第二話
2.
全ての始まりは、一人の少女の好奇心だった。
彼女がクマの着ぐるみのファスナーを降ろしたことにより、周りの子供たちは真実を前に泣き叫び、暗黙のルールが破られたことで興奮した若者たちが便乗し次々と着ぐるみを襲い始めた。遊園地は一気に地獄と化してしまった。
やっと逃げ切れた。
彼は荒い呼吸を整えながら、衣装部屋へと入った。
クマの着ぐるみのままで走り回るのは困難だったが遊園地の地形を知り尽くしている分、追いかけてくる若者たちを簡単にまくことができた。
とりあえず、着替えなければ。
部屋の明かりを着けるためにスイッチを探していると、薄暗がりの中に何かが白くぼんやりと見える。
次の瞬間彼は急いで目を背けた。
それは、女性の素肌であった。
「ご、ごめんなさい!まさか着替えてる人がいるなんて思わなかったんで」
まだ着ぐるみのままなので外に出るわけにもいかず、彼は女を見ないようにしながら弁解するが女性は何も言わない。怒っているのだろうか、それとも驚きのあまり言葉も出ないのだろうか。
そこで彼は気づいた。
今日の勤務表に女性はいなかったんじゃないか?
彼が恐る恐る振り返ると、そこにいたのは女のマネキンであった。
びっくりさせやがって。
安堵と怒りを覚えながら彼はマネキンに近づく。
それにしても、本当に良くできている。暗がりにあるせいもあるが、まるで本物の女性のようだ。
触ってみると皮膚は滑らかな感触で、髪の毛も合成繊維などではなく人毛にしか思えない。
そして、何故か背中にはファスナーがついている。
好奇心からファスナーを開けてみると、中にはぎっしりと発泡スチロールの詰め物が入っている。
全て取り除くと人の形を保てなくなり、女は皮だけになった。
もしかすると、これは着ぐるみなのか。
ファスナーの長さからいっても、十分に人が入れるように作られているようだ。
どちらかというと全身スーツに近いが、この部屋に置いてあるということは遊園地のマジックショーなどにでも使うのだろうか。
「これを着たら全くの別人になれるんだろうな」
彼の口から呟きが洩れる。言ってから、彼は女をたまらなく着てみたくなった。 どうせ使うものなのだし、一回ぐらいいいだろう。
彼は誰も入ってこないように入り口の鍵を閉め、クマの着ぐるみを脱ぎ捨てた。いざ穿こうとすると、服のせいで穿けないので仕方なく服も脱いでしまった。
思ったよりもすんなり着ることができた。
まるであつらえたのかのように、ぴったりとしている。素材もゴムなのか肌に隙間なく密着し、自分の肌のように感じられる。
目の部分も瞳がガラスになっており外もよく見える。試しに姿見に自身を映してみたら、そこにはまぎれもなく女がいた。
「やっと見つけた」
女の声が聞こえた。
その途端、彼の意識は遠のき、その場に倒れ込んだ。
しばらくして彼は意識を取り戻した。
頭を打ったのか、ぼんやりと辺りを見回している。
しかしそれも束の間、すぐに着ぐるみを着たままの状態で脱ぎ捨てた服を着ていく。
そして再び姿見の前に立ち、笑みを浮かべた。
「ようやく、中身が手に入ったわ」
彼の口から零れたのは、先ほど聞こえた女の声だった。
そして、彼女は彼の荷物を持ち、何事もなかったかのように部屋から去っていった。
部屋には、中身を失ったクマの着ぐるみが脱ぎ捨ててあるだけである。