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UFO同好会

UFO同好会と7月神権模試

作者: 讒現

夏の日差しはまだ分厚い雨雲の上に身を隠していた。蝉が遠慮がちに鳴きだして夏の訪れを告げている。この黒い雲の輪郭がはっきりしだすとき、俺は幸せになれるだろうと前田健太郎君はなんとなく夢見た。

神権模試で燃え尽きた彼は、思いつく限りのネベッセに対する悪態をつきたくて部室に足を運んだ。確認するがUFOの研究をするためではない。模試は期末テストの直後にあったので、彼らは実質2週間の部活動停止を受けていた。今日晴れてテストという殺伐とした、恋愛要素のかけらもないイベントから開放された高揚感で健太郎君はドアをガロリと開けた。

「ああ健太郎。生きてたの」

中では横山が一人でなにやらパンを()んでいた。彼は少なからずその光景に萌える。風が吹いてカーテンを揺らし、横山のショートカットがなびいて彼女の顔に偶然の陰影を描いた。

「横山……会いたかったよおお」

「寄るな、暑苦しいしむさ苦しいし気持ち悪いし萎えるから」

相変わらず取り付く島もない横山である。

健太郎君は肩掛けのエナメルバッグを床に置いた。肩紐の辺りが妙に湿っぽい。また温かみを持った風がカーテンを膨らませて、その隙間から木々の緑が燃え上がっているのが認められる。ガラガラと、彼の後ろでドアが動く音がして誰かが入ってきた。振り返る。

「よお健太郎。早いな」

入ってきたのは椛山である。テストを波乗りするサーファーのように難なく乗り越えてきたような爽快感を漂わせている。

「で横山、お前何食ってんの?」

「●●パン」

よく見ると中で何か蠢いている。離れて見ていた健太郎君の顔は青ざめる。

「……へえ」

「あげないからね」

「欲しくねえよ。どこで買ったんだよそんな……物騒なパン」

「冷蔵庫の奥から引っ張り出してきた」

「お前が食中毒になっても同情しないからな」

「その代わり入院代は割り勘で」

「意味が分からないぞ」

二人はパンをネタに談笑した。いつの間にやら健太郎君の所在が消滅している。自身の存在の危険を感じ取った彼は、3人で盛り上がれるような話題を必死に探す――模試だ。そうだ、俺の本来ここに来た意義はネベッセの愚痴を言いに来ることだったのだ。なぜ忘れていたのだ。

「二人とも」と健太郎が言った。

「「いたのか、お前」」と残る二人が言った。

「忘れないで。お願いだから人として取り扱って」と健太郎が言った。

「そんな難しいことを要求するのか」と椛山が言った。

「絶対難しくないと思うけど」と健太郎が言った。

「まあいいや。健太郎は健太郎だよ」と横山が言った。

「横山、ありがとう!」と健太郎は言って横山の手を握ろうとした。

横山はその手をペシっと叩いた。

「埴輪以上、野良猫以下ってところかな」と横山が言った。

「は、ハニワ……」と健太郎が絶句した。

「模試の点数次第では野良猫以上にしてもよくないか?」と椛山が言った。

(ナイス椛山!)と健太郎は思った。

「あー、じゃあ健太郎、あんた国語できた?」と横山が言った。

「自己採点で80点」と健太郎は胸を張った。

「「嘘だ」」と二人が口をそろえた。

「ひどい」と健太郎は言った。

「だって、有り得ないでしょ私が54点なのに」と横山が言った。

「だいたい、狩猟民族がなんなのよ。マンモス追いかけたきゃ追いかけてなさいよ。私たちは今の生活が一番幸せなの。だってアニメも漫画もサバンナじゃ売ってないわ」と横山が続けた。

「狭い幸せだな」と椛山が言った。

横山の耳には聞こえていない。

「小説だって、パズルが楽しけりゃそれでいいのよ。『幼い幼女』て何それロリ? しかも意味被ってるし。パズルができないなら諦めなさいよ。現実逃避したくてパズルに逃げ込んだだけでしょ? バッカじゃないの?」

「「横山、鎮まれ」」と男二人が唱えた。

「さて、次は俺の番だ」と椛山が言った。

「順番とかあったっけ」と健太郎が言った。

「国語はあれだ。文章の裏まで読んだら駄目だ。あくまで額面どおりに読み取らないとな。そしたら例え健太郎ぐらいでも80はとれるわけだ」と椛山が言った。

「ぐらいってなんだよ、ぐらいって」と健太郎が言った。

「だがあえて言おう。ドイツ人の中にも変人はいると」と椛山が断言した。

「それ英語でしょ」と横山が言った。

「いいわ。仕方ない、今回の国語は私と相性が悪かった」と横山が言った。「だから、健太郎。お前は野良猫以上硫酸バリウム以下よ」

「俺は無機物以下なのか」と健太郎は(たん)じた。

「あーあ、なんかすっきりしちゃった」と横山が言った。

「結局、模試を愚痴りに来ただけか」と椛山が苦笑した。

いいじゃない、と横山は言って伸びをした。腕を上げた際、上の制服がずり上がって健太郎君はドキっとした。

「ふー。暑い! 夏だね」と横山が言った。

確かに、夏はこれからである。今年こそは、という何回目かのお願いを健太郎君は去年より切実に願った。

「それじゃまたねー」と横山は部室を去っていった。

「さて、潤い要素がなくなったところで俺らも帰るか」と椛山が言った。

「だな」と健太郎も言った。


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