異世界へ強制招待!? マスター編
「つまらん」
『なっ!』
複雑な魔方陣をもの数分で構築し、最強と呼ばれる古代竜を召喚して見せた赤毛の少年は心底つまらなそうに陣の中に現れた見事な体躯と甚大な力を有する己の召喚した竜に対してそう、吐き捨てた。
「最強に孤高。誰にも膝を屈することなく使い魔にできた者は過去においてたった一人と謳われた伝説の古代竜………あっさり召喚できるじゃないか」
『な、なっ……』
「しかも主従の契約もほんの数分しか抗わなかったし」
『お、お主……』
「まぁ、魔方陣構築から契約完了、召喚までに三十分かかったのは最長だったし、腐っても古代竜ってことか」
『………』
少年の口からポンポン飛び出す暴言に最強と謳われた古代竜はあんぐりと口をあけて呆けるしかない。
今まで、居ただろうか?圧倒的な力で問答無用で己を使役下に下し召喚した挙句、「簡単すぎてつまらない」と言い放った人間は。
数千年にわたる古代竜の人生においてここまで規格外、失礼極まりない人間は生まれて初めて見た。
怒りよりただただ驚きの方が勝った。畏怖も恐怖も何もない。ただつまらないと隠そうともしない瞳に古代竜は興味を惹かれた。
『お主………なま……』
「あ、還っていいぞ」
だが、生憎少年の方は古代竜に欠片たりとも興味を持たなかったようであっさりと言った挙句本当に何の迷いもなく魔法陣を展開させ、送還させてしまう。
『なぬ!ちょ!まっ………!』
古代竜は何か言いかけたがそれは届く前に送還の光に消えた。
「ふむ………」
古代竜の送還を最後まで見届けることもなく少年はなにやら思いついたらしく近場にあった紙になにやら書き付けていた。
控えめなノックが響く。
「アクラ………入るよ?」
「おう」
少年………この王立魔法学院の生徒であり、歴代最高と名高い術士であるアクラは手元から目をそらすことなく入室を許可する。
ひょこりと顔を出したのはそばかすの可愛い茶色の髪をみつ編みにした小柄な少女だった。
「なんの用だ。マルー」
顔すらあげないアクラだったが少女………彼の幼馴染であるマルーは名前を呼ばれてぽっと顔を赤くしつつ幼い頃から想い続けた想い人に持ってきた手作りのサンドイッチを差し出す。
「あ、あの、アクラまたご飯食べてないでしょ?だからね、あの、ご飯、作ってもってきたんだけど」
頬を赤くしてもじもじと恥らいつつもサンドイッチの入ったバスケットを差し出したマルーの姿を見て、彼女の想いを多くの者が悟るであろう。なのに、肝心の想い人には伝わらず。
「んっ?悪い。さっき食べた」
がーーーーん!
乙女の手作り差し入れという最強恋愛フラグは朴念仁に全力で叩く折られてしまう。
己の放った無情な一言でその場にへなへなと崩れ落ちたマルーを無視してアクラは再び召喚準備に入った。
アクラの魔力が先ほどの古代竜を召喚した魔法陣とはまた違うものを描き始める。複雑に絡みあう幾何学模様がアクラの魔力を注がれ淡い光の点滅を繰り返す。
アクラの精神と魔法陣がリンクし、その陣が呼ぶべき使い魔を探る。
地を越え、空を越え、世界すらも越えて魔法陣は探る。呼ぶべき存在を。アクラが下すべき使い魔を。
様々な力を感じた。小さいものも大きいものも歪んだ光も澄んだ光も。だが、そのどれもがアクラの気を惹かない。ただ、一瞥すれば手に入るようなものに興味はない。
アクラの意識はただひたすらに広がり使い魔を探す。
遠く遠く意識を伸ばし魔力を広げ、そして………まばゆいばかりに燃え盛る炎を見つけた。
姿が見えるわけではないただ、力だけが見える。
その力は極めて強大なわけでも美しいわけでも希少性があるわけでもない。
ただ、むき出しの炎のように燃え盛っていた。何も隠さず、ただひたすらに燃え盛るためにあるような命の光。
意識した途端、魔法陣が「それ」を捕らえるべく、動き出す。
力が強いわけではない「それ」は抵抗らしい抵抗ができず魔法陣に捕まる。それと同時に主従の誓約が発動した。
「それ」の炎が揺らぐ。抗おうとしているが力関係は圧倒的にアクラの方が上だ。いや、瞬時に囚われなかっただけ「これ」は骨があったのかもしれない。
ゆるゆると失望が胸を満たす。
やはりこれも「つまらない」か。
アクラが興味を失いかけたその時。
『ふっ………ふふふっ』
低い笑い声が聞こえ、アクラの意識が戻される。
なんだ?と疑問に思うよりも早く。先ほどとは段違いに抵抗が強くなる。反射的に術を強めるが尋常でない反発にアクラは軽く目を見張った。
(な、なんだ?いきなり反発が強くなった。力が爆発的に増したわけではないのになぜ!)
遭遇したことのない事態にアクラはほぼ生まれて初めて「理解できない」ことにうろたえた。
そしてそんな彼の動揺を突いたように術の一部、「主従の誓約」が
『ふざけんなぁ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
渾身の怒りの一喝によって破られた。
「なにっ!」
術が損なわれたことによって魔法陣の光が弱まる。衝撃で倒れそうになるのを必死に堪えながらアクラは召喚の陣が壊されるのだけはどうにか防ぐ。だが、維持が精一杯でもう、「それ」を捕らえ続けるのは難しい。
その間にもわけのわからない反発は続く。
『どこの馬鹿か知らんが、こんなふざけた真似しくさりおって!許さん!!説教かましてくれる!聞こえてる!?今からいくから正座して待ってな!』
「それ」が炎を吐かんばかりの勢いでそう言うなり、弱まった陣の光が再び強くなる。アクラが何かしたわけではない。「それ」自身が召喚に応えたことに魔法陣が反応したのだ。
召喚の光がまばゆくなる。だが、主従の誓約は壊れたまま。召喚されるのは何の誓約のない怒り狂った何かだ。
アクラの心臓が大きく鼓動を刻む。そして………。
「おもしろい!」
口元を歓喜に緩ませ、生まれて初めての感情を抱きながらアクラは嬉々として「それ」の訪れを待った。
光が世界を繋ぎ、そして少女と少年は出会いを果たす。