第四話「小休止」
帝国軍は全軍で森の中にいる俺たち魔王軍に襲いかかった。
まさか指揮官までもが乗り込むとは考えなかったが、魔王を討ち取ったとなれば戦争が終わる。きっと手柄が欲しかったのだろう。
だが俺たちはすでに森にいない。
今頃いるはずの俺たちの姿を血眼になって探していることだろう。
そう考えると腹の底から笑いが込み上げてくる。
しかし、今は自分の策が上手くいったことへの賞賛よりも撤退が先だ。
敵が森の外に少しでも兵士を残していれば俺たちの姿を目視できただろうに。
おかげで俺たちは帝国軍とかなりの距離を離すことに成功した。
「副官くん、もう追いつかれることはないだろう。みんなを少し休ませてあげよう」
「はい。全軍に伝令!小休止始め!」
辺りは見晴らしのよい平地。敵が見えればすぐに行動ができる。休憩にはもってこいの場所だ。
兵士たちもいくら軽装とはいえ、半日ぶっ続けで走っていては体力が持たないはずだ。
隣で休む副官は汗一つかいていないが彼はきっと特殊なんだろう。
少なくとも俺の体力は数時間前に完全に切れてしまったため部下におぶってもらっている状況だ。情けない……。
だがしかし作戦自体は成功と呼べるだろう。帝国軍が追っ手を差し向けていたとしても追いつかれる頃には俺たちも首都に辿り着いているはずだ。首都に戻れば味方もいるため帝国軍も迂闊に攻めては来ないだろう。
あとはみんなが無事に首都に辿り着く。それだけだ。
副官からもらった水筒に口をつけ水をごくりと一口飲み込むと安堵の溜息をつく。
俺は数日前に魔王に目覚めた。それまでは俺の姿をした魔王が指揮を執り、戦線を維持していたのだろう。だが俺にはそれまでの記憶が一切ない。元の魔王がどんな人物だったのかはわからない。魔王というぐらいだから冷酷で残忍だったかもしれないし、前の魔王なら先ほどの戦いも逃げるということはしなかったかもしれない。だから自分の作戦に自信が持てなかったのだ。しかし部下たちはついてきてくれた。魔王になってしまったからには自分の持てる知識でみんなを導こうと思う。
と言っても信長の◯望や横山◯輝の三国志の知識なのだが。
「自分語りは終わった?」
「ん?」
この場に似つかわしくない聞き覚えのある声。
たしかこの声は学校で聞いた……。
「なんでお前がここに?」
視線を地面から上げると、今日寝る前に学校で会った彼女の姿があった。だがその姿は学校とわずかに違い、明るい栗色の髪が後ろで高い位置に一つでまとめられているのはそのままなのだが服装がセーラー服ではなく古めかしい布を羽織るようにして体を覆っていた。
「またあとでね、って言ったじゃん?」
「いや、たしかに……まて、そうじゃない。お前現実の記憶あるのか?」
現実と夢の二つの記憶を持つ人に出会ったのは初めてのことだった。
「私こう見えても覚醒者だからねぇー。あっ、こっちの世界に目覚めた人のことを覚醒者って呼んでるんよー。ね、ちょっと、後ろの男の人たち怖いんだけど?」
後ろを見ると部下たちが小さなナイフを構えて怖い顔をしていた。
「魔王様、こいつ急に光の扉から現れました。帝国軍の技術です。おさがりください」
副官がジリジリと女との距離を詰める。
俺が行けと言ったら今にも飛びかかりそうな勢いだ。慌てて止めた。
「みんなも下がれ。命令通り小休止だ」
あまり納得していない様子だが魔王の命令で渋々下がる。
「あはは、ありがとー!覚醒者ってなんか不思議な力使えるからよく帝国軍と間違われるんだよね、いやぁ困るなぁ。ところでさ、君が目覚めたのは最近みたいだねー。どう?なんか使える?」
よく喋るやつだな。そもそも俺は彼女の名前すら知らないわけだが、学校のことといいなぜこうも親近感が湧くのか不思議だ。
「俺もさっき魔法みたいなのがあるって知ったからな。俺自身になにかあるとは思えないな」
「そっかぁ、じゃあそのうち目覚めるかもねー。んじゃそろそろ行くかなー。なんかあっちの方角が騒がしいみたいだよ?頑張ってね」
それだけ言うと彼女は手に持った木の棒を地面に刺し込む。すると刺し込んだ杖の先から細い光が地面を這うように広がったと思うと、そこに長方形でドアノブがついた扉が現れた。
あまりにもこの世界観とはかけ離れた生活感のある扉に懐かしさを覚えたのもつかの間、地面に描かれた扉はひとりでに開くと彼女はそこに飛び降りる形で吸い込まれていった。それを見送ると扉の光は徐々に消えていき、やがてもとの何もない地面へと戻った。
みながその光景に目を丸くさせていたが副官の一言で我に返る。
「魔王様、南東より敵の追手が」
「追手が見えても問題ない。追いつかれる前に首都に戻る。小休止終わり、全軍撤退開始」
ひとまず彼女のことは記憶の片隅に置いておこう。俺にも力があるのかもしれないがその片鱗すら未だ感じ取ることができない。今はその時ではないのだろう。
まずは撤退が先だ。
敵の姿が見えたとはいえまだまだ距離はある。これぐらいの距離があるなら俺たちが先に首都に到着するのはたやすいことだろう。
自分も立ち上がって部下たちとともに行こうとする……が、急に膝に膝の力が抜け、体のバランスが崩れる。そんな俺を副官が慌てて支えるが俺はもはや自力で立つことは叶わないぐらい脱力していた。
「副官くん、あとの撤退指示は任せた……」
「魔王様?どうしーー」
副官の言葉を最後まで聞くことなく俺の意識は暗い闇の中へと落ちていった。
そして俺は、眠った。