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十 二人(3)

 フードコートを出た後は、そのまま外へ向かおうと思ったのだが、なんとなく流れでデパートの中をうろつくことになった。

 ウィンドウショッピングってやつだが、普段そんなことをしない俺にとっては新鮮だった。


「あーっ、この新作出てたんだ。どうしよっかなあ」


 彼女は慣れているようで、軽い足取りで様々な売り場を渡り歩いていた。

 何を買うでもなく、並んだ商品を眺めては足を止め、手に取って気になる素振りを見せておきながら元に戻す。


「これはちょっと大胆過ぎるかなあ。ね、啓介くん?」

「……そ、そうですね」


 それはいいのだが、衣類コーナーまで行くとちょっとためらう。

 彼女の横を歩く俺は、売り場に並ぶ女性用下着に目のやり場を奪われて気まずさと戦うハメになるからだ。

 そして彼女に見抜かれて転がされる展開が待っている。


 そんなやり取りも屋内にいる間だけで、結局何も買わずに外へ出た。

 元々中で食後の運動がてら涼んで行こうという暗黙の了解で始めたウィンドウショッピングだった。

 そして襲い来る真夏の熱気。ついさっき通ったばかりの出入り口に逆戻りしたくなる。それでなくても涼しくて落ち着ける所に行きたい。


 あれ、予定ではこの後どうするつもりだったっけ。

 確か適当に歩いて目に付いたところへ入るとか考えてた気がする。


 なんて無謀な。

 こんなに激しい日光浴を続けていたら、日焼けでしばらく肌の痛みと戦わなければならない。

 俺はまだしも、彼女にそんな仕打ちを与えてしまったら何もかもが終了だ。


「あっついねーほんと。夏って感じがジンジン伝わってくる」


 彼女は日除けのように手を額に当て、両目を日光から保護している。

 語気は今のところは普通のように聞こえたが、いつストッパーが外れてもおかしくない。


 嫌な思いをさせてしまったら、すべてが終わる。


 とりあえずといった感じで歩き出すが、その間も俺は次の行動を模索し続けていた。

 歩幅を小さく抑えながら、周囲を見渡して藁にもすがる思いでヒントを探す。


 ふと前方に現れたのはカラオケボックスだった。

 そういえばこの店は、前に谷澤先輩と来て会員証を作っていたはずだ。メンバー特典で多少料金が安くなる仕組みで、団体で入ってもその中の一人が会員なら割引されるという親切設計だ。


「あー……暑いっすね。カラオケ入りませんか?」


 なんとまあ唐突な言葉だろう。

 他にうまい言い回しもあったと思うが、これが俺の全力だった。だって女性をカラオケに誘うとか初めてだし。


「うん、いいね! 歌っちゃおー」


 割とあっさりお許しが出たので、そのまま吸い込まれるようにカラオケの受付へと向かった。

 入口をくぐった途端に冷房の恩恵が体を包んでくれる。ああ、幸せ。


 膨大な部屋数を抱えているだけあって、休日であっても待ち時間なくフリータイムで入ることができた。

 しかし、指定された部屋は適度に狭かった。四人が収容限度といったところか。

 受付で渡されたマイクが入ったボックスを置いて腰を下ろす。徐々に冷房によって快適となっていく室温に安らぐ。


「ふーん、結構いい機種使ってるじゃない。あっ、あの曲入ってるかな」


 彼女ともなればカラオケはよく来るのだろう。

 勝手知ったる顔で室内の設備を見回し、リモコンを操作して新曲をチェックしている。


「飲み物取ってきます。何にしますか?」


 ここはドリンクバーとなっており、自由に飲み物を用意できる。

 オレンジジュースとメロンソーダをミックスすることも可能だ。カルピスとジンジャーエールも捨てがたい。


「ほんと? そうしたらウーロン茶、お願いしていい?」

「わかりました」


 扉を閉め、エレベーター近くにあるドリンクサーバーへ向かう。

 その途中、部屋の前を通過するたびに熱唱する様々な声が耳に届く。密閉空間のはずなのに、こうやってバッチリ外から聞かれるからカラオケって苦手なんだよな。

 防犯上の理由とかで色々と難しいのかもしれないが、完璧な防音設備を整えてほしい。


 器用に三つのコップを持つ男とすれ違う。

 見た感じ俺とそう歳は離れていないだろう。持つドリンクすべてが毒々しい色をしていることからも、それがよくわかる。

 彼はこの後部屋で待つ仲間たちとロシアンルーレットの真似事をして盛り上がるのだろう。


 俺も独自のミックスジュースを作ろうかと考えたが、彼女がそれを目にしてどう思うか想像したら却下せざるを得なかった。

 ああいうのは人目につかない場所でやるものだ。

 彼女に気を許していないとか、そういうことじゃない。ただ、少しでもいい格好をしたいという見栄のようなものだ。


 そうして俺は誰に対してなのかわからない言い訳を頭の中で繰り返しながら部屋へ戻った。

 その手に持つのはウーロン茶が入ったグラスが二つ。

 結局無難というか、彼女と同じ物にしてしまった。別に他意はないのだが、彼女はどう思うだろう。


「あ、おかえりー」

「はい、ウーロン茶です」

「ありがと! ねえねえ、何から歌う?」


 特に気にしている様子はない。喉が渇いていたのか、一口で半分ほど飲み干しながら言ってきた。

 とりあえず俺も軽く飲みながら選曲をどうするか考える。女性とカラオケなんて初めてだから、どうするべきかというテンプレートが浮かばない。


 色々と案を出してみよう。

 まず自分が歌える曲を考える。幸いにも踊り場で音楽鑑賞を続けていたおかげでレパートリーは多い方だ。

 ただし、それらが歌唱向きかと問われたら首を傾げたい。


 俺が好んで聴いているのは激しめの曲だ。従って転調や息継ぎの難しさはもちろん、シャウトやデスボイスなんてザラだ。

 そもそもああいうのはカラオケで歌うことなんて考慮に入れておらず、ライブで盛り上がるために作られたような曲だ。カラオケみたいなスカスカの機械演奏じゃ魅力もガタ落ちだ。


 さて、そうすると他の案が必要になってくる。

 一般的に女受けが良いとされるアイドルグループやシンガーソングライターのバラードとかが定番なんだろうが、あいにくそういうのは興味がないのでわからない。

 どこかの歌番組で聞き流したことはあるかもしれないが、そういうのはテレビ用に編集とカットをされている別物なので、カラオケでフルを歌おうとすると高確率でコケる。


「曲入れないの?」


 どうやら時間切れが迫っているようだ。

 こんなことなら、いくつかそれっぽい歌を見繕って覚えてくるべきだった。計画ばかりに固執して中身まで吟味し尽くせなかったのが悔やまれる。


「なら、先に歌っちゃうね」


 彼女が慣れた手つきでリモコンを操作している。どんな歌を選んだのか興味は尽きない。その内容によって、俺が取るべき道も変わってくるはずだ。

 画面に表示された曲の情報。これなら俺も知っている。最近名前が売れてきたアイドルが歌う人気のナンバーだ。様々な歌番組への出演を果たした出世曲でもある。


 口を開く彼女の動きが、やけにゆっくりと感じられる。

 そして、マイクを持った彼女の第一声。


 歌い出しを聞いた瞬間、その綺麗な歌声に魅了されてしまった。

 プロの歌唱力には及ばないかもしれないが、人前で歌うことに慣れている歌い方だ。

 俺がじっと見つめているのに、彼女は緊張の欠片さえ見せない。それどころか、俺の視線に気付いて流し目なんて送ってくる始末だ。


 結局、彼女が歌い終わるまで俺はその姿に釘付けだった。

 見つめすぎて失礼ではないかという勢いだったが、どうしても目線を外すことができなかった。普段の俺からは考えられない行動だった。


「ふう、こんなものかな」


 満足気に息をつき、彼女がマイクを置いた。

 次の曲を入れる余裕などなかったので、画面にはよくわからない三人組バンドが「自分たちの新曲が歌えます」とかいう宣伝をしている様子が映し出されていた。


「熱心に見てくれてたみたいだけど、もしかして聞き入ってた?」


 不審がっている様子はない。むしろ面白がって訊ねているという空気が強く感じられる。


「歌うの上手だなって思いまして」

「ありがと。お世辞でも嬉しいよ」


 本当のことなのに。

 女性の歌声なんて生で初めて聞いたから、その補正も少しはあるかもしれない。

 けれど、彼女の歌声は今も俺の耳に響いて離れない。


「啓介くんは何歌うの?」


 いつまでも余韻に浸っていたいところだが、当面の問題をなんとかしなくては。

 思考は振り出しに戻り、サイコロすら振れずに立ち往生している。


「えーっと、ちょっと待ってください」


 そうして時間稼ぎをしても、根本的な解決からはどんどん離れてしまう。

 前に谷澤先輩と来た時は、リモコンから履歴を検索して前の客がどんな選曲をしたのかを茶化し合っていた。

 もちろん今はそんなことをする場合ではない。


 操作画面とにらめっこが続く。

 なんとなく操作しては取り消すという繰り返し。


「そういえば、踊り場でよく音楽聞いてたよね」


 彼女から助け船の気配がする。


「啓介くんがよく聞く音楽、どんなのか知りたいな」

「えーっと、本気ですか?」

「もちろん! だから、歌ってよ。ね?」

「……わかりました」


 そこまで言われたら期待に応えるしかない。

 他に名案も浮かばないし、最近のマイブームであるヘビメタバンドの曲を送信する。

 歌詞とメロディーは完璧に暗記している。比較的歌いやすいのを選んだつもりだが、声が裏返ってコケる可能性も否定できない。


 そうこうしているうちにイントロが始まっていた。

 その薄っぺらい伴奏に急かされてマイクを持つ。彼女は期待に満ちた眼差しを向けている。

 ええい、俺の散り様とくと見よ!






「いやー、楽しかったあ」


 フリータイムの限界時間まで居座ったおかげで、外はもう日が傾き始めていた。

 夏が半分顔を出しているだけあって夕方とは程遠いが、いくらか気温が下がって過ごしやすくなっているような気がする。


「いっぱい歌ったから疲れましたね」

「喉大丈夫? あんなに熱唱してたけど」

「平気です。ほら、もう普通に喋れてますから」


 一曲歌い終えて彼女の称賛を得ると、照れや恥は徐々に消えていった。

 歌い方を褒められて調子に乗った俺は、更に激しめの曲を入れていった。

 彼女はそのたびにノリよく応えてくれて、俺も彼女の歌声に聞き惚れていた。


 テンションの上昇というのは恐ろしいもので、二人で熱唱する姿を携帯の写真に収めてしまった。さすがに彼女からの提案だったが、俺も自然に応じることができた。

 こうして色々と無茶をした結果最後の方には声が掠れ始めたものの、これくらいならすぐ元に戻るだろう。彼女も喜んでくれたようだし、ノリノリで歌った甲斐もあるってもんだ。


「もうこんな時間。どうしよっか」


 立ち止まっていると邪魔になるので、あてもなくゆっくりと歩きながら彼女が言った。

 俺の計画では、この後に続く展開は解散か夕食のどちらかだ。彼女は俺の考えを待っているようで、余裕たっぷりの視線を外してはくれない。


 それなら言うしかない。きっと彼女なら悪いようにはしない。


「ちょっと早いけど、ご飯でも行きませんか?」

「そだね。早い時間の方がお店もすぐ入れるだろうし」


 あっさりと返ってくる了承の声。

 やはり、これは明らかに最初からそのつもりだったのだろう。


 あくまでも俺に言わせて主導権を握らせたがっているのでは、というのは誇大妄想だろうか。

 今まで彼女が俺の意見に反対したことがあったか考えてみたが、これといって浮かばなかった。

 俺が無理なことを言っていないというのもあるだろうが、少なくとも受け入れてはもらえているらしい。


「で、どこに行くかは決まってるのかな?」


 またしても俺を試すような視線。

 当然いくつかの目星はつけている。ファミレスとかファーストフードでもなく、一応それっぽい雰囲気であることも考慮に入っている。

 加えて経済事情という極めて重要なキーワードを入れると該当件数がガタ落ちなのだが、そこは多少無理を通してもやむを得ないだろうと妥協することにした。


「こっちの方にいいお店が集まってる場所があるんですよ」


 進路を変えて、目的の場所へと足を向けた。

 大通りに近いこの道は人が多くて騒がしいが、曲がり角を抜けて行けばそれも収まってくる。歩く人々の様子もどこか落ち着いていて、選ばれた者であるかのように見える。


 目印の服屋がある角を曲がり、すぐ右にあるビルを見上げる。


「ここの三階です」


 目指す店は夜なのでアルコールも提供しているが、どちらかといえば雰囲気のあるレストランと言える。

 もちろん俺は酒なんて飲める年齢ではないので関係ないが、店の空気くらいは考慮しないとダメだろう。

 初めて来たのだが、ネットでの評判も上々だった。

 きっと彼女も気にいるだろうと思ったのだが……なぜか立ち止まったまま動かない。


「どうしたんですか?」


 何か気付かないうちにやらかしてしまったのだろうか。不安になって訊ねてみた。


「へえ、ここを選ぶなんて……啓介くん、なかなかやるじゃない」


 彼女の意味深な呟き。意図がわからずに首を傾げていると、彼女は解答を示してくれる。


「ここ、前に来たことあるんだ。ちょうどまた来たいなーって思ってたところなの」

「すごい偶然ですね」

「もしかして、啓介くんって心が読めちゃったりする人?」

「まさか。超能力者じゃないんですから」


 他愛もないことを話し合いながら、エレベーターで店へと向かう。

 ドアが開くとすぐに店員が近寄ってきて、人数の確認と席への案内をしてくれた。この店に行くか不確定だったので予約はしなかったのだが、こうして入れたことだし結果オーライだ。


「ここ、料理がどれもおいしいんだよ。特におすすめなのがパスタでさ」


 まさに彼女のホームグラウンドといった様子だった。メニューを指差しながら、量や味について語っている。

 俺も事前にある程度調べていたのだが、そんな付け焼き刃は彼女の前では意味を成さなかった。


 おかげで滞りなく注文が済み、改めて店内を見渡す余裕ができた。

 間接照明の店内は程よく薄暗い。流れる静かな音楽はクラシックの類だろうか。既に料理を楽しんでいる他の客は、会話こそしているが声量は低く抑えている。

 まさに、落ち着いた雰囲気をそのまま体現したような店内だった。


「いいところだよね、ここ。ムードもたっぷりだし」


 その言葉に、ふと嫌な予感がよぎる。彼女がこの店を知った理由は一体。


「前に来たのっていつ頃なんですか?」

「去年の終わりくらいかな。昔から知ってる先輩に誘われてね」


 年末といえばサンタクロースが一躍有名になる季節だ。

 そして、昔からの知り合いという関係。


 幼馴染という単語が即座に浮かび、名も知らぬ男の顔を勝手に想像してしまう。

 恋人達が浮かれ騒ぎをしている日に、こんな雰囲気の店で語り合うことといったら一つしかないだろう。

 夜九時から午前三時までの六時間はなんて名前がついてたっけ。


「啓介くん、どうしたの?」

「……いえ、なんでも」


 どうやら顔に出てしまったらしい。

 慌てて取り繕うが、もう遅かった。新たな餌を見付けた彼女は遠慮なく食いついてくる。


「もしかして、変なこと考えちゃってない? 私が誰とこの店に来たのかなー、とか」


 いとも簡単に図星を突いてくる彼女の方こそ、実は人の心が読めるのではないかと思う。

 無言を肯定と受け取ったのか、彼女は小さく吹き出してから続けた。


「ふふっ、先輩は女の人だよ。変な意味なんてなくて、いいお店見付けたから行こうよって誘ってきたの。他にもメンバーがいたし、本当にただ食事しただけだよ」


 拍子抜けするような答えに安堵する自分がいて、数秒遅れてその事実に混乱した。

 彼女に男の影がないということがわかって安心するなんて、いくらなんでもあからさま過ぎないだろうか。


 これでは、あなたを狙ってますと言っているようなものだ。

 鋭い彼女のことだから、それも見逃すことなく察知していることだろう。


「啓介くんは、このお店どうやって見付けたの?」

「ネットで調べたら出てきました」


 これくらいは別に隠すようなことでもないだろう。

 ただし「下野 デート 夕食 おすすめ」という検索に使った言葉は身も蓋もないので明かせないが。


「結構有名なお店みたいだもんね。口コミで来る人もいるみたいだよ」

「それなのに値段は良心的ですよね」

「それが人気の秘訣なんじゃないかな」


 そうこうしているうちに、注文した料理が運ばれてきた。

 パスタがおすすめという意見に従い、俺は無難そうなカルボナーラを頼んでいた。一方の彼女は、ナントカ風ペスカトーレとかいう豪勢っぽいのを頼んでいた。

 なんだか通って感じがする。


 飲み物は一緒にシャレたスパークリングワインをつけておいた。

 もちろんノンアルコールで未成年の俺でも飲めるやつだけど、雰囲気作りにはなるだろう。俺も早く酒が飲める年齢になりたいものだ。


「じゃ、何に乾杯しようか」


 互いのグラスに透き通った液体を注ぎ終え、またしても彼女が俺を試しにかかってきた。


「では……今日という日に、なんてどうですか」

「いいねえ。キザっぽいけど、なんかロマンチックな雰囲気出てるよ」


 気に入ってもらえたようで何よりだ。


「それでは、乾杯」

「うん、乾杯」


 カチン、とグラスをぶつけ合う。

 逸らしそうになる視線を必死に前へ向けながら。


 芳醇そうな外見から、どんな味がするだろうと期待していたのだが、小さい頃に家族と飲んだ偽シャンパンにそっくりな喉越しだった。

 似たようなものだし仕方ないか。


 続けてカルボナーラを一口。

 それが舌に触れた瞬間、そのおいしさが身に沁みてわかった。高級な料理には縁遠かった俺だが、何かが違うと直感した。

 素材の一つまで細かくこだわった結果なのだろうか。素人でしかない俺にはプログルメリポーターのような称賛する言葉は出てこないが、自信をもってこれは美味だと断言できる。


 彼女も目を輝かせてナントカ風の味を堪能しているようだ。

 魚介類がふんだんに使われたそれは、贅沢に貝や海老などをそのままトッピングしている。殻付きなので一見すると食べにくそうであるが、彼女は器用に中身をくり抜いていた。前に来た時もこれを食べたのかもしれない。


 あまりにも料理の完成度が高かったので、食べることに熱中してしまった。

 もしかすると、他の客が静かなのも同じ理由ではないだろうか。


「これ本当においしいですね」

「でしょ?」


 食事中は、それくらいの言葉を交わしただけだ。あとは、食器の音がたまに鳴るくらい。

 無言の時間は決して苦ではなかった。

 一人ならまだしも、誰かと一緒にいてそう思えたのは彼女以外にいない。それどころか、心地良いとさえ感じていた。


 手間をかけて作られたパスタは確かに美味だった。

 けれど、それだけの理由であの味が出せたはずがない。きっと一人で食べていたら感想も違っただろう。

 最後の一口を咀嚼しながら、彼女への想いが大きくなりつつあることを自覚した。

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