機会
警察は誰も信じてはくれなかった。
「機械が家族を殺した?お嬢さん、機械兵なんて今時、動いてないよ。そんなもの動くわけがない。」
当然だ。機械兵を動かした人などいないのだから。
「お嬢さん、君は疲れているんだ。」
「可哀想に。あの遺体見たか?」
「あぁ、ありゃ酷い。余程の手練れだろう」
誰も信じてはくれない。
「少しお休みになられては?」
それどころか私を疑う。
だから私は旅に出た。家を捨て、道場を任せ、遺された父の刀を手に。母の御守りを手に。妹の形見の壊れた髪飾りを手に。
15の私には世界は厳しかった。優しい人、外道、父の仇ではない。山奥や僻地の古代遺産、違う。母の仇ではない。時として出会う手練れの武術家、腐りきった政治家、違う。妹の仇ではない。
5年、世界を歩いた私は20の頃、諦めかけた。
もうこの世にアイツはいないのだ。
手がかりすらないのだ。
だから、私は家に帰り、家族に再び手を合わせると門下生に頭を下げて、道場を引き継いだ。
風間剣術道場。
父が遺した道場だ。
裏庭にある家族の墓に手を合わせる。
今日も明日も。これが日課だ。
「天風さん」
呼ばれて、振り返る。
私の名は風間天風。父が天に吹く風は恐らく心地良いのだろうなどと言う妄想からつけた。今年で28になる。旦那や思い人はない。
「朝食、できましたよ」
「うん。ありがとう、陽助さん」
「今日はどうでしたか?」
「笑ってたよ」
「そうですか」
死んだ家族の顔色を伺う彼は倉間陽助。私のいない間、道場を守って、今も支えてくれる父の代からの門下生だ。
「姉ちゃん!」
「おねーちゃん!」
「龍治、勝虎、朝の素振りは終わったの?」
「あたぼー!俺は龍を治める男になるんだからな!」
「うん!やったよ!しょーこ、えらい?」
「よしよし、2人ともえらい」
この2人は龍治と勝虎。孤児だ。名前は私がつけた。龍治は勝虎を連れて、悪党にこき使われていたが、それを私が成敗して拾った。
今朝は目玉焼きだ。味噌汁もある。漬物は良い具合の浅漬けで、香ばしく焼けて焦げ目がついて背の割れたウィンナーが2本。
「いただきます」
「いただきます!!」
2人の子と、陽助さん、私、4人で食卓を囲み、暮らしている。
時代は3000年代…………。
機械文明が栄えて、衰退し、人類が滅亡しかけたのがおよそ500年近く前だ。私がかつて追った機械兵など、誰も信じなくて当然だ。
世界各地で必要最低限な文明だけが残り、他は滅ぶか衰退した。
私の家が道場なのも武器や武術がこうした形の後退が必要になってしまったからだ。銃も大昔と違って新しいものはない。あるとしても発掘されたリサイクル品だ。
「んめぇ~!!」
「こら、龍くん。お行儀が悪いですよ」
「勝虎、マネしちゃダメだよ?」
「うん!よくかんでたべるんだよね!」
今でこそ騒がしくも、慎ましい。
この道場に門下生は30人ほど。小さいほうだ。大きければ200を超える。殆どは働きながら夜か朝に行われる手ほどきに参加し、残りは自由に仲間同士で道場で修練に励む。
朝食を終えると、部屋へ戻り道着に着替えてまずは瞑想する。
剣術を練習する前は必ず門下生にするように言いつけてある手前、自分も行っている。心を落ち着かせ、日頃の修練を振り返る大事な時間だ。
それが終わる頃合、ちょうど聞こえる。
「ほら!早くしろ!始まっちゃうだろ!」
「まってよぉ~!おにいちゃん!」
リュウとしょうこも行った。
私も行かなければならない。
道場とその庭には今日も修練に門下生が集まっていた。
「56、57、58………」
素振りをする者。
「でやぁあああああ!!」
防具を身に付け、威勢のよい掛け声で打ち合いをする者。
「であるからして、今日の武道精神はそれらを重んじることにより、若い世代に示すのであり………」
師範代の陽助さんの講義を受ける者。
それらが私が入ると一斉に振り返る。
「おはようございます!!」
「おはようございます!!!」
「はい。みんな、おはよう」
私もそれとなく返す。
笑顔はなるべく作っているが、なんとなく苦手だ。
子供の頃、あの事件の前はまだしっかり笑えたような気がする。
「あなたがそれでは困ります」と最初は陽助さんに注意もされたが、今では大分できる気がする。
「ねーちゃん!!ねーちゃん!!」
「おにいちゃん、ダメだよぉ…………」
真っ先に走って来たのはリュウだ。しょうこがリュウの裾を引っ張り、半泣きだ。リュウは結構、無鉄砲というか遠慮をしない。
しょうこは逆に引っ込み思案な感じで弱気だ。だからこそ、しょうこにも剣術を習わせている。
「ん~?」
「稽古付けてくれよ!!俺、ねーちゃんと戦いたい!!」
「またか……………」
リュウは1度も私から1本も取ったことはない。
リュウは幼いからだが、この道場や周辺で私と対等に渡り合えるのは数知れる。親の仇を探して放浪した結果、私は戻って負けた事が少ない。唯一渡り合えるのは陽助さんくらいだ。
なのでリュウとしては何としても私に勝ちたいのだ。
「今日は俺だけじゃないぜ!?」
「へぇ?他にいるの?」
「悪ぃな、天ちゃん!俺も相手してくれねぇか?」
「柄日さん、来てたんですか」
前に出たのは柄日義久。通称・ガラさん。
街の電気屋さんだ。タダの電気屋さんじゃない。昔、お国の雇われだったとか、いわくの多いおじさんだ。遺った電気文明どころかたまに旧式も治せる。いわくしかないおじさんだ。
努力の腕利きで道場でナンバー3。ナンバー2は陽助さん。ナンバーワンは私だ。
…………気が付くと、何だか周りもウズウズしている。
「めんどくさいなぁ。カカリゲイコにしようか」
「おぉ!!」
「やったぁ!!」
「しょーこ、ヤだよぉ…………」
しょうこを除いて全員が歓声を上げた。
カカリゲイコとは昔、剣道と言う競技が生きていた時代にあった練習で防具フル装備した連中が師範代に連続で襲いかかる練習らしい。
ただし、ウチは違う。
「さ、いいよ」
「よっしゃー!!」
1列に並んだ門下生ざっと30人。最初はリュウだ。
「えいやぁああああ!!」
「はいダメ」
勢いよく襲いかかるが、あっという間に背中を叩かれ退場。
「くっそぉ!!」
「えぇ~い!」
「がんばれ、しょうこ」
半泣きで兄に続くが、しょうこも木刀でスッと背中を押されて兄の元へ。
「お覚悟ぉ!!」「ぬぅん!!」
「足らない」
「ぐあっ!」「ぬぉお!?」
次は待ちきれず2人で門下生が来るが、これもアッサリ捌く。
ウチのカカリゲイコが他と違うのは実践向きな点だ。剣があれば手法は問わない。体術、飛び道具、なんでもござれ。
手は抜いているが、相変わらずだ。道場の隅に伸された大人がブラリとした状態で、しょうことリュウによって引きずり、運ばれ、陽助さんに処置されていく。
しかし、問答無用な闘いだと中には困った奴もいる。
「今日こそ!!」
「却下」
わざと私の胸元を狙う奴とかだ。
今のは通称・助平左右衛門。本名は忘れた。私の胸をラッキースケベで見たいとか意味が分からない事を目標にする困った奴だ。「いつか天さんの大きなおっぱい見ます!!」とか公然で本人に堂々言ってくる変態。当然、かすめたりもしない。
「ほらほら、おかわりしないの?」
「うぉおおおお!!」
一週目が終わり、伸びてない大人が掛かってくる。
しかし、結果は…………
「だ、ダメだ勝てねぇ………」
「ゼェ…………ゼェ………天さん、強すぎ」
「ムリだ!!見ろよ、あの涼しげな顔………」
「おい!しっかりしろ!起きろ!」
「見ろよ、助平のやつ、気絶しながら笑ってやがる………」
「…………おっぱいが」
「キモいから庭に投げとけ………」
いつもこんな感じだ。庭先で水を飲み干して一息つくと、この後は大体、実践向きな動きや訓練。男性ばかりなので、少し汗臭いが慣れたものだ。
「いやぁ、相変わらずだねぇ!天ちゃん!」
庭先で一息つくと、ガラさんが話しかけてきた。
ガラさんも汗だくだ。
「柄日さん。少し、腕が上がりましたね」
「そりゃ、どうも。天ちゃんに言われると少し嬉しいねぇ。ところで、あの話、政府の機械技術復興の話、知ってる?」
「あぁ、アレですか」
つい最近の事だ。
政府が機械技術復興の推進が推し進められている話がある。
今は一部の回線式電話とテレビに照明だけだ。テレビは決まった時間だけだし、照明も街の街頭以外は0時には切れてしまい、後はロウに頼るしかない。
それが今になり何故か機械技術をもっと復興させようなどと言う。
「現実味はないですね」
「まぁ、そうなんだが……」
現実味はない。なぜなら遺跡化した跡地にしか文明の足取りは残らず、天の下にあるもので放置されたものは錆や腐敗で使えない。技術者がいるのかも不明だし、私の追っていた機械兵には辿り着く訳もない。
「天ちゃん、まだ諦めてねぇんだろ?」
「柄日さん…………」
「あんな惨い殺され方じゃ、怨まない方がオカシイだろ。けどなぁ、天ちゃん。今では、みんな天ちゃんを慕ってるし…………」
「………大丈夫ですよ。」