馬鹿になりたかった
≪そろそろ休んだら?≫
真っ赤に染まっていた森が闇に染まりかけた頃、唐突に神が言った。
「え?何でだ?」
と俺は間抜けに聞き返す。
≪もうすぐ夜よ?休むのは当然じゃない?≫
「は?夜は魔物が出にくいから歩きやすいんじゃないのか?」
≪確かに夜は魔物が出にくいわ。だけどね、夜の方が出てくる魔物は強いのよ?もし、遭遇したらあなたじゃ逃げ切れないほどにね。スライムを身代わりに使えば逃げ切れるかも知れないけど100%ではないわね。それに、ここから町まで不眠不休で歩いたとしても最低あと2日はかかるわ≫
「......つ、強い魔物......不眠不休で2日......」
たじろいだ俺に神はフフフと笑い挑発的に言った。
≪それでも行くと言うなら止めないけどぉ?≫
そんなの無理だ!と、俺は心の中で叫ぶ。
こんな話を聞いた後で行くとか言える奴は強者か馬鹿ぐらいだろう。俺は強者じゃなくスライムにも自分の力で勝てない弱者だし、馬鹿でもない。
馬鹿ならこの状況も楽しく感じるんだろうな。
......羨ましい。皮肉ではなく心の底から俺はそう思う。
俺は馬鹿に産まれたかった。後先考えずに行動に移すことができる馬鹿になりたかった。しかし、環境がそうさせてくれなかった。
小さい頃から親がいなかった俺は本来親と相談してやるようなことを1人でこなしてきた。無論、働くことは出来なかったため孤児院暮らしだったが。だが、その経験があったからか同年代の子供の誰よりも賢かった。
もし、親が居れば俺は馬鹿まではいけなくても、今よりはずっと頭が悪かっただろうから、こんな状況でも楽しいと感じることができたかもしれない。
━━━いや、親が居ればいじめられることは無く、こちらの世界に来ることもなかっただろうから、そもそもこんな状況に陥ることはなかったのか。
≪ほーら。いつまで悩んでんのよ。早く寝床探しなさいよ≫
「はっ!?」
神の言葉で一瞬にして俺の意識は自分の世界から現実へ引き戻された。
◇ ◇ ◇
寝床は簡単に見つかった。
寝床を求め、既に闇に閉ざされた森を歩いていたら巨木に遭遇、しかもその巨木には人1人が入れるスペースの穴が空いていた。俺は即座にその穴に入り込み、さっきまで歩いていた森に目を凝らし、耳を澄ませた。ぼんやりと眼に写る風景に魔物らしきものはない。また、魔物が追いかけて来る気配もない。辺りは静寂に包まれていた。
それでも念のため神に確認をお願いし、安全が確認できた俺は安堵の息をついて全身を穴に潜り込ませた。
しっかし、ラッキーだったな。こんなに簡単に寝床が見つかるなんて......やっぱり日頃の行いが良いから神が力を貸してくれたんだな━━━って神、アイツじゃねぇか。それはねぇな。
やっぱり神の力じゃなくて俺の力で助かったことにしよう。うんそうしよう。
そんな俺の心を読んだのか神は
≪君は本当に救いがたい奴だな≫
と小さな声で呟く。
俺はそんな神に反論しようと口を開いたがどうせ言い返しても話が長くなるだけで時間の無駄だと考え、思っていたことと違うことを言った。
「お前、神の仕事やらなくていいのか?俺に構いすぎじゃないのか?」
≪は?......あっ!!!≫
その言葉を最後に神との通信は途絶えた。
いいよな馬鹿って毎日が楽しそうで......。
そんな神を見て暗闇の中、俺はぼそりとそう呟いた。