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前世で“バズらせる”のだけ得意だった私が異世界で書き散らした言葉、気づけば七年も王国を飢饉から守っていたらしい

作者: あらた
掲載日:2026/06/27

 追放を言い渡される朝は、よく晴れていた。


 七年、この国の布告を書いてきた。その締めくくりが「役立たず」のひと言だとは。われながら、ずいぶん安く見られたものだ。


 大広間の高い窓から、秋の終わりの白い光が斜めに落ちている。その光の帯の真ん中に、わたしは立たされていた。磨かれた石床の冷たさが、薄い靴底を通して足の裏に染みてくる。


 「記録係ミオ。そなたの任を、本日かぎりで解く」


 壇上のバルトロメウス書記長が、よく通る声で言った。勲章を几帳面に並べた胸を反らし、細い目でわたしを見下ろしている。


 (ああ、とうとう言った)

 胸の内で、わたしはぼんやりとそう思った。怒りも、悲しみもわいてこない。よく今日までもったほうだ。


 「布告の清書など、誰にでもできる雑事だ。そなた一人に任せておく道理はない。平民の娘を七年も城に置いてやったのだから、温情と思うことだな」


 温情。


 その言葉を、わたしは口の中でそっと転がしてみる。


 甘いアメのようで、舌の上で、ゆっくり苦くなっていく言葉だ。


 ようするに「これだけ恵んでやったのだから、ありがたく思え」を、品よく言い換えただけ。与える側が気持ちよくなるために選ばれた言葉で、受け取るこちらの都合は、はじめから入っていない。


 人ひとりを路頭に放り出すのに、よくもまあ、これだけ厚く砂糖をまぶせるものだ。


 七年。毎晩、この国の畑の作柄を数えて、どの村が先に底をつくかを帳面に書きつけてきた。その口でよく言う、と内側の誰かが冷たく笑った。けれど、その笑いは外には出さない。感情の出し方を、わたしはもう何年も忘れている。


 「……かしこまりました」


 わたしは頭を下げた。声は、自分でも感心するほど平らだった。


 バルトロメウスの口の端が、満足げに持ち上がる。


 「ご苦労なことでしたねぇ。平民にしては、本当によく書けていましたよ」


 ねぎらいの言葉は、刃のように裏返っていた。


 (バルトロメウス書記長。ご大層なお名前)

 心の中でだけ、わたしはその名を短く切り詰める。バルト、と。そうすると、ご自慢の勲章も肩書きも、急にままごとの飾りに見えてくるから不思議だった。


 「わかればよい。下がれ」


 それだけだった。七年が、それだけで終わった。


 大広間を出ようと背を向けたとき、廊下のほうから足音がもつれて近づいてきた。


 「ミオさん!」


 息を切らして飛び込んできたのは、ハルだった。城の触れ書きを村々に届けて回る、使い走りの少女だ。短い髪を風で乱して、頬をいつも上気させている。まだ十五で、自分のことを「ボク」と呼ぶ。


 「嘘でしょ、追放だなんて。ボク、ついさっき廊下で聞いて……どうして、ミオさんが」


 その目に、みるみる涙が溜まっていく。


 わたしは、少しだけ困った。慰める言葉を探したけれど、見つからなかったので、結局いちばん本当のことを口にする。


 「平気よ。……わたしがいなくなったって、何も変わらないもの」


 ハルが、何か言いかけて口をつぐんだ。言葉の代わりに、握りしめた布告の束が、くしゃりと音を立てた。


---


 あれは、わたしがこの世界に来たばかりの頃のことだ。


 気がついたら、見知らぬ王都の路地に座り込んでいた。コルニア。痩せた土地に麦をすがる、小さな王国の都だと知るのは、もう少しあとのことだ。前の世界の記憶は、薄い膜の向こうにあるみたいに遠い。覚えているのは、自分が冴えない勤め人だったことくらい。職場では名前も覚えてもらえず、唯一の取り柄といえば、こっそり続けていた書き物の収入が、本業の給金を超えていたことだけ。


 誰にも誇ったことはない。誇れるようなものだとも、思っていなかった。


 この世界で、わたしが最初にした仕事は、城の記録室の隅で布告の文面を清書することだった。最初は、ただの写し書き。けれど、書いているうちに気づいてしまった。


 同じことを伝えるのでも、言葉の置き方ひとつで、人の動きがまるで変わる。


 その年、北の三つの村が不作だった。城は「備蓄を放出する」と布告を出すつもりでいた。けれどわたしは、その文面のままでは危ないと思った。「足りない」と先に言えば、人は奪い合う。慌てて買い占める。値が跳ね上がり、いちばん貧しい家から飢えていく。前の世界で、似たことを何度も見てきた気がした。


 だからわたしは、夜のうちに帳面を作った。どの村に、どの順で、何を、どう伝えるか。「足りない」ではなく「行き渡らせる」と書く。配る日取りを先に告げて、並ばなくていいと知らせる。買い占めても損になるよう、放出は何度も続くと添える。


 それを、当時まだ城に上がったばかりだったハルが、村から村へ走って届けた。


 その冬、誰も飢えなかった。


 わたしのしたことに名前がついていたとしても、たぶん、たいそうな名前ではなかったと思う。魔法でもない。剣でもない。ただ、伝え方を整えただけ。


 それでも、効いてしまった。


 次の年も、その次の年も、わたしは書いた。


 三年目の春のことは、今でもよく覚えている。


 南の港町で、はやり病が出た。それ自体は、たいした規模ではなかった。けれど、噂のほうが病より速く走った。「井戸に毒が撒かれた」「城は民を見殺しにする気だ」。そんな言葉が、人の口から口へ、火がつくように広がっていった。おびえた人々は井戸を捨て、汚れた雨水を飲み、かえって病を広げようとしていた。


 城は「井戸の水は安全である」と布告を出すつもりでいた。わたしは、それではダメだと思った。


 「安全だ」と言われるほど、人は「危ないから言い繕っているのだ」と疑う。前の世界で、嫌というほど見てきた。否定から入った言葉は、不安の前ではいつも負ける。


 だからわたしは、否定をひとつも書かなかった。


 代わりに、やることだけを順番に並べた。水は一度沸かしてから飲むこと。具合の悪い人は、この三つの兆しが出たら町の医師のもとへ行くこと。医師の数が足りなければ、城がここに増やすこと。日付を入れて、誰が、いつ、何をするのかを、子どもにも読めるくらい平らな言葉で書いた。


 怖い、という気持ちには、正しさより先に、次の一歩を渡してやるしかない。


 その触れ書きを、ハルが港町まで走って届けた。半月で、噂は静まった。井戸に人が戻り、病は広がる前に途切れた。


 その布告の評判が城に伝わったとき、バルトロメウス書記長は、居並ぶ貴族たちの前で胸を張った。


 「民の心を鎮めるには、こうして理を説いてやればよいのだ。私の差配の賜物だな」


 わたしは記録室の隅で、新しい帳面をめくっていた。訂正しようとは、やはり思わなかった。


 ただ、その「理を説く」という言い方が、少しだけおかしかった。わたしが書いたのは、理屈ではない。おびえた人の手を引く、ただの段取りだ。人の隣に立って、次の一歩を指さす。それだけ。その違いを、たぶんあの人は、最後までわからないままなのだろう。


 税の取り立てに不満が募った夏にも、わたしは書いた。何に使われる銭なのかを、難しい言葉を全部ほどいて伝えた。橋が架かる。井戸が増える。あなたの払った銭は、ここに戻ってくる、と。


 不安な夜ほど、わたしはよく書いた。眠れないから書いた、というほうが近い。書いて、配って、整える。それを七年、ただ続けた。


 布告に署名するのは、いつもバルトロメウス書記長だった。


 「これは私が国を治める手腕の表れだ」と、彼は事あるごとに胸を張った。わたしは記録室の隅で帳面をめくりながら、それを聞いていた。


 訂正しようとは思わなかった。手柄が欲しかったわけではないし、そもそもわたしは、自分のしていることにそれほどの価値があるとは思っていなかった。


 誰かの役に立つ言葉を、見返りを求めずに書く。

 嘘や脅しで人を動かさない。正しく伝える。

 無視されても、書くのをやめない。


 それだけが、わたしがこの世界で自分に許した、たった三つの決まりごとだった。


 ハルだけが、ときどき妙なことを言った。


 「ミオさんの触れ書き、村のみんな、貼り紙の前で取り合いになってるんですよ」


 そう言って、得意げに笑うのだ。わたしは「大げさね」と返した。本気でそう思っていた。


 だって、わたしがいなくなったって、何も変わらない。ずっと、そう信じていた。


---


 城を出て、十日が過ぎた。


 わたしは王都の下町に小さな部屋を借りて、写本の仕事で食いつないでいた。城のことは、もう遠い話のような気がしていた。


 町の様子が、どこかおかしいと気づいたのは、その頃だ。


 市場の前に、人だかりができていた。みな、貼り出されたばかりの布告の前で、口々に何か言い合っている。


 「結局、配給はいつなんだ」

 「先月の触れと、書いてあることが違うじゃないか」

 「北で麦が値上がりしてるって本当か。今のうちに買っておかないと」


 わたしは、人の肩越しにその布告を読んだ。


 読んで、背中がひやりとした。


 文面が、ばらばらだった。配る日取りが書いていない。何度も放出すると伝えていない。ただ「備蓄を放出する」とだけ、太い字で書いてある。これでは、人は奪い合う。買い占める。値が跳ね上がる。


 七年前の、あの冬の入り口とそっくりだった。


 わたしの指は、無意識に動いていた。この文面なら、こう直す。配る順は、こう。先に告げるのは、ここ。頭の中で、勝手に帳面が組み上がっていく。


 けれど、わたしはもう、記録係ではないのだ。


 手を、握って下ろした。


 帰り道、麦の屋台の前を通った。台はほとんど空で、母親がひとり、痩せた女の子の手を引いて立ち尽くしていた。値札の数字を、何度も読み返している。子どもが「おなかすいた」と小さく言って、母親が「もう少しだけ我慢して」と返した。その声が、うまく笑えていなかった。


 わたしは、足を止めた。


 あの子のために、わたしは七年、書いてきたはずだった。お腹をすかせた子が、ちゃんとご飯を食べられるように。それだけのために。


 なのに今は、ただ通り過ぎることしか、できない。


 部屋に戻ってから、わたしは気づけば紙を広げていた。手が、勝手に動いていた。この文面なら、こう直す。配る順は、こう。買い占めが損になる伝え方は、こう。七年やってきた段取りが、指の先からするすると出てくる。一枚の触れ書きが、あっという間にできあがった。


 それを持って、わたしは戸口まで行った。


 自分で、貼り出してしまえばいい。城の名などなくても、正しい段取りなら、読んだ人がきっと動く。


 でも、戸の取っ手に手をかけたところで、足が止まった。


 わたしは、もう記録係ではない。城に役立たずと言われて、追い出された平民だ。そんな人間が出しゃばって、町の触れ書きを真似て貼り出すなんて。笑われて、かえって混乱を増やすだけだ。だいいち、わたしの言葉に、そんな力なんて、本当にあるのだろうか。


 書いた紙を、わたしは机に戻した。


 その晩、町の北のはずれで、買い占めをめぐって小さな騒ぎが起きたと聞いた。次の日には、それが二つに増えた。値はじりじりと上がり、いちばん貧しい路地から、麦が消えていった。


 わたしは部屋の窓から、暗い町を見ていた。机の上には、貼り出せなかった触れ書きが、白いまま残っていた。


 わたしがいなくなっても、何も変わらない。そう思っていた。なのに、町は、こんなにもわかりやすく傾いていく。


 まさか、と思った。そんなはずはない、とも。


 わたしのしていたことは、ただの覚え書きだ。たいそうなものじゃない。何度も、自分にそう言い聞かせた。言い聞かせるほど、みぞおちのあたりが、痛いような、こわいような、おかしな具合になっていった。


 戸を叩く音がしたのは、その夜更けだった。


 開けると、ハルが立っていた。城の使い走りの軽装のまま、息を切らして。十日で、ずいぶん痩せた気がした。


 「ミオさん。お願いです。城に、戻ってください」


---


 ハルの話は、半分も聞かないうちに見当がついた。


 わたしが去ったあと、布告はバルトロメウスの差配で出されるようになった。けれど、村に届かない。届いても、書いてあることが日によって食い違う。どの村に先に配るのか、誰も決められない。問い合わせの使いが城に殺到して、書記室はとうに溢れているという。


 バルトロメウスは、自分の言葉が誰にも届かないことに、心底うろたえているらしかった。


 「あの人、ずっと言ってたんです。布告なんて誰でも書けるって。なのに、いざ自分でやってみたら、何にもできなくて」


 ハルの声が、震えていた。怒りと、悔しさで。


 「ボク、もう黙ってられない。ミオさんがどれだけのことしてたか、城のやつら、誰も知らないんだ」


 わたしは、土間に立ったまま、しばらく動けなかった。


 知らなかったのは、城の人たちだけではない。わたし自身が、いちばん知らなかった。自分の書いた言葉が、この国を七年、飢えから遠ざけていたことを。


 「……買いかぶりよ、ハル」


 やっと出たのは、そんな小さな言葉だった。情けないくらい、いつもの口ぶりで。


 ハルが、初めてわたしに食ってかかった。


 「買いかぶりなんかじゃない! ボクは見てたんです。七年、ぜんぶ。ミオさんの触れ書きを村に届けて、それを読んだ婆ちゃんが安心して、子どもがちゃんと飯を食えて。その全部、ボクが、この目で見てたんだ!」


 涙が、ぼろぼろこぼれていた。それでも、その子はまっすぐにわたしを見ていた。


 わたしは、その目から、逃げられなかった。


---


 城の大広間は、十日前とは別の場所のようだった。


 大広間には、王に仕える貴族や役人たち、廷臣ていしんがずらりと居並んでいた。その顔は、どれも青ざめている。報告の紙束が、床に散らばっていた。壇上のバルトロメウスは、勲章を並べた胸を、もう反らしてはいなかった。わたしを見つけると、ばつの悪さを押し隠すように、わざとらしく咳払いをした。


 「ミオ。よくぞ戻った。……うむ、そなたの清書の腕を、いま一度、国のために役立ててもらおうと思ってな」


 慇懃な言葉の衣の下から、焦りが透けて見えた。昨日まで「誰にでもできる雑事」と切り捨てた口で、よくもまあ。


 わたしが何か答えるより先に、隣でハルが息を吸った。


 「役立ててもらおう、じゃないでしょう」


 廷臣たちが、いっせいに口をつぐんだ。使い走りの少女が壇上の書記長に物申すなど、本来あってはならない。けれどハルは、布告の束を抱えたまま、一歩前に出た。


 「この七年、村に配られた触れ書き。あれを書いてたの、ぜんぶミオさんです。配る順番も、言葉の選び方も、全部。書記長さまは、署名をしただけだ」


 ハルの声は震えていた。それでも、止まらなかった。


 「みなさん、知らなかったんですか。この国が七年、誰も飢えずにこられたのが。あの人の覚え書き一冊のおかげだったって」


 しんとした。


 その沈黙は、形を持っていた。広間の高い天井から、ゆっくりと降りてきて、廷臣たちの肩に重たく乗っていく。誰も、すぐには言葉を返せなかった。


 バルトロメウスの顔から、血の気が引いていった。


 「な……何を、根も葉もないことを。布告は、私の差配で……」


 「だったら、なぜ書けないんですか」


 ハルが、抱えていた布告の束を、ばさりと床に広げた。日付の食い違う、行き先のばらばらな、この十日の触れ書きたち。


 「あなたが差配した十日で、町は傾きました。ミオさんがいた七年は、何ともなかった。……答えになってるじゃないですか」


 バルトロメウスの口が、ぱくぱくと動いた。けれど、言葉は出てこなかった。余裕も、貫禄も、勲章も、何ひとつ彼を助けてはくれなかった。やがて彼は、絞り出すように、みっともなくつぶやいた。


 「なぜだ。なぜ、誰も、私の言うことを聞かん……」


 その問いの答えを、たぶん彼は、一生わからない。署名を奪うことはできても、その下に七年かけて積み上がった信頼までは、ついてこなかった。彼が手に入れたつもりでいたものは、最初から、彼のものではなかった。


---


 廷臣のひとりが、おずおずとわたしの前に進み出た。


 「ミオ……どの。どうか、国のために、もう一度その腕を。望むだけの地位も、俸給も用意する。だから」


 地位。俸給。


 十日前、わたしを光の帯の真ん中に立たせて見下ろした、同じ広間。同じ人たち。その口が、今度は手のひらを返して、わたしを引き止めようとしている。


 昔のわたしなら、きっと、また黙ってうなずいていた。波風を立てず、求められるまま、隅の机に戻っていた。それが分相応だと思っていたから。


 でも、今日のわたしは、ハルの涙を見てしまった。


 だから、生まれて初めて、自分から口を開いた。声を、ちゃんと、前に出した。


 「地位も、俸給も、いりません」


 広間がざわめいた。わたしは構わず続けた。手も声も、少し震えていた。それでも、言葉は、わたしの中からまっすぐに出てきた。


 「わたしが書いてきたのは、誰かに認められるためじゃありません。お腹をすかせた子が、ちゃんとご飯を食べられるように。それだけのために書いてきました。これからも、書きます。……ただし、城の隅ではなく、町の真ん中で。みんなの顔が見える場所で」


 言ってしまってから、自分でも驚いた。こんなにたくさんの言葉を、表に、声に出したのは、いつ以来だろう。


 ハルが、隣で、ぐしゃぐしゃの顔のまま笑った。


 「それでこそ、ミオさんだ」


---


 城を出ると、秋の終わりの光が、また斜めに射していた。


 十日前と、同じ白い光。なのに、今日は、ずいぶん暖かく感じる。


 「ねえ、ハル」

 「はい?」

 「わたしのしてきたことって……ほんの少しは、役に立ってたのかな」


 われながら、往生際の悪い問いだと思う。これだけのことがあってもまだ、わたしは自分の価値を、自分で信じきれずにいる。


 ハルは、あきれたように笑って、それから、まっすぐに言った。


 「七年ですよ。七年、誰も飢えなかった。それを少しって言う人、ミオさんくらいです」


 胸の奥が、じんと熱くなった。けれどそれは、ありきたりな温かさとは違う。もっと不器用で、もっと確かな熱だった。


 わたしは、ずっと、自分には何もないと思って生きてきた。前の世界でも、この世界でも。名前も覚えてもらえない、取るに足らない誰か。それでいいと、半分あきらめていた。


 でも、違った。


 たいそうな力はいらない。剣も、魔法も、いらなかった。ただ、誰かのために言葉を整える。それだけのことを、わたしはちゃんと、七年続けてこられた。


 わたしの言葉には、意味があった。


 生まれて初めて、わたしは、そう思うことを自分に許した。


 机に置いてきた、あの白いままの一枚を思い出す。貼り出す勇気が出なくて、戻してしまった触れ書き。今度こそ、ちゃんと表に出すんだ。城の隅でも、誰かの署名の下でもなく、わたしの言葉として。


 「ハル。明日から、忙しくなるわよ。まずは、北の村の配給の触れ書きから。手伝ってくれる?」

 「もちろん! ……あ、ボク、足だけは速いんで。任せてください」


 胸を張るハルの横で、わたしは小さく笑った。今度は、ちゃんと表に、外に出る笑い方で。


 空は、どこまでも晴れていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


 澪という名前は、水の流れる道筋を指す言葉から選びました。目立たないけれど、確かに人を運ぶもの。情報や人の心の“流れ”を整える彼女に、そっと重ねています。


 この話を書いているあいだ、わたしはずっと、「役に立っているのに、自分ではそれに気づけない人」のことを考えていました。派手な力がなくても、誰かのために続けてきた小さなことには、ちゃんと意味がある。澪に言わせた最後のひとことは、書いている自分自身が、いちばん言ってほしかった言葉なのかもしれません。


 読み終えたあなたが、ほんの少しでも、自分のしてきたことを「役に立っていたのかも」と思えたなら。これ以上うれしいことはありません。


 面白かったら、評価や感想で教えてもらえると、次を書く力になります。またどこかの物語でお会いしましょう。

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