第五話 依頼
チョコレートパフェを食べ終えた郁弥達の前に、加瀬谷は数枚の写真を置いた。
全部で四枚。どれも、子どもの写真だ。年齢でいうと十歳前後くらいだろうか。
いぶかしげに、写真を見る二人に加瀬谷は言った。
「つい先日行方不明になった子達だ」
図らずも同じタイミングで、郁弥と石塚は顔を上げた。訝し気な視線を受けたまま加瀬谷は続ける。
「正確には、行方不明だった。だな」
「てことは、見つかってるんですか」
加瀬谷が頷いたので、郁弥はほっと胸をなでおろす。
その横で、斗真の眉間には深い縦皺が刻まれた。
「だいたい、居なくなって二日か三日で見つかってる。そして、この子達全員が、居なくなっていた間の記憶がないんだ」
「記憶喪失ですか?」
「そう言ってしまってもいいかもしれないな」
郁弥の問いに加瀬谷が頷いた。
「で、それが俺たちを呼んだ理由? そんなの俺たちに関係ねぇだろ。犯人捕まえるのなんて、警察の仕事だろ」
加瀬谷は、つっかかる斗真に小馬鹿にした笑いを返した。
即座に、臨戦態勢に入った斗真が口を開くよりも早く、加瀬谷が言った。
「俺は犯人を捕まえてほしいなんて一言も言ってないぞ」
今度はにっこりと笑顔で斗真を見る。
またもや、口を開いた斗真が喋りだす前に、加瀬谷が斗真の名を呼ぶ。
「斗真、そうかっかするな。話は最後まで聞け」
大人の余裕を醸し出す加瀬谷に、斗真は苦虫を噛み潰した顔で、そっぽを向いて、テーブルに頬杖をつく。
二人に忙しない視線を送っていた郁弥は、ようやく口をはさむタイミングを見つけた。
まったく。気まずい雰囲気を作るのは、勘弁してほしい。
「あの、加瀬谷さん。結局僕らは何で呼ばれたんですか」
加瀬谷の気を引くことに成功した。
今度は郁弥に向かって、加瀬谷がにこっと笑った。反射的に郁弥も笑顔を返すが、どうにも引きつり笑いになった。
「この子達が居なくなったとされる場所は、君たちの学校のすぐ近くなんだ」
加瀬谷は背広の内ポケットから、折りたたんだ紙を取り出した。広げたい紙の大きさはA三サイズ程だ。それは確かに郁弥達の通う高校周辺の地図だった。学校名や近所のお店の名前も載っている。どうやら、インターネットの地図を印刷した物のようだ。
加瀬谷はテーブルの上に広げた地図に、またもや内ポケットから取り出した赤ペンで、合計四つのバツ印を描いた。
一つは、学校から六百メートル程北に離れた公園。その付近の路地にもう一つのバツ印。そして、そこから西へ九百メートル程離れた細い路地に一つ。さらに、郁弥達の通う学校の裏の道にも一つのバツ印が付けられている。
「どれもGPSが途切れた場所らしい」
「へぇ。本当に近くだ。半径一キロに全部入ってる。でも、そんな誘拐……って言っていいのかな。失踪? 小学生が? えっと……」
うまい言葉が浮かばずに焦る郁弥の横で、そっぽを向いていた斗真が振り返って郁弥に怒鳴る。
「んなもん、何だっていいじゃねぇかよ!」
びくっと肩を震わせた郁弥を見て、斗真が舌打ちする。それにも肩を震わせてしまう。
加瀬谷は、郁弥と斗真を見て一瞬苦笑の色を浮かべた。そして、すぐに真面目な表情で、斗真を見据えた。
「斗真。声が大きい。ここが店の中だってこと忘れるな」
もっともな説教を受け、斗真は眉を寄せると、ちっと舌打ちをする。
「本当に怒りっぽいな。カルシウム足りてないんじゃないか?」
大きく口を開け、息を吸った斗真に向かって、加瀬谷は唇の前に人差し指を立てて見せた。
今にも怒鳴りつけようとしていたのだろう斗真は、さらに顔をしかめて、何も言わず息を吐き出した。不貞腐れた様子で、またもやそっぽを向く。
「えっと、加瀬谷さん。それで?」
斗真を横目で気にしつつ問うと、加瀬谷は何事もなかったかのように話を再開させた。
「この子達が居なくなった原因は今、警察が調べてるんだが、まだ何も分かっていない。目撃証言も何もないしな」
「どこも、人通りの少ない細い道ですもんね」
郁弥の言葉に加瀬谷が頷いた。郁弥の家も学校の近所なので、この辺りの地理には明るい。
「知り合いの警官の中に勘の鋭い奴がいてね。たまたま行方不明になった子どもを保護したのがそいつだったんだが、そいつが気になることを言っていたんだ」
そっぽを向いていたはずの斗真が、話に興味を持ったのか、視線を加瀬谷に向けた。
郁弥も加瀬谷をじっと見つめて、言葉を待つ。
「あの子は人ではないものに捕らわれていたのではないかってね」
数秒の沈黙の後、一番に口を開いたのは、郁弥だった。
「それって、妖怪とか、幽霊とかそういう……」
「まさか!」
郁弥の言葉を途中で遮ったのは、斗真だ。
「学校の近所で、悪意を持った妖怪が能力使えば俺が気づく。やっぱ犯人は人間だろう」
確かに郁弥も学校の近所で人に悪意をなすような妖魔の類の気配を感じたことは一度もなかった。
「この子達が攫われたのはいずれも夜。君たちが学校にいない時間帯だ」
「何でガキが夜に出歩いてんだよ」
悪態をつく斗真に、律儀にも加瀬谷が答えた。
「皆塾の帰りだそうだよ」
「で、結局どうしろってんだよ」
斗真が気短に声を荒げる。
「君たちに学校周辺の見回りをしてもらいたい」
「ああ?」
「いつまでですか?」
「そうだな。とりあえず今月いっぱい。放課後から、夜の八時まで。報酬はいつもの通りで」
つまりは、時給八百五十円か。そして、今月いっぱいということは、残り二週間弱。
郁弥はちらと斗真を見た。
彼は不機嫌な顔のまま、加瀬谷を不審な目で見ている。
「何で、俺とこいつなんだよ。他にも暇な奴いんだろ。それとも、なんか企んでんのか」
「企んでるなんて人聞きの悪い。君たち適任じゃないか。場所は君たちの学校の周辺。と、いうことはだ。現場までの交通費は必要ない!」
ぐっと、胸の前で拳を握って力説する加瀬谷。
彼に呆れた目を向ける学生二人になどお構いなく、加瀬谷は続ける。
「君たちが同じ学校だと知って、これはラッキー……いや、天の采配だと思ったね。なんせ、最近は経費削減ってうるさいからさ。こんな、本当に魑魅魍魎が関わっているのかどうか分からない案件を、祓い屋に斡旋するわけにもいかないしね。かといって、フリーの祓い屋に頼むと高い。その点、君たちは、安い! 今それぞれフリーだし、ちょうどいいじゃないか」
何がちょうどいい物か。それに、思いっきりコケにされている気がする。まして、郁弥は、パートナーを決める見合いで、石塚に断られた身である。それを、断られた翌日に、いきなり組めなどと。お互いに気まずいにもほどがある。
それに、石塚はもう、郁弥が呪われた身体だと知ってしまっている。
嫌だと言うに決まっている。
そう考えると気持ちが沈んでいき、郁弥は面を伏せた。
「ちっ。しょうがねぇな。ちゃんと報酬払えよ。何もなくても」
予想外に斗真が加瀬谷の依頼を受けたことに驚き、穴が開くほど隣に座る男を見つめる。
「何見てんだよ。文句あんのか、コラ」
郁弥の無遠慮な視線に気づいて、斗真がなぜか威嚇してくる。
郁弥は何でもないと、頭を振った。
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