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悪役令嬢の執事に転生  作者: junk
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第1話

「オーホッホッホッホッ――今のはどうだったかしら?」

「めっちゃ悪役でした」

「ええ!?」


 目の前で口に手の甲を当てて高笑いする、どう見ても悪役のお嬢様。

 十三歳の女の子にしては高い身長で、一六〇センチを超えているだろうか。それに比例するように胸もお尻も大きく、その部分だけ服がパツパツだ。少女としての可愛らしさより、大人の色香が強い。実際、社交界に出ると中年からはゴクリと生唾を飲み込まれる。

 スラリと伸びた脚や腕はモデル顔負けのプロポーションを誇っていて、まるで彫刻品みたいだ。

 大型のネコ科動物を彷彿とさせる紅い眼はつり上がっていて、勝気な顔によく似合っている。

 ドリルのように巻かれた髪はこれでもかとボリュームがある。本人曰く「チャームポイント」らしいが、それも悪役っぽさを演出してる要因のひとつだ。


 彼女の名前はウルスラ・テレーズ・リンガーハット。

 俺が支えているお嬢様である。

 そして、所謂“負けヒロイン”である。


 産まれたときから、俺には前世の記憶があった。

 ただしそれは七歳の時まではなんの役にも立たず「剣と魔法の世界なんて本当にあるんだなあ」と思うだけだった。

 しかしお嬢様に拾われたことをきっかけに、この世界に対する認識が変わってきた。

 最初は貴族社会のマナーや仕来りに戸惑いながらも、頑張って生活していたのだが、ある時「あれ、なんか見たことあんな」と違和感を覚えたのが始まりだ。


 そこから先は早かった。


 ここは、前世にあったゲームの世界だったのだ。

 内容的には、乙女ゲームの部類に入る。ただし剣や魔法の要素も強く、男女問わず人気があり、アニメはもちろん実写化もした人気作だ。

 俺も最初は興味なかったのだが、ドラマを観ているうちにハマってしまい、ゲームまで買ってしまった。


 ストーリーはこんな感じである。

 主人公は平民だ。

 しかし飛び抜けた才能があり、爵位を与えられ、貴族社会にデビューする。

 彼女はすごい。

 少し歩けば、生意気だがその分しっかりと努力してる上に才能もある孤高の第1王子に「おまえ面白いやつだな」と気に入られ、角を歩けば誰もお近づきになれない神聖な雰囲気を持つ隣国の王子にぶつかり「お怪我はありませんか姫。ところでお詫びにお茶でも?」と誘われ、中庭で本を読めば「あなたもこの本がお好きなんですか?」と病弱で儚げな第2王子に声をかけられる。


 そして恋に落ちる。

 秒速で仲良くなる。

 というか相手が勝手に好きになる。

 そして取り合いが始まる。


 この手のゲームは「正しい選択肢を選んでトゥルー・エンドに向かう」という形式が多いが、このゲームは少し違う。

 何もしなくても超絶モテる。

 選択肢も出るが、それは攻略用というより、「今日は誰とデートに行くか決めよう!」くらいのもんだ。

 その手軽さが、人気の秘訣なんだとか。

 もちろんそれでも飽きない、濃厚なノベル・ボリュームがあってのものなんだろうが。


 そしてこのゲームには、悪役令嬢が負けヒロインとして出て来る。

 しかしさっきも言った通り、このゲームは攻略をする必要がない。悪役令嬢も対して恋の障害にはならないのだ。

 では、このゲームにおける悪役令嬢の役割とはなにか……?

 ギャグと、ザマァ要素である。


 主人公が噴水広場で水滴る王子と楽しそうに笑う後ろで、ハンカチを噛むとか。

 初めてのダンス・パーティーで「平民のあなたごときが踊れるのかしらあ? 自分の脚を踏まないよう、お気をつけあそばせ。オーホッホッホッ!」と高笑いしておきながらすっ転び、その横で初めてながら超絶的なダンスを主人公が披露するとか。


 とにかく喧嘩をふっかけてはギャグ的に負け、更には主人公との差を分からされる。

 そして各キャラのエンディングでは、お決まりのように最後の社交会に乱入し、負け、「本当は分かっていたの……」と急にしおらしくなり、主人公の温情で許され、永遠の忠誠を主人公に誓うのである。


 そんな悪役令嬢が、何を隠そう俺が仕えるウルスラお嬢様なのだ。

 最初はどうでもいい……と言ったら言い過ぎだが、悪役令嬢でも仕方ないと思っていた。しかし仕えている間に「あれ? この人仕草とか言い方が悪役なだけで実は悪い人じゃなくね?」と気がつき、段々と情が湧いてきてしまった。

 そこで俺は、お嬢様にお仕えする者として、お嬢様を「勝ちヒロイン」にしようと思ったのである。

 実際、お嬢様は見た目は悪くないし、主人公よりも先に王子たちと会える。このアドバンテージを生かしきれば、勝てると思ったのだ。


 現実は残酷である。

 お嬢様は何度やっても悪役令嬢にしか見えなかった。


「何度言ったらわかるんですか。もっとお上品に笑って下さい」

「上品じゃない。ほら、オーホッホッホッホッ!」

「背筋をそらして高笑いしないで下さい。もうわざとでしょう」

「むう。じゃあ、どうすればいいのよ」

「そうですね。扇子で口元を隠しながら、目尻を下げて、声を出さずに笑って下さい」

「そうすればいいのね。分かったわ」


 お嬢様は言った通りに笑った。

 じゃ、邪悪だ……。

 目尻が下がったお嬢様は、人を馬鹿にしてると言うか、人を虫ケラか何かだと思ってそうな顔をしてる。


「うん。これはやめましょう。策略系っぽい感じになっちゃいました」

「きいー! なによそれ!」

「きいー! って言わない。かなり負けヒロインが言いそうなセリフですよ」

「ま、負け!? わたくしは負けたりなんてしないわ。わたくしはリンガーハット家の令嬢ですのよ!」

「家のことをすぐに出すのも控えて下さい。それも兆候ですからね」

「それは出来ません! リンガーハット家はわたくしの誇りなのですから」

「おっ、それはいい感じです。お家のことを大切になさるのは、基本的にポイント高いです」

「家族を大切にするのは当然じゃなくて? それよりチャールズ、そろそろわたくしは疲れたわ。あなたが言うからこのヘンテコな特訓にも付き合ってますが……」

「ヘンテコなんてとんでもない! お嬢様、この特訓は将来役に立ちます。もしお嬢様の高笑いが治らなかったら……」

「治らなかったら?」

「平民の女の子に男を奪われた挙句、永遠の忠誠を誓うことになります」

「高笑いで!?」

「しかも旦那様にも見放され、俺も去ります」

「えっ、お父様!? あなたまで!!!? わたくしを見捨てる気!?」

「俺はお嬢様を見捨てませんよ」


 俺は安心させるようににこりとお嬢様に微笑んだ。


「去ると言ったのは、この世からです」

「死ぬの!? あなた死ぬの!? わたくしの高笑いはなにを起こすのよ!」


 ルートによってはお嬢様は主人公に決闘を挑み、執事である俺が代理として戦い、主人公の代理である王子に斬られて俺は死ぬ。

 断末魔である「ギョエー! お嬢様に幸あれーー!」はあまりにも有名である。

 ネット流行語大賞も取ったくらいだ。声優の迫真の演技が光ったよね。

 ちなみにお嬢様はこの後すぐに改心して主人公に忠誠を誓い、俺のことをすっかり忘れる。


「それは、言えません」

「ここまで来て!? ねえ、チャールズ。教えて。教えなさい!」

「お嬢様!!!!」

「ひゃ、ひゃい!」

「本日のご夕食は、魚と肉、どちらにいたしますか?」

「今ぁ!? それ今聞くの? 今日はお肉にするけども……」


 ふぅ。

 なんとか自然に誤魔化せたな。

 お嬢様はお馬鹿であらせられるから、大抵のことは勢いでなんとかなる。


 ともかくこうしてお嬢様を教育していかねば。

 目指すは、悪役令嬢脱却だ。

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