一話
とある世界。大陸の一角を有するとある国の、とある森。
ゼレフ侯爵領、領都『豆と胡椒』と商業都市『鴛鴦と小麦』の間に横たわる森は、“暗い森”と呼ばれ、行き来する者や商人たちにとって厄介な場所だった。
森には魔物魔獣の類は少なかったが、目印になるような巨木もあり鬱蒼として年中暗かった。
「は?え?嘘だろ」
チャゴは声にださずには、いられなかった。
なぜなら走り去っていく馬車の小さな姿に絶望感に襲われていたからだ。
“暗い森”と名付けられている森の中、それはすぐに見えなくなっていく。
──まだ残ってるぞ!
そう大声を出しながら走って追いかけたかった。
が、走り出そうとするチャゴの目の前に飛び込んでくるのは、半死半生の小邪鬼たち。
加えて、馬車の中から飛び出したのであろう、商品、物資の樽や木箱。
そして、小邪鬼に殺されたのか、それとも馬車から投げ出された時なのか分からないが、遺体。
微かに足は震えている。
辺りは血の海だ。
手を握りしめ、チャゴは息をのんだ。
喉が渇いていることを思い出す。
小邪鬼たちに襲撃され、森の中を半刻ほど逃げ回っていたのだ。
思い出したチャゴは慌てて後ろを振り向いた。
何もいない。
──あの隠れていた場所から此処まで何もみていない
自分がこの森の奥から来たのだと思うとゾッとするほど、森の中はうっすらと暗い。
日はまだ高いにも関わらず、だ。
森特有の湿度が、ジメリとして今は不快に感じた。
チャゴの目の前にいるのは、小邪鬼。虫の息の幾匹が、ぎぃぎぃ、と唸っている。
そんな光景にチャゴは、恐怖と焦りと絶望感で発狂しそうになっていた。
血の海の一匹がチャゴを見つけると立ち上がろうとして、滑ってこけている。まだ人に対して殺意は薄れていないようだった。
濡れた灰色の髪と緑色の肌の小鬼が、欠損した細い手足で這いずりながらチャゴへと向かってきている。
散らばっている彼らの手作りであろう粗末な武器。
チャゴが置かれた状況は、このままだとまずいと認識させられるには十分だった。
心臓の鼓動が早くなっていく。
どうすればいい?と、頭の中で自分に問いかける。
答えは、出ない。
ただし、チャゴ十三歳、最大の危機であることに間違いはなかった。