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一 発見

 始まりは去年の四月、俺が新入生だった頃のことだ。

 そもそもの原因は俺の趣味だった。それは、周囲に誰もいない場所で一人寂しく暇潰しをするということだ。

 いや、寂しくというのは取り消す。少なくとも彼女と会うまでは寂しさを感じてなどいなかった。


 俺がそんな場所を求めた理由はとても単純だ。ここに入学したての一年生だった頃、朝のホームルームが始まるまでの時間を教室で過ごす根性がなかったのだ。

 決してクラスの雰囲気が悪いというわけではない。むしろ正反対で、仲良しグループがいくつもあって当人同士でしか通じない楽しげなお喋りをしている。

 昨日のドラマを見たとか、先週出たゲームのクリア後に出てくる隠し要素とか、爽やかイケメンの先輩と目が合ったとか、シュクダイウツサセテという呪文とか。


 和気藹々とした空間。俺にとっては居心地が悪くて仕方なかった。

 なんでこいつらは周囲の目を気にせずギャーギャー騒げるんだ。神経を疑いたくなる。奴らの辞書には静寂という言葉はないのだろうか。

 俺はそんな教室の片隅で寝たふりをして、時間が過ぎるのを必死に耐えている人種なのだ。

 だから、誰もいない場所で音楽でも聞きながら読書をして安らぎの時を過ごせたなら……と常日頃から思っていた。


 そんな場所を見つけるまでには、それなりの苦労があった。

 あいにく俺は校内穴場ポイントを代々継承してくれるようなコネクションを持ち合わせていなかったので、自力で探し当てる必要があったのだ。


 ちなみに「ホームルームまでの時間が苦なら、もっと時間を遅らせて登校すればいい」という意見もあるだろうが、残念ながら却下だ。その理由は俺の通学事情にある。

 高校までは電車通学なのだが、時間が遅くなればなるほど朝のラッシュに巻き込まれて混雑具合が人知を超えるレベルにまで上がるため、半ば仕方なく俺は早い時間の登校を余儀なくされている。他にも通学路に他の生徒が歩いているだけで、なんだか訳もなく落ち着かなくなってしまう。

 慣れてみれば早朝の良さがわかる。道行く人だってそんなにいないし、ひんやりとした空気が一日の始まりを教えてくれる。早起きが苦でなければやってみるといい。


 そんな試行錯誤を済ませ、通学法を確立した頃には時間を持て余すようになった。

 話す相手もいないので、俺は無駄に校内を探索していた。住宅街のど真ん中に鎮座する四階建ての校舎はそれほど広くもなく、隅々まで回るのに長時間は必要ない。

 ここの校舎は細長い三角形をしており、校内に慣れない新入生が道に迷うことが多いらしい。

 俺は幸いにもそんなことにはならず、こうして校内を巡り歩いても前後不覚に陥ることはない。そもそも基本一本道で、複雑な枝分かれもないのに迷うって意味がわからない。真っ直ぐ歩けばいいだけの話だと思うのだが。


 ある日、俺は北側の階段が他と比べて影が薄いことに気付いた。

 他に南西と南東にも階段があるのだが、そちら側に学年教室がある関係で、登校してきた生徒たちのほとんどが下駄箱に近い南東の階段を使っている。

 ここは使える。俺の中にある鋭敏な探知機がそう叫んでいた。


 他の陰に隠れがちな北側の階段だが、なければそれはそれで困るほどには使われている。

 美術室やコンピューター室へ行く時にはたまに使われているし、生徒会室や進路指導室へ行くには好都合な位置にある。

 そんな綱渡り的な地位を確立しているその階段。通常時は三階から上へと続く道が封鎖されている。ここからは見えないが、その先には屋上への扉しかない。

 しかしこの扉が開かれることは基本的になく、南側の四階校舎にある扉が使われている。

 三角形の底辺にあたる部分が学年教室となっており、そこから「く」の字型になっている屋上へ出られるわけだ。文化祭や体育祭で大きなパネルを作る時に開放されていたのを覚えている。


 改めて階段に目を向ける。封鎖といっても大それたものではなく、申し訳程度にロープが張ってあるだけだ。

 周囲に誰もいないことを確認すると、警告を無視して乗り越えた。足音を立てないよう、薄暗い階段の上を目指す。


 扉の前には少し開けた踊り場があった。扉がお役御免なのをいいことに、物置のように使われているらしい。マジックで備品や書類などと書かれた段ボールがいくつか積み上げられている。

 それらがちょうど良い空間を作り出しており、気付けば俺はそこへ吸い寄せられていた。

 定期的に掃除をしているのか、それほど埃っぽくはなかった。段ボールに背中を預けてみると、これがなかなか侮れない。

 床は硬く冷たいが、静けさのおかげか心地良かった。誰の目を気にすることもなく、俺はだらしなく表情を崩してしまう。


 元々人があまり来ない階段。加えて通行止めのロープ。俺だけの場所ができあがった瞬間だった。

 本条高等学校に入学して一か月と少し。世間ではゴールデンウィークが終わって五月病が流行していた頃のことだ。


 そうして俺は、この薄暗い場所で一人の時間を過ごすことが多くなったわけだ。

 予想通り、この辺りに人は寄り付かないようだ。屋上を溜まり場にするような不良崩れがこの学校にいないことも好都合だった。

 誰に気兼ねすることもなく、何も考えずにだらけていられる場所。その熱中具合は半端ではなく、朝以外にも昼休みや放課後まで意味なくそこで時間を潰すようになった。


 そもそもの原因はそれだった。

 俺は朝だけこの場所にいればよかったのだ。そうしていれば、何事もなく平穏な毎日を卒業まで送れていたはずなのに。

 俺の安寧は一年しか続かなかった。

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