プロローグ
地を歩けば魔物に遭遇。
海を見れば深海に城を発見。
空を見上げればプカプカと浮遊島が浮いている。
一見現実離れした光景だが、それを見て誰も驚く人はいない。
東京に住んでいる人がスカイツリーを見て驚くだろうか?満員電車に遭遇して騒ぎ立てるだろうか?
誰も驚かないし騒ぎ立てもしないだろう。
それは何故か?
答えは単純で『見慣れている』からだ。
ここにいる人たちは産まれた時からこの光景を見ていた。だから驚かなかった。驚くハズがなかった。
『見慣れていた』から。
そろそろ気づいた方もいるだろう。
皆さん御察しの通り、ここは地球ではない。
剣と魔法が交わる、いわゆる異世界と呼ばれる場所だ。
◇ ◇ ◇
「━━━では皆の者!新しい魔王の誕生を祝って......カンパイ!」
「「「カンパーイ!!!」」」
司会進行のドラゴンの言葉に招待客の魔物達が続き、グラスとグラスを「カチン」とぶつけた。
その音を合図に、静寂に覆われていた会場が一瞬にして騒がしい会場へと変貌する。
パーティーが始まった。
因みに余談だが乾杯の際にグラスをぶつける行為は魔物払いの意味を持つとされている。だから魔物が魔物払いをしているという謎の光景を見て思わず笑ってしまう招待客もいた。
◇ ◇ ◇
この日、数ある浮遊島の1つに建設された魔王城で新たな魔王を祝うパーティーが行われた。パーティーの招待客は総勢80000名。
もちろん魔王のパーティーなだけあって招待客の殆どが魔族で、人間は1000人程しかいなかったが。
総勢80000名のパーティーとなれば、当然莫大な空間が必要である。
どれくらいの広さか分からない人がいると思うので簡単に説明しておく。
東京ドームに入ることが出来る人数が約55000人。
つまり東京ドームより広い空間が必要なのである。
招待客の中には体長10メートルを越える岩石族や巨人族『ジャイアント』もいる。他にも巨大な種族が来ることを想定すると、広さは最低でも東京ドームの2倍は必要となる。
会場の手配は魔王の技量を見せつける最初の機会である。ここで立派な会場を用意することが出来れば魔王としての1歩を素晴らしい形で踏み入れる事ができる。
逆に、ここで情けない会場を用意してしまえば、魔王としての1歩は最悪の形で踏み入れなければならなくなる。
尊敬する魔王に最高の1歩を踏み出させてあげたいと考えた従順な家来達は数多の大工を雇って会場を作り上げた。
結果、魔王城は浮遊島1つを丸々使いきるほどの大きさになった。
◇ ◇ ◇
招待客は初め、その会場の広さに唖然とした。当たり前である。これまで浮遊島全てを使いきるほどの会場を用意したものはいなかったからだ。
効果は激大だった。
『この魔王と御近づきになりたい』と殆どの招待客が考えた。考えてしまった。
魔王は何もやっていなかったというのに。
異世界の知識に乏しい魔王が家来に出した命令は「お前に任せる」と、完全に他人任せなモノだった。
だが、家来は、その言葉を違う意味で受け取った。「優秀なお前らだから俺がいなくても大丈夫だろ?」という意味で受け取ったのだ。
家来は主人の期待に応えるため頑張った。
その結果がこの会場である。
あくまで、この会場を用意したのは家来であるため魔王の腕とかそんなもんは関係ない。
だが、事情を知らぬ招待客は魔王を褒め称えた。中には崇める者までいた。
パーティーが始まって約2時間が経過し、いよいよ魔王 御披露目の時間がやって来た。
これまで魔王は1度も姿を見せたことがない。パーティーの最中にでも、だ。
だから招待客は新しい魔王が誰なのか知らなかった。どんな種族かすらも知らなかった。
だが強力な力を持っているということは疑わなかった。
浮遊島全てを使いきるほどの大きさを持つ会場を用意し、
『プライドが高く誰にも忠誠を誓うことが無い』とされていた龍種に忠誠を誓わせ司会進行を勤めさせた魔王が強くないはずがない。皆がそう思った。
そう考えると詳細不明の魔王の種族もだいぶ絞れてきた。
龍種は上位種族より更に上の最上位種族である。
そのため龍種に勝てるのは同じく最上位種族である悪魔種、吸血鬼、もしくは同種である龍種しかいないとされている。
招待客は新しい魔王を龍種、悪魔種、吸血鬼のどれかだと推測した。
「━━━魔王のご登場ォォ~!!」
ドラゴンの太い声が会場に響く。
ゴゴゴゴゴゴッ!!!
会場が音を立てて動き始めた。
会場の壁画が崩れ始める。
招待客が何事かと慌て始めるがもう遅い。
会場は巻き上げられた砂煙に包まれた。
何も見えない。
やがて、揺れが収まった。
それと同時に砂煙が収まっていく。
崩れた壁の奥がぼんやりと見え始める。
「「「!?」」」
魔物、人間問わず皆が驚愕した。
正確には、崩れた壁の奥にあった玉座にドンと腰をかける魔王を見て驚愕した。
魔王は下等種族【人間】の女で、しかも子供だった。
「どうして、人間が...」
「人間が......魔王だと?」
「ありえない...」
次々と驚きが混じった言葉を連呼する招待客。
しかし、1番驚愕していたのは招待客ではなく魔王自身だった。
(どうして、こうなった)
魔王【ネル】は冷や汗をかきながら心の中でそう呟いた。