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第七話 見回り

 相も変わらず、曇り空だった。

 だが、朝よりは幾分空が明るく感じる。どことなく、幸先が良いような気がして、傍らを歩く石塚に目をやった。

 女子が騒ぐだけあって、黙っているとカッコいい。黙っていれば。そう、黙っていればである。

「何じろじろ見てんだよ」

 なぜ、こうも絡んでくるのか。

 郁弥は首を横に振って、前方に視線を戻した。今は、学校からバツ印の付いていた裏道を通って、行方不明者の出た公園の方へ向かっている。

 できるだけ、大通りを避け、閑散とした細い道路を歩いている。

 犯人がいると仮定して、目撃者がいないということは、人目につかない路地を通っている可能性が高いと思われたからだ。

 今の所、特に異変は感じられなかった。

「別に。君がモテるのは、黙ってるからなんだなぁって、再認識してただけ」

「ああ? 嫌味か。俺は今までの人生でモテたことなんて一度もねぇよ! いつもハーレム作ってるお前と違ってな!」

 怒鳴るように言って、鼻息荒く歩く速度を上げた。

 郁弥は驚きつつも、足を速め斗真に追いついた。

「ちょっと待って、それ、本気で言ってんの?」

「ああ? 当たり前だろうが。お前、俺が女子に囲まれたとこ見たことあるか? むしろ嫌われてるじゃん。女子たち、いつも俺のこと遠巻きに見やがって」

 斗真が鼻息荒く足を止めた。郁弥も立ち止まり、呆然と整った斗真の顔を見つめる。

 思い込みとはすごいものだ。女子が遠巻きに見ているのは、目の保養だとクラスの誰かが言っていた。女子たちのあのハートマークな視線に気付かないとは驚きである。

 そもそも、女子が話かけないのは、郁弥と違い、斗真がいつも不機嫌そうにしていて、とっつきにくいからだ。自分からにこやかに話しかけさえすれば、モテ期到来間違いなしだろう。

 それを、嫌われていると思い込んだ挙句、僕に嫉妬するなんて……

「石塚ってバカだったんだな」

 斗真の顔が引きつった。あ、心の声漏れた。と、思った時にはもう遅い。

「ああ? テメェもう一回言ってみろ」

 睨みつけられて、郁弥はびくっと身体を震わせて、一歩後退った。その分、斗真が間合いを詰めてくる。

「つうか、何で結論がバカなんだよ。人の悩みを何だと思ってんだ」

 郁弥は首を傾げた。

「え? 今のって悩みだったの? 女の子にモテないのが?」

 斗真は押し黙って、顔を横に背けた。

 うっすら頬が赤くなっている。

 うわぁ。これ、本気なんだ。と、始めてみる斗真の反応に、郁弥は確信を深めた。

「青春だね」

 郁弥はどうやら、突いてはいけないところを突いてしまったらしい。

 恨みがましい目で睨まれてしまい、笑ってごまかすしかなかった。

 気まずい。誰か助けて。

 と、思ってもここは本当に人がいない。家々の塀に囲まれた場所で、猫の子一匹見当たらない。

 どの家も留守、という訳ではないのだろう。その証拠に、どこからか、味噌汁の匂いが漂ってくる。

 その匂いに誘われて、顔を横に向けた時だった。


――ドクンっ


 郁弥は胸を押さえた。

 

――ドクンっ


 胸が痛い。熱い。

 苦しい。


 でも、分かる。

 呼んでいる。


 彼が。

 ハルが呼んでいる。




「ぃ……おい、おい早坂!」

 肩を揺さぶられる衝撃で、郁弥は我に返った。

 郁弥の肩を痛いほど掴んでいるのは、斗真だった。

 先ほどまで頬を赤らめていた斗真は、今は真剣な面持ちを郁弥に向けている。

 郁弥は血の気のない顔で、怯えた目を斗真に向けた。

「今、呼ばれた」

「誰に」

 短い問いに、唾を呑み込んでから答えた。

「ハルに……」

 そう、思いだした。

 郁弥を呪ったのは、ハルという名の妖怪だ。

「ハルって誰だよ。つうか、声なんて聞こえな……って、何やってんだ!」

 斗真が声を上げたのは、郁弥がいきなり服を脱ぎだしたからである。

「こんな所で、ストリップでも始める気か?」

 シャツを脱いで、斗真へ向かって放り、そのまま中に着ていたタンクトップも脱ぐ。

 上半身裸になった郁弥は、自分の胸元を見つめた。

 先ほど、急激に痛くなった場所である。

 そこに、痣のようなものができていた。何か花の文様のような形をしている。

「印か……」

 呟いたのは、放られた郁弥のシャツを器用に受け取った斗真である。印とは、妖魔に目を付けられた者に、時折現れるもので、たいていは痣のように身体に浮き上がってくる。

「こんな印、今までなかったのに……」

 これを付けられた者は妖魔の餌食になる。

 そう教えられたのはいつだっただろうか。

 一度印を付けられると、そう簡単には逃げることができない。

 きっともう、ハルに自分の居場所はばれているのだろう。

 すぐ近くにいるのかもしれない。

 死へのカウントダウンは残りわずかということか。

「んな、今にも死にそうな顔すんなよ」

 胸元を凝視していた郁弥は、声に顔を上げた。斗真と目が合うと、彼は郁弥のシャツを無言で差し出してきた。

 慌てて、タンクトップを着て、シャツを受け取って羽織った。

「いざとなったら、俺が助けてやるよ」

 真面目な表情で男前な台詞を吐く斗真は、女子が騒ぐのもうなずけるほど、確かにカッコいい。

「何で? 君は関係ないのに」

 そう言ったとたん、斗真は眉を顰めた。一気にいつもの不機嫌な表情に戻る。

「関係はねぇことねぇだろ。成り行きとはいえ、関わっちまったし。今は、一応仕事上のパートナーだからな。お前と一緒にいることを選んだからには、しっかり巻き込まれてやるよ」

 言い方は偉そうだが、もしかすると彼は最初からこういう事態も想定していたのではないか。郁弥が呪いをかけた相手に襲われそうになった時に、助けることができるように。だからこそ、加瀬谷の依頼を引き受けたのではないか。

 案外いい奴なのかも。そんな思いで見つめていると、斗真は行くぞと歩き出した。

 郁弥も慌てて歩みを再開する。

「お前に呪いかけた奴退治したら、特別報酬もらえるかもしれないしな」

 傍らにきた郁弥に、笑いかける斗真。

 郁弥の目が厳しくなったことに気付かず、報酬いくらぐらいもらえるかな。と、斗真は上機嫌だ。

 いい奴なのかも、って思って損した。

 斗真の頭の中は金のことでいっぱいだ。



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