元有名探偵、今ではほぼニート探偵の過去の事件ファイル~ちょっぴり大人なチン事件簿~
「アンジュ先生、今日も暇ですね~」
「そうねぇ。もう事務員、メイのお給料は払えないかも」
「そ、そんな⋯⋯」
ここは日本と変わらない技術や生活水準を持つアンシダン国。その首都の外れにあるアンジュ探偵事務所には今日も閑古鳥が鳴いていた。
「ふふ、冗談よ。20年前、私が有名探偵として活躍していた時に、思い切ってこのビルを買っておいて正解だったわ。おかげで今でも家賃収入があるからね」
「はぁ~よかったです⋯⋯」
とは言いつつも、毎日続く暇~な事務所の状況⋯⋯掃除も10分で終わったし、帳簿仕事も終わっている。メイはとにかくやる事がない。暇だ。暇すぎる⋯⋯
「あの~アンジュ先生? もし暇なら昔に起きた珍事件とか教えてもらえませんか?」
メイは先生のカッコよく活躍した話は聞いたことがあるけど、少し変わった事件の話も聞いてみたいと思った。
「チン事件? そうねぇ⋯⋯あるわよ。せっかくだからメイが犯人の使ったトリックを見破ってみてね」
「はい! じゃあ聞かせて下さい!」
「わかったわ。あれはもう20年も前の事だった――――」
ある日、私の知人の知人⋯⋯ほぼ私とは無関係の男が私に会いたいと弁護士を通じて連絡してきたの。彼はクルトという31歳の会社員だったわ。私は彼に会いに留置所に向かい、話を聞いたの。
『アンジュ先生、本当に俺じゃないんです! 誰も信じてくれなくて!』
『ん~? そうなの? でも物的証拠が出てるのよね?』
『何かの間違いです! 本当に知らないし、やっていない!』
『⋯⋯本当に? そこまで言うのなら詳しく教えてくれるかしら?』
この事件のあらましはこんな感じだったわ。
クルトの住むマンションで一人暮らしをしていた飲食店勤務の女性エマが、自宅で何者かに暴行を受けて殺害されたの。部屋の中には争った形跡はあったものの、貴金属などは盗まれていなかった。
そして司法解剖の結果、エマの体内からは犯人の動かぬ証拠と思われる精液が見つかった。もちろん直ぐにDNA鑑定が行われたのだけれど、ポリスが持っているDNAデータの中に該当者はいなかった。
そしてポリスはエマの住むマンションの住人や友人関係、彼女がお付き合いをしていた男性や仕事関係者に任意でDNAを提供してもらって捜査を続けたのよ。
「では⋯⋯クルトさんが逮捕されたのなら、ご遺体に残されたた精液のDNAとクルトさんのDNAが一致したと?」
「そうなの。だからエマと同じマンションに住むクルトはポリスに連れていかれたわけ」
クルトが任意で提供したDNAは、被害者エマの体内に残っていた精液のDNAと一致した。
「でもクルトは本当にやっていないと言うのよ。でも動かぬ証拠となるDNAが一致してしまったのだから逃れ様はないわよね」
その騒動でクルトの嫁は彼に離婚届を叩きつけて幼い娘と共に家を出た。クルトの両親や兄弟は怒り狂い、クルトと縁を切ったわ。もちろん仕事はクビ。マンションの住民たちも部屋に残った荷物を早く片づけて追い出せと大家に訴え出したの。
「うわぁ⋯⋯本当に犯人だったら分かりますが、これって冤罪だったのですよね?」
「そうよ。でもあの頃はそんな時代だったの」
科学捜査、特にDNA鑑定はポリスの捜査よりも信用できる。皆そう思っていたわ。
正直こちらとしても厳しい状況だとは思ったわ。でもわざわざクルトが私に頼ってきたのだから、一応探偵として調べてみる事にしたのよ。
まずはマンションの住民やエマが働いていた飲食店の関係者、そしてエマの彼氏から話を聞いてみたわ。でも皆クルトに怒っているだけで、何も分からなかったの。彼女は美人で感じがよく、誰かに恨まれる様な方ではなかったそうよ。
「あの、先生! 私、トリックが分かったかもしれません!」
「言ってみて」
「クルトさんとエマは不倫をしていて、殺害された日も性行為をしたのです。そして二人が別れた後に、殺人鬼がエマのマンションに来て殺害したとか?」
「違うわ。クルトとエマはたまに挨拶を交わすだけの関係よ」
では話を続けるわね。
でね、ここで一人のマンションの住民から聞けた話が興味深かったのよ。彼女はエマと同じマンションの同じ階に住んでた人だった――
『事件のあった日、私は三か月の海外出張に出かける所でした。エレベーターの方へ向かっていると、誰も使わない階段に一人の男がいたのです。グレーのパーカーのフードを被った男で、怪しかったからよく覚えています』
私がその話を彼女から聞いた時、彼女は海外出張から帰ってきたばかりで、こんな事件がマンションで起こっていたなんて私が伝えるまで知らなかったの。だからこそ怪しい男の話をしてくれたのね。他の人はどうしてもDNAが一致したのだから犯人はクルトで、他に怪しい人なんていないと思い込んでしまっていたの。
言っておくけど、これは20年以上前の話だから。当時は海外にいると、このアンシダン国の大きな政治の動きや株価は確認できても、今ほど国のマイナーな情報を楽に得られる様な感じではなかったのよ。
「それでそのフードを被った男が犯人だったのですか?」
「結果的にはそうよ。でもメイは犯人ではなくて、このトリックを見つけるのよ。どう? 少しは分かった?」
「う~ん、多分DNAが誤認逮捕の重要なポイントだった訳ですよね? 20年前ですから解析を間違えちゃったとか?」
「違うわ。ラボは違えていない。確かに被害者エマの体内にあったDNAとクルトのDNAは一致したわ」
「じゃあクルトと犯人は一卵性双生児だった? 実は家族だったとか?」
「違うわ。全くの他人よ。DNAも全く違うわ」
「⋯⋯えぇ⋯⋯」
なかなか難しいわよね。名探偵である私も驚いたから。
では続けますね。その怪しいフードを被った男について調べ始めた私は、エマの住むマンションの向かいのマンションに住んでいる主婦に重要な話を聞けたのよ。
『あの事件の前に怪しい男を何度も見たのよ! ほら、私のマンションから目の前のマンションがよく見えるでしょ? きっとその男が被害に遭った女性をストーカーしてたのよ! でもこの話には誰も興味を持ってくれないのよね⋯⋯』
被害者は亡くなり、犯人は捕まったから、誰もストーカーについてなんて耳を傾けなかったらしい。
『もしかしてその男はグレーのパーカーのフードを被ってましたか?』
『そう! それにあの男って、私の感だけど、駅前の売店の店員の似てるのよね。たまたま同じ服を着た同じ様な背格好をした男なだけかもしれないけど』
その怪しい男が気になった私は、この主婦に男の背格好を聞いて、駅前の売店に行ってみたのよ。
「それでどうでした?」
「怪しかったわ。犯人独特の雰囲気というのかしらね? こいつが犯人だと思ったのよ」
私は直ぐにその男の名前や住所を調べたわ。彼はフランク(24歳)。そして被害者が勤めていた飲食店に行って、従業員にフランクの写真を見てもらったの。そしたら⋯⋯
「あ! この男を知ってます。お店に来た事があるわ」
って言う女性が現れたの。そして⋯⋯
「そういえばエマ、この男にストーカーされてるかもって言ってたわ⋯⋯」
ここで確信したのよ。このフランクが絶対に犯人だってね。
そこでエマが住んでいたマンションの住民だけでなく、近隣の住民にも話を聞いてみたわ。そしたら⋯⋯
『この男かは分からないけど、パーカーのフードを被った男は何度か見たことがあるよ』
とか、
『私見たんです! フードを被った怪しい男がごみを漁っているのを!』
なんて証言が出てきたのよ。怪しいでしょ? でもこれくらいの事ではポリスに伝えても意味がないし。
それから私達は毎日フランクを尾行したわ。あの頃はこの事務所にも従業員がいたからね。今はいないけど。
そしてフランクは一人の女性をストーカーし始めたのよ。そして⋯⋯とうとう事件を起こしたの。
「え?! 女性は大丈夫だったのですか?」
「ええ。私達がいたからね。フランクは女性の住むマンションの誰も使わない非常階段に潜んでいたわ。もちろん彼女の部屋の階の。そして女性が帰宅し、マンションの部屋のドアを開けた瞬間、女性の部屋に力ずくで入り込んだのよ」
そして女性の悲鳴が聞こえた瞬間、私達が部屋に入り、男を拘束してポリスに突き出したわ。
もちろんポリスに事情をすべて伝えてね。
「で、フランクは犯行を認めたのですか?」
「始めは否定したけど、動かぬ証拠を持っていたから言い逃れは出来なかったわ。どう? トリックは何か分かった?」
「え~? じゃあクルト夫妻が不妊症の治療をしていて、産婦人科に保管されている精液をフランクが盗んだとか? それを犯行時に証拠として残したとか?」
「いい線いってる! でも産婦人科ではないわ」
「う~ん⋯⋯分かりません!」
ポリスに連行されたフランクは事情聴取と所持品の確認をされたの。そこで⋯⋯出たのよ。
「先生、何がですか?!」
「使用済み避妊具よ」
「は?」
ポリスがフランクに聞いてみると、それは自分が使用した物だと言い張ったのだけれど、あまりにも挙動が不信だったのでDNA鑑定したの。そしたらフランクの物ではなかったわ。
そしてとうとう白状したの。漁ったゴミから見つけたのだと。
「じ、じゃあもしかして?」
「そう。クルトの家のゴミをフランクが漁って、発見した使用済み避妊具にあった精液液を、殺害したエマの体内に残したの」
「ひぇぇぇぇ?!」
どうやらエマの家のゴミを漁っていたら間違えてクルトの家のゴミを漁ってしまったらしいわ。そこでゴミの中から避妊具を見つけて犯行を思いついたそうよ。
そして一度成功すると、またやりたくなるのでしょうね。性犯罪者は再犯率が高いから⋯⋯
「その後はどうなったのですか?!」
「もちろんフランクは逮捕されてクルトは釈放されたわよ? でももう会社にも家族の元にも戻る事は無かったらしいわ。今どこで何をしているのかしらね⋯⋯」
「先生! 後味が悪いです! 私は面白い珍事件が聞きたかったのですよ?!」
「あら? 正にチン事件じゃないの」
「珍です! チンじゃありません! チン違いですから!」
「もうメイったら。誰もいないからって昼間から淑女がチンチン叫ばないの」
今日もこの探偵事務所に相談者は一人も来なかった。毎日暇なメイは、またアンジュに昔のチン事件話をねだる日も近いのかもしれない。




