new賽の河原
舟の上に一人の男と鬼がいた。男の方は眠っており、鬼は舟の後ろに立って櫂を持ちそれをゆっくりゆっくりと漕いでいた。そして、しばらくすると男が目を覚ました。男は起きると辺りを見渡し自分が置かれている状況を理解しようと努めた。そして、後ろを振り向くと鬼と目が合った。男は驚いて
「お、鬼」
と怯えた声で言った。鬼は童話に出てくるような虎柄の履物に金棒を持ち牙があるといった感じではなく、肌は赤い人間に角が生えて上は白シャツにネクタイ、下は黒いズボンを履いてまるで現代のサラリーマンのスーツの様だった。スーツの鬼は舟を漕ぎながら
「あら、おはようございます。にしてもずいぶんと寝ておりましたね、このまま三途の川を渡り切ってしまうかと思いましたよ」
鬼は笑って言った。男は状況がつかめずもう一度辺りを見回す、自分は舟の上にいて周りは深い霧がかかっており鬼が後ろで舟を漕ぐ。
「そうか、俺は死んでしまったのか」
「そうでございます、お疲れさまでした。えーとスズキタロウ様で間違いございませんでしょうか?」
「ああ、間違いない」
鬼はポケットから黒い手帳を取り出し、眼鏡をかけペラペラとページを捲りながら言った。
「えー、スズキタロウ様。ご職業は大工、趣味は麻雀、ご家族の方は妻が一人に子供がに二人、ペットに犬を飼っていた。死亡原因は風呂場で転んで脳挫傷によるもの、享年は54歳。いや、若いですね。私が運んでいった中ではかなり若いですよ」
「ちょっと待って、妻が一人っていうのは他の人はもっといるの?」
「ええ、大体半分くらいは二人以上いらっしゃいます。ああ、再婚なども含まれますので。逆に0人の方も最近多いですね。もちろん、不倫された人数も含まれますよ。私たち地獄管理事務局は有能ですから人間界ではばれなかった事もここではきちんと裁かれます」
鬼は自慢げにそう言った。しゃべりに夢中なったのか櫂からは手を放し、眼鏡をふちを少し持ち上げ位置を調整した。
「今さらなんだけど俺は地獄行きなの?」
「そう今問題なのはそこでございまして」
「どういう事?」
「基本的に無宗教の人間は地獄に送る決まりなのでございます。しかし、最近はあまりにも数が多すぎて地獄の許容人数も大きく超えているのです。そういう訳で今ここでゆっくりと舟を漕いで地獄の空きが出るまで待っているのでございます」
鬼は困った顔をして言った。つまり地獄には空きがないと入れない、うまくすれば地獄に行かなくても済むかもしれないと男は考えた。
「なるほど。でも、人数が多いのなら地獄へではなく天国の方へ送ってはくれませんか?確かに私は無宗教ですが今まで地獄に落とされるようなことは何もしていません」
「スズキ様それは無理でございます、天国は神を信じていない人間は入ることが許されません。それにあそこはあなたが思っているほど良い所では無いかもしれません」
「と、言うと?」
「あそこは転生の待合室のようなものです。そうですね、人間は死ぬとすべて転生されますもちろん地獄もです。しかし、違いがあるとすれば天国は罰を受けずに転生しますが、地獄は罰を受けてから転生します。だからこそ、地獄の方が転生にも時間が掛かるのですが…」
「時間が掛かる?」
「まず地獄では罪の重さを諮り、その後それぞれの罪よって罰の種類や時間が執行されます。例えば、先ほど出てきた針山や釜茹などを何百年といった具合ですね。それが終わってやっと転生しますが天国は違います、転生できる魂をそのまま現世に送るだけ。そして、天国にいる時間はわずかですが地獄にいる時間は膨大になるという訳です。その為今のような渋滞が起こるのです」
「なるほどそんな事が起こっているのか」
「さようでございます」
鬼は懇切丁寧に教えてくれた。死ぬ前は天国に行けば楽にそして幸せになれると思っていたが罰がないだけなんて。
「ただ、このまま舟の上でずっと待たされるのは嫌だな。それに待ったとしても地獄で罰を受けるだけなんて。ちなみにあとどれくらいかかるの?」
「そうですね。いつも道理ですとあと500年ほど待っていただければ」
「500年!?」
生きた時間の約10倍を要求された、流石にこれは長すぎる。鬼は困った顔をして「すみません」と頭を下げた。ふむ、どうしたものか。そんな事を考えながら舟の端を触っていると亀裂が入っているに気が付いた。今すぐ直さなければいけないほどではないが500年も乗っていたら沈んでしまうかもしれない。
「この船亀裂が入っているんだがどこかで直すことはできないか?このまま500年も乗っていたら沈んでしまうよ」
「そうですね。それでしたら賽の河原に止めてそこを管理している鬼たちに材木を集めてもらいましょうか」
鬼はそう言うと櫂を手に取りゆっくりと動かし始めた。しばらくすると霧が晴れ石がごろごろ転がっている浜辺へ着いた。鬼が舟から先に下りると俺に手を差し出し俺を下した。周りを見るとそこには誰もいなかった。鬼はポケットから小さな角笛を取り出し軽くふいた、ピーと音が鳴るとすぐに鬼が走ってこちらの方に来た。ちなみにこちらに走ってきた鬼は童話に出てくるような虎柄の履物に赤い肌にそして角が生えていた。なるほど、こうやって階級をつけているのかもしれないなと男は思った。走ってきた鬼はこちらに来ると片膝をつき頭を下げて
「何か御用でしょうか」
と言った。今まで一緒にいたスーツを着ている方の鬼は困った顔をして
「そんなに低姿勢にならないでください。同じ鬼じゃないですか」
「いえ、こういう事はしっかりしなければなりません」
「うーん、そうですね。では木材を運んで来てください、舟に亀裂が入っていて沈んでしまうかもしれないので修理をしたいのです」
「かしこまりました」
そういうと鬼はまたどこかに走っていった。鬼が去ったあと俺はスーツを着ている方に
「やっぱり人間も鬼もかわらないな」
「そんな物です。組織に属していれば」
それから少しして鬼が木材を持って戻ってきた、鬼は木材を舟の近くに置くと修理を始めた。カンカンと木に釘を打ち付けるが金づちが鬼の大きな手を3回に1回は叩いてしまう、そこで男は見かねて
「ちょっと貸してみな」
と鬼の金づちをひょいと取ると舟を修理し始めた、カンカンと舟を修理していく。鬼の方は木材を鋸で程よい大きさに揃え男に渡していく。そして、十分後には舟は完璧に直っていた。
「いや、いい仕事ができた」
「有難うございます」
「いや、素晴らしいです。こんなにも簡単に直ってしまうとは驚きです」
「そういや、他に大工はいないのか?」
「いえ、いない事は無いのですがみんな地獄のほうに取られてしまいまして賽の河原にはこういう事をできる者はまずおりません」
「なるほど。よかったら俺が舟を直そうか?まだ時間もたんまりあるし、他にもボロボロになって壊れそうな舟はたくさんあるだろうからな」
鬼たちはそれを聞くと「お願いします」と声をそろえて言った。それからは男にとっては楽しいものだった。沢山の舟が男のもとに運ばれてくる、それを直すの繰り返し。そして、死んだ者たちも舟に乗って賽の河原に運ばれてきた。地獄が空くまでの一時的な処置とスーツの鬼は言っていたがそんなんじゃ収まり切れないほどに多くの人がここに集まってきた。初めはみな男に習って舟の修理したりしていたが次第に家や家具、それに玩具や日用品まで作り始めていた。賽の河原で石を積んでいた子供達も集まって来りそれを監視していた鬼たちも面白がって、気がついたら色々なものを作っていた。
そして、100年ほど過ぎるとそこは河原ではなく、町の様なっていた。地獄の鬼たちも度々遊びに来るようなほどほどに大きなものだ。だが、こうなると神様も黙ってはいない。本来地獄というのは罰を受ける場所である、決して楽しい場所であってはならないからだ。天国にいる神は天使を呼びつけてこう言った。
「天使よ、ちょっと賽の河原の様子がおかしいそうじゃないか。様子を見に行ってこい」
「はは。かしこまりました」
天使は賽の河原にすぐに飛んで行った。賽の河原に着くと天使はあまりの華やかさと賑わいに驚き言葉を失った。何故なら天国よりも人間の幸せな感情が感じ取れたからだ、ついでに鬼も。そして、陽気な鬼が天使を見つけるとこう言った。
「あれ、天使さんじゃないですか。監察ですか」
「そうです。しかし、このばか騒ぎは何です。ここは天国ではなく地獄ですよ、こんな事あってはいけません。今すぐにここにある物を壊し撤去なさい」
「まぁまぁ、とりあえずこれでも飲んで落ち着いてください」
と鬼は持っていた酒を天使に無理やり飲ませた。天使は酒を飲んだことが無かった為、なんだこのフワフワと浮かぶような気持にさせる飲み物はと思った。そして、天使はそれをきっかけに町の人間たちと鬼と3日3晩遊んだ。そして、このことを報告すべく天国に帰って行った。
「神様、ただいま戻りました」
「ああ、どうだった?賽の河原は」
「とても素晴らしかったです。あそこは天国よりも天国です」
と興奮しながら言った。