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第十一話 よみがえる記憶

 じっと青年を見つめていたからか。

 彼は、ゆっくりと郁弥を振り返った。

 そして、なぜか首を傾げる。

「あれ? 君。もしかして、イクミ?」

 郁弥は唾を呑み込もうとしたが、できなかった。口の中がからからに乾いている。

「イクミでしょ? 随分大きくなってるんだね。君の年齢なら、まだあの子くらいでしょ」

 美しい青年は、郁弥の後ろに寝かされている子どもを指さした。

 郁弥は、振り返ることもできず、ただ、近づいてくる青年を見つめ続けた。

 本当は逃げたい。

 怖い。

 何故かは分からないが、怖いのだ。

「だって、ほら」

 青年はこちらに向かいながら、手を上げた。

 その途端、郁弥の胸に鋭い痛みが走った。

 激痛に、郁弥はうめき声を上げた。

「イク、逃げろ……」

 妖気をまともにくらったせいだろう。

 斗真は地面に伏したまま、顔だけをあげ、弱々しい声を上げた。

「逃げろ、イク……」

 斗真の声は届いていた。届いていたが、身動きできない程の激痛に、胸を押さえることしかできない。

「ほら、僕の印がある」

 楽し気な声が目の前から上がった。

 顔を上げた郁弥の目に映った顔を見て、かつての記憶がよみがえってきた。

「ハ、ハル……」

 名を呼ぶと、青年は嬉しそうな笑顔を見せた。そして、震える郁弥の頭に手を置いて、撫でる。

「よく出来ました。それにしても、人間というのは成長が早いね。せっかく子どもを物色していたのに、こんなに大きくなっていたとは、予想外だったよ」

 郁弥は目を見張った。

「あ、あんたは、僕を捜していたのか?」

「迎えに来るといったろう。この辺から気配はするのに、どうにも位置がつかめなかったから、彼女に協力してもらったんだ」

 そういって、郁弥の頭の上から手を離し、青年、ハルは振り返った。

 横たわる女を見て肩を竦め、また郁弥に向き直る。

「残念だけど、彼女はもう使えないな。限界に近づいてはいたから、そろそろ潮時だとも思っていたけど。君たちが払ったんだね」

 郁弥は、ハルを見返す。

「ハルが、彼女に闇を植え付けた?」

 郁弥の掠れた声を聞いて、ハルは一拍の間を置き答えた。

「いいや。僕が会った時には、彼女は闇を飼っていた。まあ、それに少し手を加えたけどね」

 ハルはそこで一旦言葉を切って、郁弥を足から頭の先まで舐めるように見回した。

「うーん。残念。全然育ってないじゃないか、僕の妖気。イクミ、ずっと抑え込んでいたんだね。印を発動しても、分からないはずだ」

 郁弥はやっとの思いで、一歩後退る。

 身体の震えは収まらず、足が竦んでこれ以上動ける気がしない。

「いらないなら、返してよ」




――ねえ、返してよ。

 

 郁弥の脳裏に、かつて言われた言葉がよみがえった。

 郁弥は確かに、ハルと初めて会った時に、そう声をかけられたのだ。


――僕はハル。君の持っているそれは、僕の目玉なんだ。


 郁弥の持っている一つ目の毛玉を指さして、彼は言ったのだ。

 返してと。

 捕まえたのは自分だから嫌だと駄々をこねた郁弥に、彼は困った顔をした。


――じゃあ、変わりに僕の力を少し分けてあげる。


 そう言って、ハルは郁弥の手から毛玉を取り上げて、逆の手を郁弥の胸に当てた。


 そして……




「ねぇ、聞いてる?」

 目の前の男が首を傾げた。その声に我に返る。

 ハルは、十年前と何ら変わらない美しい顔をしていた。少しも老けた様子がない。

 まじまじと見つめすぎたせいか、どうしたの? と、ハルが聞いた。

 郁弥はハルを見つめ続けた。胸を押さえていた右手の上に、震えを押さえるように左手を置いた。

「熨斗つけてお返しするよ」

 そう言った声も震えた。

 だが、ハルには確実に聞こえたようだ。彼は満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ、遠慮なく」

 ハルは、胸の上に置かれた郁弥の手を難なく退けさせると、十年前と同じように郁弥の胸に手を当てた。

 胸に刻まれた印がうずく。

「イク!」

 斗真が叫ぶように名を呼んだ。

 それと同時に、ハルが動いた。

 彼は振り向かず、胸に置いた右手はそのままに、左手だけを後方へ向けた。

 その手に吸い寄せられるように、飛んで来たのは、光球。

 斗真の霊力の塊だった。

 光球はハルにあたって、爆発するかと思われた。

 しかしハルは飛んで来た光球無造作に手でつかんだのだ。そして、そのまま光球を握りつぶす。

 息を飲んだ郁弥に、ハルは笑いかけた。

「君は知ってるよね。僕の目は二つじゃないって」

 ぐっと、胸に置かれた手に力が込められたのが分かった。

「うあっ」

 口から声が漏れた。

 苦しい、息ができない。

 郁弥の目に、信じられない光景が映った。

 ハルの手が、郁弥の胸にどんどんと吸い込まれていくのだ。

 指が、手首が、そこから先が、どんどんと、奥まで。

「うっ、くっ」

 傷みより圧迫感が勝った。

 そうだ。これだったのだ。

 郁弥が記憶をなくす程恐ろしかったのは、ハルの腕が自分の胸に吸い込まれていく、この光景。

 郁弥の中で、何かが引きちぎれる音がした。

 刹那。

 郁弥の視界はまばゆい光に包まれた。

 音の正体が、郁弥が無意識に体内の妖気を包むようにして張っていた、結界の壊れる音だと気づく前に、郁弥は意識を手放していた。




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