第二話
その日の街は怪物たちで埋め尽くされていた。魔法使いやゾンビ、カボチャの頭を被った怪物が多く見られたが、怪物というよりもただの仮装じゃないかというものも多かった。
これだけで私が何を言わんとしているのか分かってもらえるだろうか、今日はハロウィンである。この国でもいつの間にかこの風習が一般的になってきたようだ。しかし、それはテレビで見る情報であり、私にはあまり関わりのないものであった。ただ、今年は少し関わらない訳にはいかないようだ。
「待たせたわね」
その声に振り返ると、そこには今回の主人公、神無月さんが立っていた。ハロウィンの仮装イベントの中なので彼女も当然、仮装をしている。黒いマントに黒いとんがり帽子、箒まで持っている。おそらく魔法使いのコスプレだろう。しかし、彼女の仮装はこれだけに留まらない。顔はいかにもやつれた感じになっていて、目にはクマがクッキリと浮かんでいた。もしかすると、ゾンビのイメージも取り込んでいるのかもしれない。
「さすがは神無月さん、自分の月のイベントに対する熱意、すばらしいですね。魔法使いにゾンビ風のメイクまで施すなんて・・・・」
私がそう言うと、神無月さんの眉間に深いシワが入った。
「ちょっと、違うわよ。あれはメイクじゃなくてスッピン」
私にそう声をかけたのは、六月の擬人化した女性、水無月さん。彼女も黒い衣装を着ていた。
「水無月さん、これはもしかして、妖怪雨女?」
「違うわっ!!」
水無月さんは、そう叫んで僕の頭を小突いた。どうやら、彼女の場合はコスプレじゃなくて普通の恰好だったらしい。
「そんなことよりも、神無月さんのこの顔、メイクじゃないわよ。これは明らかに疲労。度重なる秋のイベントに関わることで、もう体力に限界が来たのよ」
水無月さんはそう言って、神無月さんを指さした。神無月さんはそれに対し、引きつったような笑みを浮かべて視線を逸らした。どうやら図星らしい。しかし、それもよく考えれば仕方ないかもしれない。
神無月さんは秋のイベントを今まで精力的にこなしてきた。スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋、読書の秋。いくらなんでも盛り込みすぎだ。
「だって、しょうがないじゃない。私はそれだけの期待を背負って生きているのだから」
神無月さんはそう言いながらも、その足取りはどこか力なく今にも崩れ落ちてしまいそうだった。僕は見ていられなくなり、彼女に手を指し延ばそうとする。しかし、それよりも先に彼女を支えた者がいた。それも一人ではない。二人である。二人の人物が左右から、その場に崩れそうになった神無月さんを支えたのだ。
「あなたたち・・・」
神無月さんは信じられないという表情で左右の人物を見た。一人はゾンビのコスプレをした女性、そしてもう一人は黒い衣装に巨大なカボチャを被った女性。ゾンビの方は前回の主役長月さんだ。もう一人はカボチャが巨大すぎて顔が分からないが、話の流れから察するに次の月、霜月さんだろう。
「あなたたち、どうして?」
「だから、無理しすぎなんだって、神無月さんは」そう言ったのは長月さん。
「秋はあなただけじゃない。私たちにも手伝わせてよね」そう言ったのは巨大なカボチャ、霜月さん?
僕は彼女たちの友情に思わず、目頭が熱くなった。しかし、そんな私の肩に手を置き、水無月さんは、首を横に振った。
「だって、私たち、あなたよりも余裕があるし」と長月さん。
「私たちにはあなたと違って、ひと月の間に二回も祝祭日があるしね」と霜月さん。
僕はそこで気づいた。確かに九月には敬老の日と秋分の日がある。十一月には文化の日と勤労感謝の日がある。それに引き替え、神無月さんは日にちが三十一日まであるのに、祝日は体育の日だけであった。
「それでも、贅沢な悩みよね・・・・」
僕の隣で水無月さんは少し寂しそうな表情で言った。そう、彼女は彼女だけには祝祭日が一日もないのだ。僕はもう一度、三人に目をやった。神無月さんは自信たっぷりな長月さんと霜月さんの間に挟まれて生気のない表情をしていた。完全に二人に打ちのめされたという感じだった。
「女の争いは月の擬人化であっても恐ろしいものだ・・・」
僕は思わずつぶやいていた。