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第八話 遭遇

 また、居なくなってしまった。

 せっかく戻ってきたと思っていたのに。

 由布子は、突っ伏していたテーブルから顔を上げた。

 室内は薄暗い。窓から入る明かりはカーテンに遮られ、半分も届かない。

 時計を見れば時刻は分かるのだろうが、今の由布子にそんな気力はなかった。

 息子が居なくなって、一体どれくらいたったのだろう。

 由布子の目の前には、いくつもの写真立てが置かれている。

 そのどれもが愛する息子と家族の写真だ。

「姉さん。また泣いているの?」

 不意に背後から声が聞こえた。

 緩慢な動作で振り返ると、青年が立っていた。

 随分綺麗な青年だ。

 彼は、誰だっけ。

「やだな姉さん。僕はあなたの弟でしょう」

 そう。そうだ、弟だ。

 由布子を心配して、実家からこちらへ出てきてくれた優しい子。

「あの子が返ってこないの。また私は、一人ぼっちよ」

「姉さん」

 青年は、由布子の元へ来るとそっと由布子を抱きしめた。

「大丈夫だよ。ほら、迎えに行こう。あの子を」

「見つかったの?」

 顔を上げる由布子に、弟は微笑んで見せた。

「さあ、行こう」

 弟は体を離して、由布子に手を差し伸べた。




 郁弥の身体に印が現れた以外は、特に何事もなく一週間が過ぎた。

 週明けの月曜日。放課後はすっかり日常になりつつある、斗真との見回りである。

 印が現れてから二日程は、びくびくしながら過ごしていたが、特になにも起こらないので、何だか拍子抜けしてしまった。体調も、印が現れる前と何ら変わりない。

 JEAに報告した際、注意するように月城には言われたが、このまま何も起こらないのではないかという気もしている。


 斗真に言わせればお気楽な奴ということになる。斗真にだけは言われたくないと思ったが、口には出さなかった。何せ、斗真はすぐ怒る。

「本当に何もねぇな。行方不明事件もすっかり音沙汰ねえし。お前の方もなぁ。周りに妖気なんて、感じねぇし」

 黙々と歩く郁弥に、斗真が話しかける。

「つうか、肝心の呪った相手の姿形、何一つ憶えてねぇとかどうなんだよ」

郁弥の返答を待たず、話続けるのもいつものこと。女子に硬派といわれる彼は、案外お喋りだ。

「うるさいな。仕方がないだろう。まだ六歳だったし。なんかもう心底怖かったし。普通に人間ぽかったのは憶えてるよ。あと、名前もこの間思い出したし」

「ハルって名乗ったんだっけ? つうか、何で呪われたんだっけ。そもそも」

 そこを突っ込まないでほしかった。

「それも、あんまり、憶えてないんだよね」

「マジか……」

 会話しながらも、斗真が辺りの気配を探っていることは分かる。郁弥もまた、同様だからだ。

「妖怪を捕まえたんだよ。見たことない? これくらいのボール見たいな白い毛むくじゃらの妖怪。ちなみに、目は一つ」

 斗真は考えるように口元に手をやって、ないと答えた。

「あの頃、よく見かけてさ。虫取り網で捕まえたんだよね」

「つうか、虫取り網って……お前、怖い物知らずだな」

 呆れたように言われて、郁弥は頷いた。

「うん。今思うとそうだよね。たぶん。あれを捕まえたのがそもそもの原因なんだと思う。でも、その辺が曖昧でさ。捕まえたあと、声をかけられたのは憶えてるんだけど」

 そのあと、どういう経緯があったのか。郁弥は憶えていない。捕まえた毛むくじゃらの妖怪がどこへ行ったのかも。

「俺、倒れてるとこ発見されてさ。ちょうど、子どもが行方不明になった公園の近くだよ」

 倒れている所を近所の人に発見されて、病院へ運び込まれた。それから二週間は高熱にうなされた。

「へえ……」

 斗真は、郁弥の話に相槌を打ちつつ何かを考え込んでいるようだった。

 たまに、斗真はこういうところがある。人に話を振っておいて、聞いてるんだか聞いてないんだか。そういうところが、俺様というかなんというか。

 郁弥は溜息を吐いた。

 絶対、斗真はB型だ。

 郁弥は自分もB型であることは棚に上げて思うのだった。




 ここ最近、毎日のように通っている公園についた。ここでベンチに座って、十分程休憩するのが、ある意味決まり事のようになっている。

 今も二人並んで、ベンチに腰かけていた。

 遊具で小学生が遊んでいる。

 ブランコをこいで、靴を飛ばす遊びをしているようだ。

 砂場では、幼児が小さなバケツを取り合いして、負けた方が泣いていた。勝ったのは女の子で、負けたのは男の子のようだ。話に夢中になっていた母親らしき人たちが、慌てたように子供に駆け寄っていくのが見える。

「女は強しってとこか」

 どうやら斗真も砂場の攻防を目撃していたらしい。

「だね。女の子は強いよ。適う気がしない」

「お前が言うと、説得力あるな」

「うるさいよ」

 いつものようにやり取りをしていると、喉が渇いてきた。

 二人まるで示し合わせたかのように拳を出し合い、声を上げた。

「じゃんけん……」

 グーとパー。

 郁弥はさっと立ち上がった。

 行ってらっしゃいと手を振る斗真を無視して、踵を返す。

 今日も負けた。この公園のすぐ横に、パンや駄菓子を扱う店がある。そこへじゃんけんに負けた方が、ジュースを買いに行くのもいつものパターンだ。


 公園を出て、左に曲がるとすぐに目的の店がある。郁弥は店の前に置いてある自販機でスポーツドリンクを二本かって、公園の入口に来たところだった。

 ふと気になって、横を向いた。先ほど、郁弥が行った店とは逆の方向だ。数メートル先に、二人の親子連れが見えた。三十代くらいの女性と、十歳前後の男の子だ。

 男の子は、女に手を引かれ、こちらに向かってくる。

 一見普通の女に見える。

 だが、何かが引っかかった。

 女は楽しそうだ。随分と痩せている。頬がこけ、半そでから覗く腕はまるで棒切れのよう。

 楽しそうな女に対して、子どもはただ前方に目をすえ、黙々と歩いている。母親の話など全く聞いていないように見える。

 親子は、郁弥が立ち尽くしている横を通り過ぎた。そのまま、振り返って、じっと目で追う。どんどんと遠ざかっていく二人の背中。

「あのっ」

 郁弥は慌てて、二人の背を追い、親子に声をかけた。

 女は立ち止まって、振り向いた。

 親子と郁弥の距離は、一メートルくらいか。

 郁弥は女と子どもを見比べ、問うた。

「その子、貴女の子どもですか?」

 女は眉を寄せた。子供の手を掴んでいる指に力が籠められるのを目に捉えた。

「その子、あなたの子じゃ、ないんじゃないですか」

 もう一度聞いた途端。

 女の目がカッと見開かれた。


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