最終話
5.
彼女が店に足を踏み入れた途端、いらっしゃいませー、という店員たちの声が谺のように店内に響く。
右手が包帯でぐるぐる巻きにされているのは見るも痛々しいが、彼女はこの洒落たブティックに相応しい、美しい客だ。
もちろん、彼女が着ぐるみだなんて誰も考えはしないだろう。
商品が並ぶ棚をワンピースの裾を揺らしながら彼女は店内を物色する。仕立ての良い洋服や可愛らしい装飾品が整然と並んでいる。
もうすぐあなたの代わりを見つける。そしたら用無しになったあなたはどうなるのかしらね。
せいぜい、それまで悪あがきをしていればいいわ。
彼女は心の中で彼へと呟く。そんな脅迫にも、うっすらとの恐れの色がにじんでいた。
はやく、はやく代わりを見つけなければ。
「どうかなさいましたか」
不意に話しかけられ彼女はとても驚いた。
振り替えると、アルバイトらしき少女が立っている。全く気づかなかった。
「ありがとう。ちょっと考え事をしていただけだから」
笑顔で礼を言いその場から離れる。
私としたことが何を焦っているのだろう。
右手の痛みは彼女にとって脅威そのものであった。あれからというもの、体がうまく動かないことが以前よりも明らかに増えているのだ。
もし次の中身を見つけられなければ、私は・・・・・・。
突然、右肩に衝撃がはしる。気が散っていたせいでマネキンがあるのに気がつかなかったのだ。店内にマネキンの倒れる音が響く。
一瞬、店内が静まりかえり、周りの客や店員の目が彼女に集まる。思わず尻餅をついてしまった彼女は立ち上がろうとするが、体が言うことをきかない。
せっかくの気晴らしが台無しじゃない。
彼女は床に座り込んだまま、苛立ちまかせに髪を掻きあげた。
店内でいつも通り仕事をしていると何か音が聞こえ、少女がそちらを見ると先ほどやってきた美しい女性が座り込んでおり、傍ではマネキンが倒れていた。
どうやら腰を抜かしてしまったのか動けないようだ。後姿なので表情は分からないが、とても苛々しているように見える。
そして彼女が長い髪を掻きあげ、首筋があらわになった時だった。
そこにはファスナーがあった。
ほんの一瞬のできごとではあったが、少女の目にははっきりと焼きついていた。
開閉するための金具、首筋から背中へとのびる異質な銀のライン。かつて遊園地でクマの背に見たそれと同じものが、あの女性にはあった。
店長が、早くお客様のところへ行って、と指示を出す。しかし少女にその声は、もはや届いていなかった。
少女はまだ動けずに座りこんでいる女の後ろに立った。
女はまだ少女には気づいておらず、必死に立ち上がろうと足掻いている。
ここにいるよ。
ふと、少女の耳にそんな声が聞こえたような気がした。
そしてあの時と同じように、少女はファスナーへと手をのばした。
〈了〉