僕を助けて
世の中なんてどうでも良かった。自分以外が生きようと死のうと・・・いや、自分さえも死んでもいいと思っていた。
将来なりたいもの・・・・・なし。
夢・・・・・・・・・・・・楽に死にたい。
僕は・・・どうして生きてるの?
「よう、昨日あれからどうした?」
「3面クリアしたぜっ!超〜難しかったけど、達成感あるよなぁ」
クラスメートの楽しそうな声が教室に響き渡る。
でも、誰も僕には話しかけてくれない。僕は、この教室の中で独りだ。本当に独り・・・。
何故、僕はここにいるんだろう?いなくても誰も困らない。誰も悲しまない・・・?
寂しい。
悲しい。
悔しい。
悔しい!悔しい!!悔しい!!!
「あら、帰ったの?帰ったら『ただいま』くらい言いなさい」
母親が言う。
「疲れた」
「そればっかりねぇ。若いのに、どこか悪いのかしら・・・?」
違う。疲れたのは『苦しい』から。
『つらい』って言えないから変わりに『疲れた』って言っているだけ。
だれか、僕を助けて!!
部屋から出たくない。
人と会うのが怖い・・・。
僕は駄目な人間なの?
僕は生きていちゃ駄目なの?
僕は・・・。
微熱が続く。
身体がだるい・・・。
「学校、休む?」
母親の心配そうな声に僕は無理をする。
「大丈夫。」
そう、身体は大したことないんだ。身体は・・・。
学校の門。ここからまた、戦いが始まる。孤独との戦い。
「お早う。」
女子の明るい声。僕には向けられない笑顔。まるで、僕だけが時間が止まっているみたいな光景。僕以外が幸せな光景。
教室のドア。これがまた恐怖。
なるべく気づかれないようにドアを開ける。でも、一瞬皆の視線が僕に集まる。
でも、それは一瞬の出来事で誰も僕に挨拶してくれる人はいない。
僕は心の中で「お早う」と呟き、教室に入る。僕の机に座る。さぁ、授業の始まりまで何をしていよう。教室は話し声で賑やか。僕の好きな愛璃ちゃんの笑い声が微かに届いてくる。僕は少し幸せになった。教科書を机の上に出して、先生を待つ。暇なので、パラパラと教科書をめくる。これが他人には、「優等生ぶって」と写るらしい。
僕は別に優等生になりたいわけじゃない。他の子と同じにくだらないお喋りに夢中になったり、授業を抜け出したりしてみたい。
ただ、・・・僕には『友達』がいないだけ。
僕と他の子の違いは、ただそれだけ。
「お早う」
先生がやっと来た。
少しホッとする。
可笑しい?だって、授業中はみんな『一人』だから。
お昼休み。
皆、それぞれグループをくんでお弁当。
僕も必死に仲間に入れて貰う。はじっこに、話しには入っていけないけど、取りあえずグループに同情で入れてもらう。先生に『独り』だと思われたくないから。嫌われてると、思われたくないから。
僕は必死だ。お弁当の味なんか分からない。
作り笑顔。
ちょっと、胃が痛い。
でも、我慢。だって形だけでも『仲間』といると、思われたい。
放課後、僕は必死で一緒に帰る友達を捜す。
でも、皆なんだかんだ理由をつけて断られる。結局、今日も誰もいなかった。僕は一人、下校する。
周りはまた、賑やか。
僕は、独り。
疲れたなぁ・・・。いつまで続くんだろう。こんな毎日。
いつまで、必死に生きなければいけないんだろう・・・?
僕はだんだん狂っていくような気がする。だんだん・・・『怪物』になっていく・・・。
やっと家に着いた。玄関を開け黙って中に入る。
「ただいま、は?」
母親のいつもの叱咤。
いつものことなのに、今日は無性にイライラする。
「うるさい・・・」
小さな声で反抗する。母親には聞こえなかったようで、
「帰ったら、ただいまくらい言いなさいって、いつも言ってるでしょう?」
「うるせぇー、ババア!!」
母親はビックリした顔をしている。
いつもの小言なのに。
いつものことなのに、僕は僕を止められなかった。
「いつもいつもうるせーんだよっ!!」
叫びながら、僕はサイドボードの上にある電話や花瓶を片っ端から放り投げる。
止まらない。
止められない。
「うわぁぁぁーーー!!」
誰か、僕を助けて・・・。
「お、お早う・・・」
ビクビクした母親の声。僕は無言で椅子に座り、パンをかじる。これから、また学校だ。お腹が痛い。
「目玉焼き、食べる?」
ギロッと僕が睨むと、
「あ、朝からそんなには食べられないわよね」
と、慌ててキッチンに引っ込む。
まるで、腫れ物に触るようだ。
母親でさえ、僕の気持ちを理解してくれない。
昨日、父親が帰ってから三人で話し合った。父親は、何故こんな事をしたのか、と僕に聞いてきた。でも、僕は答えられなかった。
何故、そんな理由が分かるなら最初から『言葉』にしている。分からないんだ。僕自身。ただ、この心の辛さを誰かに分かって欲しい。僕を好きになって欲しい。苦しみから、解放して欲しい。
母親は泣いた。
『どうしてあんたが泣くの?』
僕はまるで他人を見るように泣いている母親を見ていた。
泣きたいのは僕なのに。
助けて欲しいのは、この僕なのに。どうして自分が被害者だ、と言わんばかりに泣くの?
卑怯だよ。
「こんな子に育てた覚えはないのに・・・」
僕だって、あんたなんかに育てられた覚えはない!
「とにかく、母さんを悲しませる様な事をするんじゃない」
「何がだよ!俺が何したっていうんだよっ!!」
「家庭内暴力を起こしただろう!!」
父親も声を荒げる。
「止めて、近所に聞こえる!あなたの家の息子が喚いてる、って!住めなくなるでしょ!!」
母親が泣きながら僕と父親を止めに入る。でも、それは世間体の為。自分の為。決して、僕を心配しての事じゃない・・・だから、余計腹が立つ!!
「ざけんじゃねぇー、くそババア!周りに知れたからって何が悪いんだよ!!いつも、いつもてめえの事ばっかで物言いやがって!」
「いいかげんにしろっ!母親に向かって何て口の利き方をしてるんだ!!」
父親が激怒する。
お父さんは怖い。でも、・・・もう生きているのが辛いんだ・・・。
「じゃあ、死んでやるよ!俺がいなきゃ世間に恥、さらさないんだろっ!!」
「そんなこと言ってねーだろっ!!」
「死んでやる!!」
僕は鞄からカミソリを出した。
死にたくて、でも、死にたくなくて、ただカミソリを鞄に入れている。そうしていると落ち着く。心が痛いとき、手首を切る。
死なない程度に。心の傷を身体の傷でごまかす。
本当は『助けて』の印。
でも、母親は知ってか知らずか無関心。
「僕なんか生きてもしょうがないんだぁ!!」
「やめろっ!!」
父親が必死で止めようとする。
けど、母親は、
「死にたければ、死ねば。ここまでしてあげてもう、私、疲れた。死にたいなら、どうそ」
「お前は黙ってろ!」
父が母を怒鳴りつける。
そう、それ母親の本音だ。
僕は・・・母親に・・愛されてなかったんだ・・・。
「ふっ・・・うぅぅ・・・」
涙が止まらない。
自分を生んだ親に「死んでどうぞ」と言われたんだ。
父は力づくで僕からカミソリを取り上げる。
それから・・・会話は延々続いた。ポツリ、ポツリと話してると思うと、また、大声で喚き合う。そんな、繰り返しで朝が来た。
僕は終始無言で朝食を食べ終わると、そのまま黙って玄関を出た。
「いってらっしゃい」
母親の声が背中に話しかける。世間体を気にしてのこと。昨日は何でもないのよ。ほら、もう普通でしょ?
そう見せびらかしたいだけ。
くだらない。
大人の世間体なんて、なんてくだらないんだろう。
僕のこれから味わう『地獄』に比べたら、天と地程の差だ。
『学校』という地獄の門を、僕はまたくぐり抜ける。
体育の時間。
「今日からは、グループに分かれて創作ダンスに入る。皆、6〜7人で好きなもの同士グループを作れ」
脳天気な先生が言う。
どうして、先生がグループ分けしてくれないのだろう。『友達』がいる人はいい。さぞや楽しい授業になるだろう。でも、僕みたいな人間には・・・。
「僕も入れて」
「悪りーい、もう人数一杯になっちゃったんだよ。他、当たってくれよ」
「僕も入れて」
・・・同じ事の繰り返し。
先生、どうしてこんな酷い仕打ちをするの?僕はますますこのクラスに僕なんか『必要ない』って実感させられるんだよ!?
「なんだ、西崎余ってるのか?おーい、そこ誰か西崎入れてやってくれ」
「いいですよ」
優等生がすぐに返事をする。僕が頼んだ時は「だめ」って言ったのに、先生には『よい子』を見せたいもんね。
僕はとても惨め気持ちになった。
地獄。
学校は『地獄』
この世は『地獄』
僕はどうして生まれてきたのだろう?
何億の精子の中で、どうして僕なの?他の精子が頑張ってくれれば良かったのに。
僕は・・・、この世に生まれてきたくなかった!!
それから、しばしば母親と喧嘩した。僕は勇気がないから物にあたる。トイレのドアを壊し、物を投げつけ、狂ったようにドアを蹴飛ばす。
ある時は、「死ね」と紙に書いてそれを部屋の真ん中に包丁で突きつけた。
会社から帰った父がまるで泥棒に入られた後のような部屋を見て、僕を呼びに部屋に来る。
僕が「嫌だ!」と言うと、
「いいから、来い!!」と父に怒鳴りつけられ、怖くて仕方なく下に降りていく。
そこには恨めしそうに僕を見る母親がいた。
「私が何したっていうの?そんなに私が憎いの?」
父が帰ったとたん、強気に出る母。そんな母親がムカついてムカついて仕方がない。
「このままだと、私この子に殺される!」
母親が叫ぶ。
わざとらしい。
だから、僕はお前が嫌い。近所の人には愛想を振りまいて、家に一歩入ればこれだ。女は裏表があるから、皆嫌いだ!
女だけじゃない。
男だって、先生の前じゃいい子ぶる。
そんなクズばっかの世の中。自分保身主義者。
くだらない。
嫌いだ・・・。
次の日、父は会社を休み僕を病院へ連れてった。
長く、長く話し合った末の結果だ。
僕自身、限界だった。このままじゃ、本当に母親を殺してしまいそうだった。それほど、・・・憎かった。
どうしてだか、憎かった。
僕を生んだはずの母なのに・・・。僕の事を何一つ、理解しようとしない母だったから・・。
壊れた心は、もう、元には戻れなかった・・・。
「初めまして、澄田といいます。まずは西崎君の今の気持ちを聞かせて下さい」
「・・・助けて欲しい・・・」
僕はぼそっと言った。
「具体的に、何を助けて欲しいですか」
「・・・僕は、ずっと独りでした。小学校も中学校も、友達が出来なくて、母親は僕が我が儘だから、っていつも言って、でも、それが苦しくて、自分が悪いならどうにかしようとして、でも、どうにも出来なくて僕は皆に嫌われて、もしかしたら生きていちゃいけないんじゃないか、って思うようになって。・・・僕はおばあちゃん子だったから、祖母が生きている間は僕は死んじゃいけないと思ってた。
「それはどうして?」
先生は僕の話しをじっと聞いてくれた。そして、時々質問してくる。
「おばあちゃんにとって、僕は生き甲斐だから。だから、僕は必要とされてるから、死んだらおばあちゃんが悲しむから・・・」
「おばあちゃん思いの優しい子なんですね」
僕はちょっと嬉しかった。母は祖母に嫉妬していて、僕をそんな風に言ってくれた事はなかったから。祖母は僕の尊敬するたった一人の人。祖母が生きている時から母はよく「おばあちゃんになんか稟を任せるんじゃなかった」と良く口にしていた。自分は仕事と休みの日には近所の人と遊び歩いて僕の事なんか、放ったらかしだったくせに・・・。
僕は祖母に育てられた事を誇りに思ってる。
昔も、そしてこれからも、ずっと・・・。
「ずっと、頑張ってきたんですね」
先生の言葉で、僕は今までずっと我慢していた心が涙となって溢れ出した。それは、僕が怪物から人間の心を少し取り戻したのかもしれない。
「僕は、辛かった。本当に辛かったんです。人に嫌われる。なんでだろう、とずっと考えても分からなくて、意地悪されて相手を憎んで・・・殺したかった。でも、落ち込むと僕自身が生きていちゃいけないのかも、と思って手首を切って。でも、僕は本当は死にたくなくて、親に分かって貰いたかった。でも、母親は近所の人にばかり目を向けて僕の事は全然理解しようとしなかった。それどころか、死にたければ死んでいい、とまで言って僕は母が憎い」
僕はボロボロ泣きながら話した。つっかえつっかえ、僕の長い長い年月を理解して欲しくて、この最後の綱の澄田先生に語った。
「そう。お母さんも本音ではないと思うけど、言ってはいけない事ですね」
僕の話しは2時間近くにも及んだ。それでも、先生はずっと聞いてくれた。それは、仕事だから当たり前の事なのかもしれないが、今の僕には『話しを聞いてくれる』たったそれだけの事が嬉しかった。
そして、延々に続いた話しの後、先生は僕の目を見て言った。
「これから、西崎君と一番良い方法を一緒に考えていきましょう。その前に、一つだけ、約束して欲しい事があります」
僕は先生をじっと見た。何を言うのだろう。難しい事?厳しい事?僕に出来る・・・?
「今後、決して手首を切るような事をしない、と約束して下さい」
僕は自信がなかった。
「約束、できますか?」
それは、強制ではなかった。僕の意志を聞いてくれていた。
だから、僕は、
「はい」
と頷いた。自信はなかったけど、でも僕はこれから治療、して行きたいから。僕の未来を、取り戻したいから・・・。
「これから、辛いことは一緒に考えていきましょう。直ぐには結果は出ないかもしれないけど、一人で悩まないで長い目で見ていきましょう」
そして、長い長い治療が始まった。
投薬、カウンセリング。
あれから、5年の月日が流れた。
僕はまだ、治療に通っている。完治する事はないのかもしれないけど、僕は今も生きている。
時々、鬱になると僕が生きていると人の迷惑になるかも、と思ってしまう事もある。人に嫌われるのが怖くて、家に引き籠もりたくもなる。
でも、人よりゆっくりだけど僕は歩いている。健常者と同じ速度では歩めないかもしれないけど、僕は僕のままでいいから。落ち込んで、泣いて、でも時間を見方につけて僕は生きていす。
だって、僕には先生がついていてくれるから。
もう、独りだった頃の僕とは違う。
精神科に通ってる。
まだ、偏見の目で見られるのが怖くて人には言えないけど、それでいい。
だって、先生やカウンセラーの人達のおかげで、僕はちゃんと生きているから!
最後まで、読んで下さりありがとうございます。これは、あくまで、一つの選択です。世の中には幾つも選択肢があります。でも、心が弱っている時、無理に自分で選ばないで下さい。あなたはあなたのままで良いのだから。