校正者のざれごと――「つまらなさそう」は間違いなのか?
私は、フリーランスの校正者をしている。
先日担当した本に、こんな一節があった。
――校庭の隅でつならなそうにしていた男の子が……
校正では、内容に疑問があるとエンピツを入れるが、このようなはっきりとした誤植では迷わず「な」を「ま」にするよう赤字を入れる。ところが、数行あとに出てきた「つまらなさそう」の言葉にふと手が止まった。あれ? 先の文は「つまらなそう」だったよな。
この「さ」は、入っていていいものなのか。
私の感覚では「つまらなそう」がしっくりくる。「さ」にトルと入れてしまうか。しかし、この部分は元の文章からの引用で、確認すると元の文章も「つまらなさそう」になっていた。そこで、ふと事務所の隣の席の校正者に聞いてみた。すると、こんな答えが。
「僕の感覚では、つまらなさそう、ですかね」
こういうのは、自分の感覚を疑ってみないといけない。ネットでも検索してみる。すると、NHK放送文化研究所「最近気になる放送用語」にこんな記事を発見。
――「降らなそうだ」?「降らなさそうだ」?
「降りそうだ」を否定形にしたときの表記について書いてある。「降らなそうだ」のほうが伝統的に正しいとされてきたが、「降らなさそうだ」を正しいと考える人も一定数いて間違いとはいえない、とのこと。ちなみに「降らなさそう」をよしとするかどうかは地域によっても違いがあり、東日本より西日本のほうがその傾向が強いそうだ。
そして、続いてこんな説明も。
①形容詞の否定には「さ」が入る――「寒い」の否定「寒くない」は「寒くなさそうだ」
②動詞の否定には「さ」は入らない――「降る」の否定「降らない」は「降らなそうだ」
③外見上「ない」の形だが否定の用法ではないものは「さ」は入らない――「危ない」「少ない」「汚い」は「危なそう」「少なそう」「汚そう」
なかなか奥が深い。気になったので、昼休みに一緒に食事に行った二人の校正者にも聞いてみた。二人とも「つまらなそう、かなあ」と首を傾げる。すると一人が、
「そういう言葉の使い方を調べるなら、明鏡国語辞典がいいですよ」
と教えてくれた。携帯に入っているアプリを見せてもらうと、確かに用法が詳しく載っている。事務所に戻ると、さっそく明鏡国語辞典を手に取り、「つまらない」を引いてみる。
――「……そうだ」「……すぎる」に続くときは「つまらなそうだ」「つまらなすぎる」となる。「つまらなさそう」「つまらなさすぎる」とはしない。
やはり「つまらなそう」が優勢か。校正プロダクションの社長にも聞いてみた。「そうだねえ。まあ、『つまらなそう』かなと思うけど、原文が『つまらなさそう』ならママでいいんじゃないの」不統一があれば指摘するが、強く指摘はしないとのこと。
ここまで来て、やっと自分でも腑に落ちた感じがする。そろそろ気持ちを切り替えて、先へ進もうか……と思っていた矢先に、こんなサイトを見つけてしまった。
――「取れなそう」か「取れなさそう」か……「さ」を入れる?
毎日新聞 校閲部の「毎日ことばplus」の記事だ。ここは表記の選択に迷ったときによくお世話になっている。読み物としても興味深い内容が多い。
――大多数が「取れなさそう」を支持しました。文法的には、「ない」が形容詞なら「なさそう」、「取れない」のように助動詞なら「取れなそう」が正解ですが、日常的には区別されず、「取れなさそう」は慣用として許容されているのが実態です。
なるほど。NHK放送文化研究所の②動詞の否定として考えれば、「取れなそう」だが、「取れなさそう」が一般的に支持されているということ。これも私の感覚ではやはり「取れなそう」だ。でも、文章中で「取れなさそう」を見かけても、やはりエンピツを入れるのはためらうかもしれない。
「頼る」の否定「頼らない」は「頼らなそう」だが、「頼りない」は「頼りなさそう」になる。「間違える」の否定「間違えない」は「間違えなそう」だが「間違いない」なら「間違いなさそう」になる。
だんだん頭が混乱してきた。これ以上は踏み込まないでおこう。そろそろ切り上げて、仕事に戻らなければ。こんなペースでは終わらなさそう。ん? 終わらなそう、か。




