機械少女フウ
翌朝━━━………
朝は自発的に目覚めるものだ。
寝ぼければ、周囲が起こしにくるだろう。
そうして現代は回っている。
「マスター天風!朝ですよ♪気持ちの良い朝ですね♪」
「………………。」
あぁ、そうだった。今はコイツがいたんだ。
本当にスキマ風のようにやかましい。
朝から自発的に起こしに来なくても私は大丈夫だ。
「マスター天風!朝ですよ♪気持ちの良い朝ですね!」
「………うるさい」
「マスター天風!朝ですよ♪気持ちの良い朝ですね!」
「………………。」
「マスター天風!朝ですよ♪気持ちの良い朝ですね!マスター天風!朝ですよ♪気持ちの良い朝ですね!マスター天風!朝ですよ♪気持ちの良い朝ですね!」
「あぁ~!!もう!!やかましい!!」
布団から飛び出して、声の方を見やるとフウはスヤスヤと寝息を立てて人間くさい動作で文字通りスリープモードだった。
瞳を閉じて、口も動いていないのに台詞だけが飛び出している。
「おはようございます!マスター天風♪気持ちの良い朝ですね!おはようございます!マスター天風♪気持ちの良い…………」
思わず、殴ることにした。
「あいた!?」
痛覚があるのか、ビックリして目を覚ますとフウは頭をさすっている。やはり人間くさい。
「もぉ!なんです!?いきなり叩くことないじゃないですか!」
「うるさいよ!朝から!!」
「あぁ!アレはアラーム機能です♪目覚まし時計というやつです!もちろん、私の生ボイス録りおろし!昨晩、テイク5くらいチャレンジしましてですね」
「いらないよ!!頼んでない!!あと、アンタなんで私の部屋にいるの!!自分の部屋があるでしょ!?」
そう、昨日のうちにフウの部屋は用意した。
いくらこの調子でも、こんな機械に四六時中付きまとわれては疲れてしまう!
「そ、それが…………」
もじもじとするフウに問い詰めることにする。
「まさか、壊したんじゃないでしょうね!?」
「まさか!とんでもありません!実は、その、私には感情製作システム・ユーミルが備わっておりまして…………その…………」
「……………………。」
「寂しくなっちゃったんですッッ!!」
「……………もういいよ」
なんだ、こいつ…………。
調子狂う。本当に機械なのかもはや疑問しかない。確かに見てくれは美少女の姿をしているが、右手は私が壊したので、ゴツいアーマーハンドだ。
「はぁ…………」
ため息をつきつつも、起きていつもの日課に出ることにする。今日は早めに道着に着替える事にする。
「あ!マスター天風!お召し物でしたら!」
「いらない!!自分でやれる!!」
そう。こいつときたら四六時中、私に付きまとおうとするのだ!昨晩も夕餉は、ご飯は食べないと言いつつ私の隣に座り、お茶を汲んだり、おかわりを運ぼうとしたり、風呂にまで突入してきたりした。
「そうおっしゃらずに!」
「いいってば!!引っ張らないでよ!」
そうこうしていると、戸が開いて陽助さんがやってくる。
「失礼します。天風さん、フウさんを………」
「…………。」
「………………。」
思わず固まる。
陽助さんはそれを見るや、「ふっ」と微笑む。
「失礼しました。」
「ちょっと陽助さん!?」
「まぁまぁ!マスター天風!」
「お前はうるさい!」
そして日課から始まる。
いつも通り、裏庭へ出る。裏庭はさほど広くはない。本当にちょっとしたものだ。だから、表に出てすぐ目の前に家族に会う事ができる。いつも、ここに1杯の茶を入れて備えるのが日課だ。父が昔、よく「茶を飲めば心が落ち着く」と母の淹れた茶を飲んでいたからだ。
「お墓ですか?誰の………」
「うるさい」
今日も茶を備えて、手を合わせる。
浮かぶのはいつも、父や母の穏やかな顔と妹の人懐っこそうな顔だ。
しかし……………
「…………………。」
「教えていくれてもいいじゃありませんか」
「……………………。」
「マスター?マスター天風?無視ですか?」
「…………………………………。」
「無視ですか?ヒドいですねぇ………ちょっと傷付きます」
「……………………。」
思い出す顔は途端に、困ったような苦笑いに変わった。
「うるさいんだよ!!少しは静かにできないの!?私の家族の墓だよ!!なんか文句あるの!?」
「まぁ!マスターのご家族の!?それでは私も」
「いいよ!」
「まぁまぁ!!いいでは」
「やめろっっ!!」
思わず本気で怒ってしまった。
でも、機械になんか手を合わせて欲しくはない。
例えコイツがやったわけでなくても、それだけはイヤだ!
でも、今回だけは違った。素直に頭を下げたのだ。
「申し訳ございません。マスター天風。自重いたします。」
「……………なんで、急に謝る」
「マスター天風から、そう言うものを感じ取りました。ご事情は分かりませんが、私などが手を合わせてはいけないのでしょう。どうかお許し下さい………。」
「………………。」
そこへいつも通り、陽助さんが顔色を伺いにきた。
ただ、陽助さんもフウがいるのはあまりいい気がしないのか、いつもと雰囲気が違う。
「朝食、できましたよ。今日は如何でしたか?」
「うん。………困ってた。」
しかし、それを聞くとまた笑うのだ。
「ふ、困って…………ふふふ!あははは!」
「笑わないでよ。本気でだよ」
「私もそう思いますよ。きっとフウさんのような方なら、お困りになるでしょうね!」
そんな風に話しながら、台所へ向かうのだ。
一人残されたフウは首を傾げる。
「…………なんなんですかね?」
首を傾げながら、墓を見るサマはまるで顔を見合わせているかのようだった。
━━━━朝食を終えて、道場へ向かう。
龍治と勝虎はと言うと、すっかりフウに懐いてしまい、なんだか複雑な心境だ。道場へ向かう途中の事だ。
「よぉし!今日もやるぞ~!!今日こそ姉ちゃんを倒す!」
「おにーちゃん、ムリだよぉ。やめようよぉ………」
竹刀を片手に今日もやる気な龍治と、相変わらずな勝虎がいた。
何故か、一緒にフウもいた。気になってしまい遠目で見てみることにした。
「あらあら、リュウくんはやる気なのにショーちゃんは弱気ですねぇ」
「だってムリだよぉ。おねーちゃん、恐い大人の人も全然平気なんだよぉ?勝てっこないよぉ………」
「何言ってんだ!ムリだムリだって言ってたら何も変わんねーぞ!」
そんないつも通りしょげてしまう勝虎。時々、思う。勝虎はいつか、鍛錬を投げて逃げてしまうのではないかと。やりたいことを見つけて、そちらにいつか行くのは構わない。ただ、勝虎には私は逃げずに立ち向かう事をして欲しいのだ。龍治が言うには勝虎は何かにつけてムリな扱いをよくさせられていたらしく、いつからかこんな感じらしい。
「う~ん、そうですねぇ…………」
そう言うと勝虎の前に屈んで、フウは改造されていない左手を頭にのせると、ゆっくりと撫でた。
「フウちゃん元気パワー!!」
「え…………?」
「まだマスター天風のことはよく分かりませんが、きっとマスター天風は優しいお方です!ですからマスター天風は、きっとショーちゃんに期待してるんだと思いますよ?」
「………なにを?」
「ショーちゃんとリュウくんがマスター天風より強くなってくれることをです!だからマスター天風はあんなに厳しいんだと思いますよ?」
「…………うん」
「だから、頑張れるようにフウちゃん元気パワーをあげちゃいますね!」
「えへへ…………ありがとう!フウおねーちゃん!しょうこ、がんばる!」
「ず、ずりぃぞ!しょうこ!フウ姉ちゃん!俺にもそのパワー、くれよ!」
「あらあら、仕方在りませんね!」
…………そんな状況を遠目で見ると、情にほだされてしまいそうになる。
ダメだ。アイツは機械だ。みんなを殺した機械だ。
そう自分に言い聞かせないと、なんだかいけない気がしてしまうのだ。
━━━道場に出ると、相変わらずみんなが稽古をしていた。
「おはようございます!!」
「あぁ、おはよう」
大きな声がいつも通り、響き渡り、いつも通りの光景だ。
隅で掃除やらをする機械を除いては。
………と思っていた。
「うるせぇ!いいから出せってんだよ!」
入り口の方に何だかガラの悪いのが来ていた。
「天さん、すいません。少しよろしいでしょうか……」
「うわぁ………。久しぶりに見たなぁ、あんなの」
門下生に促されて、足を運ぶ。
久しぶりと言うのは、そのままの意味だ。まだ陽助さんの代の時や私が継いで間もないときは度々現れたチンピラだ。
ショバ代とかみかじめ料とか、つまりろくでもない金を出せと脅しているのだ。この付近のは大体、私がここを継いだ時に実力行使で痛い目を見させた(一部は潰してしまった)ので、知っている連中は来ないし、逆らわない。更に言えば大人しい。
「はいはい、失礼。キミ、どこの新米かな?」
「あぁ!?なんだ、姉ちゃん!」
「この界隈のその手の事をして私を知らないなんて、キミ、どこから来たのかな?なんなら、話をつけてもいいけど?」
「…………なんだてめぇ」
チンピラも一触即発のムードだ。口元にくわえた煙草がくさい。
しかし、そんなすぐ真横で…………
「スケベーさん、それ何です?」
「お!興味あるっすか?つっても、ただの鉄アレイッすよ!これで手脚を鍛えてムキムキな男子になるっす!」
とりあえず、無視する。
「煙草がくさいね。あと、あんま不用意に近付かない方がいいかな?早死にするよ?」
「誰が早く死ぬだぁ?てめぇ、俺を知らねぇのか」
「知らないな、キミみたいな無鉄砲で命を粗末にする文字通りのゴミ野郎はね。」
しかし、やはり真横では………
「ムキムキになってどうするんです?」
「いつか、これを素手で割るようなイカした男になるっす…………」
「へぇ~…………」
緊張感がない。
「ちょっと、うるさいよ!!」
「えぇ~い!!」
そう言うや否や、フウはみんなの目の前で鉄アレイを右手のアーマーハンドで粉砕した………。
もちろん、ひとひねり。いや、一握り。
それを見たチンピラは目を丸くして、口をあんぐりと開けて固まった。声をかけてみる。
「………ねぇ、ちょっと」
「は、はい!?」
「あれ、やるの?」
鉄アレイの掃除をしながら落ち込む助平を慰めるフウを指さす。
フウの周りでは、なんだか門下生達が興奮冷めやらぬ感じだ。
特に龍治と勝虎がキラキラした目で見ている。
目を丸くしたまま、チンピラは顔を真横にブンブンと振った。
「あっそ。他には黙っておくから、お詫びは温泉饅頭がいいな。みんなで食べるから100個。」
今度はブンブンと立てに首を振る。
「自分のも買っておいで。お茶くらい入れてあげよう」
大方、了承。一件落着。
にしても、なんてパワーだ。頼むから、それで変なことしないで欲しい…………。危なすぎる。
「ちょっと…………」
「はい?」
「アンタ、戦えるの?」
「戦う?」
片付けをするフウに話しかける。
良い機会だから、試してみたい。こいつがもし機械兵なら気をつけなければならない。
「戦うとは?どの事を指しますか?」
「これ。」
木刀を差し出すと、それを見て、思い出したように笑う。
いつも通りの屈託のない笑顔だ。
「もちろんですよ!私は製造はいつかもまだ思い出せませんが、戦闘思考回路は無事なようですから!体が覚えているというやつです♪」