世界樹の話
一面の荒野。
それが今俺が見ている光景を表すのに適当な言葉ではないだろうか。
目の届く範囲には何も無く、草の一本すら生えていない。齢三十を目前にしてどうして自分はこんな所にいるのだろう。
「はぁ…」
自分の考えていることに思わず溜息を漏らす。どうしてなんて考えても意味のないことじゃないか。なんと言っても、この荒野はついさっき自分の手で作り出したものなのだから。
しかしまぁ、俺がこんな荒野を作り出してしまったのにはそれなりに理由というものが、一応とはいえ、ある。
一番の理由は「やりすぎた」ということだけど、そもそもこんなことになったのは隣国の馬鹿どものせいだ。
魔獣を手懐けてこっちに攻め込もうとなんかしなければ、わざわざ俺に「殲滅してこい」だなんて命令も来ることはなかったというのに。悠々自適な旅の途上、祖国からの呼び出しを受けたせいで楽しみにしていた諸々の予定を切り上げなければならなかったのがとても痛い。そのイライラをぶつけるという意味では良かったが、かなりやりすぎてしまった感は否めない。気分的にはプラスマイナスで言うとマイナスだ。
なんともまあ虚しさ迸る出勤なのではないだろうか。若くして魔法を極めた大魔導士、などと持て囃されてはいたが実態はこんなものだ。魔法で敵国の兵士を消し飛ばしたところで旅を邪魔された不快感程度のものが晴れないのだから、面倒な仕事この上ない。
「もう、辞めようかなぁ」
何を?もちろん仕事を。まあ国の防衛力の大半を俺が担っている以上祖国は俺の存在を手放しはしないだろうから、「辞めます!」と宣言したところであれこれと言いくるめられて結局辞められないみたいなことになりそうだけど。
「リッチーにでもなってみるか?」
リッチーというのは強力な魔法使いが死霊魔法で変身したアンデッド系のモンスターだ。自然発生することもあるらしいけどそれは今は置いておこう。
俺がリッチーになるのはかなりメリットがある。俺は魔法契約で戦争の時には祖国の防衛をしなければならないということになっており、破れば死あるのみという中々の面倒くささなわけだが、リッチーになるには一度死ななければならないので、この魔法契約から上手いこと逃げられるということだ。
しかし…うまい話には落とし穴があるように、この方法にもデメリットがある。それもかなり大きいデメリットだ。
リッチーはアンデッド系のモンスターなので、聖属性に極端に弱い。そして俺は、自分で言うのもなんだが、かなり強い魔法使いだ。世界でも上から何番目で数えられるくらいには強いと思う。しかし、リッチーになるにあたってはこの強さが良くない。というのも、強すぎるアンデッドは人族の手に負えなくなったあたりで神族に目をつけられてしまうのだ。
リッチーになった瞬間神族によって浄化されてしまう。そんな未来がありありと見える。俺も死にたいわけではないのでリッチーになるのは却下だ。
「となると…うーん、どうなるかは分からんがこの前完成させた魔法ならなんとかなるかなぁ」
俺がこの前完成させた魔法。あえて名前をつけるとしたら次元魔法といったところか。時空平面上に高さの理を発生させることで世界を立体で捉える魔法だ。この魔法を上手く使えば、時空間に自分の魂を置いて魔法契約の制約が届かないということも出来そうだ。
もし失敗することがあっても解除してしまえば何の問題もないだろ。
「よし、そうと決まればさっさとやってしまおう!」
こういう時は思い切りが肝心だ。問題がないのならちゃちゃっとやって次を目指せばいい。
次元魔法はまだ使い慣れていないので魔法陣を書かなければ発動しないのが少々面倒だ。
「…ほいほい、ほいっと!」
半刻ほどかけてようやく魔法陣が描き上がった。あとは魔法陣の中心に立って魔力を注ぐだけだ。前回と違って対象が自分だから範囲指定の記述を抜けて楽だったな。
ぐぐぐっと押し出すように力を込めて魔力を注いでいく。すると魔法陣が光り、浮き上がってくる。魔法陣が全身を包み込んだ時、フワッとした浮遊感が魂に伝わってきた。そのまま体を動かすべく力を込める。
(んー、ピクリともしないな。失敗か)
次元魔法を解除すべく力を込めようとしてハッとした。気づいた、気づいてしまった。体を動かせないということは魔法陣を消すこともできない!
(ぬおおおおお!!致命的だ!最悪の失敗だ!俺、一生このままじゃないか!?)
あまりにもあんまりな事態に頭を抱えようとして抱える頭も腕もないことに絶望した。
しかしまぁ、なんというか、予想だにしない失敗だったわけだが…。魔力も出ないし…。これからどうしようかなぁ…。
(時空間の縦軸と横軸を無限にしていたので世界中どこまでも見に行けるのが不幸中の幸いなのか、な…?)
そう言えば高さってどうしてたっけ?そう考えた俺は魔法陣を見てみる。
(どれどれ…よし、縦軸と横軸は無限になってる。高さは…無限か…うーん、次元立体の中で高さってどこまであるんだろう。ノリで無限にしたからなぁ)
思い立ったが吉日。さっきの失敗のことも忘れて俺は思いっきり上に移動した。すると…
(うわ!ここなに!?)
突然暗闇に襲われたと思ったら見たこともないものがたくさんある場所に出た。
(なんだろあれ…乗り物かな?へー、馬車とかじゃないんだな。どうやって動いてんだろ)
人が乗って移動してる乗り物らしきものがかなりの速さで行き来している。調べたいけど魔力も動かないから無理だな。
(なんか、別の世界に来たみたいだ)
ちょっとした感動に魂が震えていると、ここの男性らしき人族が俺の方に近づいてくる。
ちょっと聞いてみるかな…。
(おーい!ここってどこですかー!)
我ながら馬鹿みたいな質問の仕方だけど、こうとしか言えない状況だから仕方ない。
しかし全然聞こえてないみたいだ。はぁ…話しができないのは地味に辛いな…。
そんなことを考えている間にも人族らしき男性はどんどん近づいてくる。俺にぶつかるくらいに彼が近くに来たとき、フッと彼がいなくなった。
(はぁぁぁあ!?消えた!?なんで!?まるで落とし穴に落ちたみたいに…ちょっと確認してみるか)
そう思った俺は俺の体が倒れてるところまで一気に移動した。するとやはり、想像してた通りのこととはいえ衝撃的なことが俺の目に飛び込んできた。まあ目はないんだけど、感覚として。
俺の体のそばに先程の男性が目を丸くしてキョロキョロとしていた。これは…。高さを無限に設定した弊害として次元の落とし穴みたいになってるな…。
彼には申し訳ないが、事実の確認が出来たのは嬉しい誤算だ。しかしなぁ、分かったところでどうしようもないな。なるべく人を避けるように動かないといけない危険ということは理解した。何も被害者を乱造したいわけじゃないしな。
でもまぁ、この立場自体は悪くないな、意外と。なんてったって無限×無限×無限という可能性を見れるわけだからな。世界旅行なんかよりずっと楽しいと思う。
よし、実験は人のいないとこで!被害者を出さない程度に旅行を楽しむ!決定!
そう考えた次の瞬間、上から人が落ちてきた。
(痛てぇ!いや、痛くない。でもなんか圧力感じるな…)
視点を上に向けてみると人族の女性が俺の上に乗っていた。
「え?あ、ご、ごめんなさい!」
(ん?もしかして会話できてるこれ?)
「え、あ、はい!…すみません、これどういう状況なんでしょう…?」
すみません、ぼくにもよくわかりません。しかし、驚いたな。魂に質量があるとは聞いたことあるけど、こうやって接触状態なら会話もできるってことか。なるほどなるほど。
(僕にもよくわかんないですねー)
とりあえずこう言っとこう。やってしまったのは自分だけど、状況がよくわかってないのはほんとだし。
「そうなんですか…あっ」
ズルッという感覚があったときにはもう遅かった。彼女はそのままさっきの男性と同じように俺の体のあるところに落ちた。
少し残念だが多少でも会話できるがわかってより世界が広がった気がするな。
会話ができて嬉しい反面、嬉しくない事実も判明してしまったな。それは俺がいなくても道が繋がっているなら落ちてきてしまうということ。新しいとこに出たらなるべく直ぐに移動しないとだな。
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あれから何度か新しい場所へ出た。最終的にどこまで行っても暗闇しかない場所に辿り着いた。下の方も同じような場所で終わっていた。少し違うのは、下の方はなんかゴロゴロと残骸のようなものが転がっていたことだ。
というわけで、ある程度わかったことを挙げていこうと思う。
まず、想像していたことだけど、少しの間暗闇を移動した後に到達する場所は異世界だということ。このことからそれぞれの世界で層構造になっているということが分かった。全部で32層あったけど、下の暗闇のことを考えると今まで崩壊した世界もあったのかもしれない。
次に、世界の果てにはぐるりと囲うように柱のようなものが建っているのを見つけた。もしかしたらこれが世界をそれぞれ支えているのかもしれない。最下層で見つけた残骸はこの柱なんだろうな、きっと。仮称として礎とでも呼ぼうかね。
他には…ああそうだ。あの後も何度か人が落ちてきたけど、移動出来るのは一層分だけだった。二度目の落下も、連続的な二層落下も起きなかった。あと、どうにもどの世界にもこうして別世界に突然移動するみたいなことが起こっていたらしい。基本的には「神隠し」って呼ばれてたけど、下層世界から中層世界までは「世界樹の落とし穴」ってのもあったみたい。落とし穴ってのが俺と同じ感じがしていいね。これからは誰かと問われたら世界樹とでも名乗ろうか。世界全てを貫いて生えてるという感覚は否めないわけだし。
最後にひとつだけ、世界創造の裏側が窺えるというか、不思議なのは、下の世界ほど魔力とか運とかそういうのが強く作用しているみたいだ。上の方に行けばどこにでも共通してる物理法則の方が強くなって、他の要素がどんどん削がれていっている感じがした。
ちなみに俺が元いた世界は最下層を0階層としたら12階層くらいだったよ。1階層は神話の世界かってくらいに物理法則がぐちゃぐちゃだったのが印象的だったな。
せっかくこの状態を楽しめるようになってきたわけだし、俺の身体がある世界が崩壊するような事態はなるべく避けたいな。
この時にはもう俺の中には被害者をどうこうという意識はほとんどなかった。起こってしまったものは仕方ないし、被害者を元の世界に戻すこともできなかったからな。諦めてこの状態を楽しむようになっていた。
まあ、元から似たようなことはあったみたいだし何も変わらないだろうという意識もあったのだ。
どんどん変質していく自分に気づかないまま、俺はその機能を果たすことになるのだった。