機械少女フウ
晩になっても正直、色々と落ち着かない。
食事を片付けると、勝虎がもうすでにフウにベッタリだ。かなり複雑な心境になってきた。
誰か私の苦労を考えてくれる奴はいないのだろうか?などと考えてくる。
ガラさんはガラさんで、フウの右手のパーツを考えるとか張り切るし、門下生達もなんだか落ち着かない。つい先ほどの事だ。
「フウおねーちゃん!一緒にお風呂入ろ!」
「はい?お風呂ですか?」
「ダメ!!」
思わず反射で反応してしまったが、勝虎を見ると不思議そうな顔をして首を傾げている。
「どーしてダメなの?」
「いや、それは…………。あ、あぁ!そう!フウは機械だから水は良くないかな!って………」
「現状装備の耐水性を確認してあります。99パーセント。意味はあまりありませんが、別段ダメではありませんよ?」
「なっ!?」
「ホント!?やったぁ!」
飛んで喜ぶ勝虎。ぴょんぴょん、ぴょんぴょん飛び跳ねて、あんなに嬉しそうに…………。
あぁ、昨日までは「おねーちゃん、お風呂入ろ」は私に言う台詞だったのに。
と言うわけで、今はなんとなく気になり風呂の入り口にこっそり張っている。
「…………天風さん?」
通りかかった陽助さんと龍治が、怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。
私は、人差し指を立てて「静かに」と促す。
すると、2人はその場を去る。
「なにやってんだ?ねーちゃん」
「天風さんは天風さんとしての悩みもあるのですよ。我々、男児が口を挟まない方が良いこともある。」
「はぁ~い………」
あぁ、陽助さんはいつでも私の味方だなぁ。
しみじみ感じていると、中から会話やらが聞こえてくる。
「わぁ~!大きいね!」
「もぉ、ショーちゃんもその内、大きくなりますよ!私のは素材に特殊な物を使ってますから、ちゃんと柔らかいですが、マスター天風も大きいでしょ?」
「しょーこは、おねーちゃんの妹じゃないんだ………」
「え?」
「私、聞いちゃったもん。おねーちゃんの妹は機械に殺されたって…………」
「そんな……………」
「でもね!おねーちゃんは私もおにーちゃんもスキだし、しょーこもおねーちゃん大好き!」
「………………機械に」
「フウおねーちゃん?」
「なんでもありません!さぁ、体を洗いますよ!女の子はキレイじゃないといけませんからね!」
「うん!!」
……………あぁ、これは。
まずいな。勝虎、知ってたのか。なるべく隠していたつもりだったし、あまり信じる人もいなかった話だけど。これは、アイツにも話さなきゃかな。
そう考えていたが、その時は思ったより早く訪れた。
フウは風呂から出て、勝虎を部屋まで送ってすぐに私の所へきた。
「マスター天風、よろしいでしょうか?」
「なに?いつになく………」
「ご家族のことです」
「………ついてきて」
間髪入れずにそう答えてくるフウの表情は真剣そのものだ。
だから、私も応じる事にした。
裏庭に行き、まずは墓に手を合わせた。
(ごめん、父さん、母さん…………。立風、私、ダメなお姉さんだ。)
「マスター天風。」
「私の家族はね、機械に殺された。」
「……………本当だったのですね」
「誰も信じないよ。母を魚か何かみたいに開いて、父の首を切断して、妹の頭を砕いたのが、餓者髑髏みたいな機械兵だなんてね…………」
「…………………それは」
「何年も何年も世界中渡ったけど、そいつは見つからなかった。壊れた機械兵も見たけど、あんなんじゃなかった。」
「マスター天風………」
フウはその場にかしずいて、頭を地に着けた。
「誓います。私は機械ですが、アナタの家族を傷つけないこと。アナタの家族を守ること。」
「やめてよ………」
「やめません。私は必ずメモリを修復して、その機械兵を追って見せます。ですから、これからもアナタに仕えさせて下さい。お願いします。」
「私が今、死ねと言っても死ねるかッッ!?」
たまらなくなってしまい、思わずそう言ってしまう。
すると、フウはこともあろうことかすぐさま右手で頭を掴むと、それで締め上げた。あの鉄を砕いた右手だ!
「あ、あが……………」
「ば、バカッ!!」
思わず焦って、それを止めてしまう!
分かっていた。分かっていたのだ。こいつがそうすることくらい。なんとなく分かっていたのだ。
「何してんの!?」
「マスター天風が私にすぐ死ねと言うなら私は自爆でもなんでも致します。ごめんなさい、マスター天風、私、アナタを試してしまいました」
違う!試したのは私だ!
本当はお前が機械兵なんかとは違うと分かっていた!
この短い時間で、お前が私に対して機械にも関わらず本物の想いを持っていると気が付いていたのだ!
「不殺…………」
「なんです?」
「遙か昔、剣術には剣は人を殺さず、生かすために使うなんて夢を語った武士がいたらしい………。お前が私の家族を殺さない機械だって言うなら、不殺道を誓え。」
「…………かしこまりました。マスター天風」
そう言うフウの顔は和やかな笑顔だった。
何故だろう。家族に手を合わせて、謝罪した時にすでに感じていた事だ。これを信じてみたいと感じてしまうのだ。
━━━━翌日。
「脇が甘いよ!あと200!!」
「うぃっす!!」
フウに不殺を誓わせたからには、彼女も今日から師範代だ。
これはもはや仕方が無い。あんな風にされたら、無下にも扱えない。正直な話、まだアイツを信じ切れていない。そもそも疑問が多すぎる。機械にしては人間くさいし、泣いたり、笑ったり、寂しがったり…………。なんか変だ。
門下生達に指導をしながら、道場の隅で勝虎と何かしている。
アレはなんだろう?
「では、ショーちゃん!まずは基本です!お手玉しましょう!」
「おてだま?」
「あれ?現代にはそう言ったジャグリングはないんでしょうか?」
「じゃぐりん?なぁに?」
「道化師の快刀。これはそう言う軽業師の剣術なのです!確か、そんな名前です!色々と計算をしてみましたが、ショーちゃんはまずここからが1番です!いいですか?この玉をですね」
「わぁ!すごい!」
手元の軽そうな玉を何回も空中に投げ、まるで円を描くように円滑にクルクルと回している。曲芸。そうだ、そう言えばアイツのアレは曲芸に似ている。
「ショーちゃんもやってみて下さい!」
「うん!」
たどたどしい雰囲気の中、ゆっくりとそれをやり始める。
何回も落としてしまうが、勝虎はめげていない。
むしろ頑張っているのが目に見える。
………ふと、急に思い出したように聞いてみたいと思った。
「休憩!」
門下生達に休憩を与え、フウを呼び出してみた。
勝虎は休憩を与えられても、黙々と曲芸の練習をしていた。
人を極力払うために部屋に呼び出してみた。
「なんでしょう?マスター天風」
「ふと、思ったんだけどアンタ、どこまで昔の事とか分かるの?」
「そうですねぇ。前マスターの顔や名前などのデータ、周辺人物などのメモリはロストして復旧には時間がかかります。装備については確認出来ているのは剣技が道化師の快刀。昨日のやつです。あとはフィンガーショット他にもあるようですが、戦闘に関する機能はともかく、メモリがロスト」
「…………どういうこと?」
「人間の方々と同じですよ。使い方だけが分からないのです。謂わば、説明書がないようなものです。だから、実際、何がどこに備わっているかが分からないのです。検索機能がロストしていました。恐らく、これにより自身の機能も不明瞭なのです。」
「ユーミルってなに?昨日、なんか寂しいとかなんとかって……」
「ユーミルは機械に感情を生み出し、機械的な計算式以上に人により近付く機能です。どうやら、アーツノイド型には全てに搭載されたようですが、年式などのデータもロスト。」
「………………。」
参った。
分からないことだらけなのか。恐らく、ロストとは消失のことだ。メモリは記憶媒体。サーチは検索機能などのこと。数年間の旅で奴らに近付くために色々と仕入れた知識だ。
「落ち込まないで下さい!マスター天風!悪いことばかりではありませんよ!」
「うるさいなぁ!落ちこんでなんかないよ!………悪いことばかりではありませんって?」
「ユーミルの機能の副作用なのか、私、昨日、陽助さんと仕合して気が付いたんです!感じ取ると、それに類するメモリが復旧できたんです!それによると、道化師の快刀はどうやら人間ではない者から伝授されたのが分かりました!」
「なにそれ?」
「道化師ジョン・ティアー。機械兵です」
「な!?」
「ジョン・ティアーを探せば、何か分かるかもしれません!」
道化師ジョン・ティアーについては現状思い出せる事は少ない。ただ、ジョン・ティアーは殺生や涙を好まず、笑うことだけを追い求めたと言う。
フウは何故、彼がそんな事をしていたかまでは思い出せないらしく、後日、調べのために商店街に繰り出す事にした。
「とは言うものの…………」
商店街へは来たが、何をどうしたらいいかが分からない。
そもそも「機械兵を知らないか」など露骨には聞けるはずもない。
別に独りで来たわけではない。
ないのだが……………
「あ、マスター天風!これ、なんですか!?」
「なんでアンタがついてきてんの?」
「え?」
ホントは理解のある陽助さんと来たかったが、陽助さんは私が外に出る手前、道場に残ると言い出してしまい、独りで行こうとしたらオマケが付いてきた。フウだ。
「今更ですね………」
「アンタのそれが気に食わないって言ってんの………!!」
「いひゃいれす~!やめへくらはい~!」
マスターだのなんだの言いつつ、たまにあまり敬意は無いので、頬を引っ張ってみる。そう言う素材なのか、頬はびょ~んと伸びて、離すと元に戻った。
「でもでも!マスター天風?ジョン・ティアーについては私しか情報がないんですよ?適材適所なら私が適任じゃないですか?」
「う……………。まぁ、そうかもしれないけど…………」
ダメだ。まだ慣れない。抵抗がある。
コイツは機械だ。その私怨が拭えない。
「と言うわけで、アレ買いましょう!」
「はぁ!?なんで………」
フウが指さしたのは大福だ。豆が入っていない真っ白な大福。
安価で、手に取りやすく、こしあんと書かれている。この商店街でも人気の老舗・芦屋の大福。
安くて美味しいので、お土産にも重宝されている親しみのある大福だ。
「いいから買いましょう!」
「なんで!?」
「ほら!ショーちゃんとりゅうくんのお土産ですよ!」
「むぅ…………」
確かに。最近は2人も頑張っているし、特に勝虎は昨日からやる気だ。手土産の1つくらいあってもいいかもしれない。
「あれ、天ちゃん!」
「元気そうだね、おばさん。大福、4つちょうだい」
「はいよ」
実はこう見えて有名人だ。別に剣術道場の長だからじゃない。
あの事件の事は誰も言わないが、それだけじゃない。
恥ずかしい話、戻ってきた時に闊歩していたチンピラや商売代をやたらにせびるそれらの組織が気に食わず、片っ端から潰しに歩いた事がある。たまに少しは腕の立つ奴がいたりもしたが、今ではそう言った派閥もこの界隈ではわずかだ。
しかし、派手にやりすぎて、この辺りでは有名になってしまったのだ。
もちろん門下生が多くないのも「強いが、危ない師範代がいる」とか思われているからだ。
「いいえ!おばさん!大福は6つです!!」
「はぁ!?アンタ、食べないでしょ!?」
「違いますよ!必要なんですよ!」
「何が!?」
フウが急に言い出すので、思わずもめてしまう。
「あっはっは!!お嬢ちゃん、天ちゃんと仲が良いんだねぇ!」
「あ、申し遅れました!私はマスター天風の従者のフウです♪よろしくお願いしますね!」
「従者………?」
「ちょ!誤解を招く事言うな!」
途端におばさんも苦笑いになる。
いかん。このままだとホントに危ない師範代だと思われる!
なんとか言い訳をしなければ!