プロローグ
この作品は伽砂杜様主催『お菓子&お返し企画』参加作品です。
女は支度をする。
帰ってきた息子の好物を作っているのだ。
あの子が好きなのは、ハンバーグ。
デミグラスソースより、トマトケチャップをかける方が好き。
付け合わせはポテトフライと人参のソテー。
喜んでくれるかしら。
女はキッチンから背後を振り返る。
リビングにいる息子は、大人しく座っている。
だが、どうしてだろう。
違和感がある。
いつもなら、お腹がすいたと騒いでいるのに。
椅子に座って、じっとしている息子は、まるで人形のようだ。
魂をどこかに置き忘れてしまったかのような無表情な顔を見つめているうちに、フライパンから焦げ臭いにおいがたちのぼった。
女は、フライパンから手を離した。
食卓に無表情に座る息子の元へ行く。
子どもの前に来てじっと見ているうちに、子どもの顔が歪んで見えた。
違う。
違う、違う!
この子じゃない。
私の子じゃない。
あなたは誰!
どうしてここにいるの!
女がどんなに叫んでも、子どもは身動き一つしない。
「姉さん。どうしたの、もうやめよう」
突如、誰かがリビングに入ってきた。
若い、綺麗な顔をした男だった。
彼は、すぐにフライパンが焦げていることに気付いたのだろう。火を止めてくると、泣き叫ぶ女を抱きしめた。
「あなた、誰?」
綺麗な男は言う。
「嫌だな、忘れたの姉さん。僕は、あなたの弟だよ」
「そう、弟。そうね。ええ、そうだった。何で忘れてたのかしら」
男は悲しそうに笑った。
「姉さんは疲れているんだよ」
「ねえ、この子誰? 私の子じゃない」
子どもを指さし訴えると、弟はうなずいた。
「そうだね。僕もそう思うよ」
「どうしてここにいるの?」
「さあ、どうしてだろうね」
姉弟はそろって、食卓に座る子どもを見る。
彼は、ただじっと正面に顔を向けていた。
それこそ、人形のように。