていないはずはない。
チャゴはこのまま森鼠に喰われて死ぬのだと覚悟した。
諦めたチャゴは静かに眼を閉じる。
しかし、いくらまっても痛みもなければ、仲間の魔獣をよぶ様子もない。
森鼠は、「やれやれ」といった風で倒れるチャゴの頭の上に乗った。
──そういえば森鼠って、死骸を喰らうって聞いたけど…
尻尾をペシペシと頭にぶつけて、「早く起きろ」と催促しているようだ。どうやら、襲う気はないらしい。
チャゴが何とか起きあがって薪をくべると、森鼠は頭から降りてチャゴの足に再びまとわりついてくる。
咳払いを一つ。
「なに?なんだよ。噛むな、裾を噛むな。破れるだろ。それは食い物じゃない。一張羅なんだぞ」
森鼠はチャゴの下衣の裾を噛むと勢いよく頭をふる。
ぢゅ。
じゃれついているのか、チャゴが手でどけようとするとその手にじゃれついて楽しそうにしている。
ぢゅぢゅ。
チャゴが追い払おうとしても森鼠は、少し離れるとまた戻ってきて、チャゴにまとわりついてきた。
「なんだよおまえ」
ぢゅぅ。
チャゴの問いに森鼠はふてぶてしく鳴く。
「日が上る前にどっかいけよ。小邪鬼討伐の傭兵団か救援隊…がくる…はず。ここでうろうろしてたら、ついでに討伐されるぞ」
ぢゅぅ。
森鼠は世間話に相づちをうつか如くにひと鳴きすると、片づけた荷物の方に向かっていく。
「そっちにはお前の食い物なんてないぞぉ。まったく。…あ!遺体か!」
森鼠は森の掃除屋と言われているのは、死肉を喰らい骨すら食すからだ。
思わず鞘付き小刀に手をかける。
──殺れるのか…?振り回せば逃げてくれるか…
チャゴは思った以上に体が動かない自分に鞭をうちゆっくりと近づく。
心配しながら三人を埋葬した方を確認すると掘り返された跡はなかった。
──驚かすなよ、まったく…。変な森鼠だな
ぢゅ。ガタン。
荷が崩れる音が森に響く。
チャゴが驚いて振り返ると、肝心の森鼠が荷の中から革袋を器用に咥えて現れた。
チャゴには、その革袋をみてギョッとする。
「それは食えないぞ、革だし加工してるし。とにかく…静かにおろせ」
ぢゅぢゅ。
森鼠が鳴きながら一歩さがると、チャゴの中で厭な予感が広がっていく。
「腹が減ってるのか?何か欲しいものがあるのか?…、だから動くなよ」
両手の手のひらを森鼠にみせながら、チャゴはゆっくりと近づこうとする。
しかしチャゴが近づく度に森鼠が後ずさる。
──よりによって、一番高値の水筒袋とか、嫌がらせか!
チャゴは動けなくなった。
睨めっこが続くと思われたが、森鼠が森の中へ一目散に走り出した。
「待て!」
チャゴの言葉に森鼠は止まらない。
──アレをなくしたら大損だ
少し休めたとはいえ体は怠かった。しかし、追わずにはいられない。
それは見習い、丁稚とはいえ、モノを仕入れて売りさばくという商人としての本能なのかもしれない。
チャゴは暗い森の中へ飛び込んでいった。