プロローグ 道筋
大切な人、というのが誰にでも一人はいると思う。
自分の人生を変えてくれたり、かけがえのない時間を過ごしたり、色々と考えられる。その人にすぐ会えるようなら幸せだ。存分に恩返しでもなんでもしてくれ。
ただ、そうもいかない事情がある場合も多いだろう。音信不通だったり、そもそもこの世から旅立っていたり、問題は人それぞれだ。
俺もその一人だ。会いたくてたまらない人がいるのに、それが叶わない。それがどんな人かと訊ねられれば、照れと恥を滲ませながらこう答える。
好意を伝えられないまま消えてしまった人だ、と。
いなくなってから後悔してその価値に気付くという、使い古されたお手本みたいなことをしでかしたわけだ。打ち明ける機会はいくらでもあったし、雰囲気だって背中を押すような色になっていた。
すべては俺の気弱な心が生みだした自業自得。確かに後悔はしている。
だが、こうやって思い返すことで、これから会心の一歩を踏み出すための道筋を探そうと足掻いている。決して足踏みして立ち止まろうなんてことじゃない。
「啓介くん」と俺を呼んでくれた彼女の声。対して俺は「小池さん」と名字でしか呼べなかった。向こうが年上ということは関係なく、ただ気恥ずかしかっただけ。
まずは、俺と彼女の出会いから話を始めようか。今思えば、なんて奇妙で俺らしい始まりだったのかとあきれるくらいだ。
あの時から、既に今までのすべてが決まっていたのかもしれない。
最初に彼女と出会ったのは、屋上へと繋がる扉の前だった。正確に言うとそれ以前にも廊下ですれ違ったり教室に入る後ろ姿を見たりもしているのだが、そんなのはノーカウントでも構わないだろう。
とにかく、俺と彼女はそこで初めて本格的な出会いを果たした。いっそのこと屋上だったら絵になってよかったのだが、普段は屋上への扉は厳重に施錠されているので無理な話だ。
生徒の自治による開放的な校風を作るとか言っておきながら、こういうところはお堅いまま。軸がぶれていて立ち位置がよくわからない。ここはそんな高校なのだ。
私立本条高等学校。今年の受験難易度はBランク。飛び抜けて高いわけでもなく、かといって平均以下でもない。微妙な位置という言葉を使うには持ってこいだろう。
けれど、その恩恵はちゃんとある。中途半端に難しいおかげで、極端に悪ぶった奴が比較的少ないように思えるのだ。プライドの高いエリートはこんなところよりも上の高校に進学しているし、単純に学力が足りないチンピラはここに手が届かない。
その代わりにというべきか、変にひねくれた奴は比較的多い。俺もその一人に数えられるわけだが、自覚しているだけまだマシな方だろう。こういう性格だと自分でも開き直っているからな。
さて、そろそろ本題に移るとしよう。屋上へと続く扉の前、なぜそんな場所で俺と彼女が巡り合ったのかという話だ──。