第十五話 守るための刃
重い音が、森の中に響いた。
リザの短剣と、野盗の頭が振るったナタがぶつかっていた。
いや、ぶつかったというより、押し潰されかけていた。
「っ……!」
リザの足元の土が削れる。
細い腕で受け止めているのが不思議なくらいだった。
「ほう。これを受けるか」
野盗の頭が笑った。
「悪くない。ますます気に入った」
「……嬉しくないよ」
リザは歯を食いしばったまま、短剣をずらした。
ナタの力を横へ流す。
そのまま身を沈め、男の懐へ潜ろうとした。
男は膝を上げ、リザの顔面を蹴ろうとした。
「ちっ」
リザは舌打ちして横へ跳んだ。
「おら!」
ナタが横薙ぎに振られる。
リザはぎりぎりでかわした。
けれど、髪の先が何本か宙に舞った。
「リザさん!」
「前見てな!」
怒鳴られた瞬間、俺の横から野盗が突っ込んできた。
「よそ見してんじゃねえ!」
短剣が腹を狙ってくる。
剣を弾き返し、前蹴りで距離を作る。
男が吹っ飛んだところへ、ノエルの風が足元を払った。
「うわっ!」
野盗が剣を落として転ぶ。
俺は剣を向けた。
「動くな!」
男は歯を食いしばったけれど、立ち上がらなかった。
少しずつ、野盗たちの勢いは落ちていた。
最初に飛び出してきた連中は倒れている。
魔法使いもリザに潰された。
残っている野盗たちは、俺たちを囲みながらも踏み込めないでいる。
でも、頭だけは違った。
リザと打ち合いながら、まだ笑っている。
「どうした。さっきの威勢はどこ行った」
「よくしゃべる豚だね。あんたの口の臭さが気になるだけだよ」
「がははは。言うじゃねえか」
男が踏み込んで、ナタを振り下ろす。
リザは受けずにかわした。
ナタが地面に叩きつけられ、土が爆ぜる。
その隙にリザが男の腕へ短剣を走らせた。
血が飛ぶ。
だけど浅い。
男は少し顔をしかめただけだった。
「軽いな」
次の瞬間、男の拳がリザの腹に入った。
「かはっ……!」
リザの体がくの字に折れる。
そのまま男は、リザを蹴り飛ばした。
「リザさん!」
リザは地面を転がり、木の根元にぶつかって止まった。
起き上がろうとしている。
でも、すぐには立てない。
野盗の頭がナタを肩に担ぎ直す。
「面倒だ。殺してやるよ」
そして、視線をノエルに向けた。
「その次はお前だ。白いの」
ノエルの肩が震えた。
でも、後ろへ下がらなかった。
「アレン」
小さな声で、俺を呼ぶ。
俺はノエルの前に立った。
「行かせない」
野盗の頭が俺を見る。
「ほう、なかなか根性あるガキだな」
「……」
「死ぬ覚悟は出来てるか?」
その言葉に、息が詰まった。
父さん。
そうだ。父さんを追わないと。
なぜ、父さんが姿を消したか。なぜ、父さんは苦しんでいたのか。
まだ、なにもわかってない。
それに、俺の後ろにはノエルがいる。
「俺は」
剣を握る手に魔力が流れる。いつもより多く。
「俺は、ノエルを守る」
剣が、いつも以上に光っている。
野盗の頭が笑った。
「なら守ってみろ」
男が地面を蹴った。
速い。
真正面から来る。
ナタが上から振られる。
受けたら潰される。
でも、こいつには負けられない。
胸の奥が熱い。
怒りなのか、恐怖なのか、自分でもわからない。
黒紫の光が剣だけじゃなく、腕全体まで膨らんできた。
腕が熱い。でも構わない。ここで決める。
「くっ……!」
ナタと剣がぶつかる。
腕が痺れた。
肩が外れそうになる。
黒紫の光がナタの刃を削る。
火花みたいなものが散った。
「お?」
野盗の頭が少しだけ目を細めた。
「変な力を使うじゃねえか」
力で押し込まれる。
足が土に沈む。
無理だ。
このままじゃ押し負ける。
その時、横から小さな火が飛んできた。
ノエルが手を伸ばしていた。
強くはない。
でも、男はそっちに気を取られた。
「ちっ」
野盗の頭の体勢が、大きく崩れる。
リザの声が飛ぶ。
「アレン! 今だ!」
体が動いた。
俺はナタを押し返し、半歩踏み込んで剣を振り下ろす。
剣の刃が、男の胸へ入った。
浅く止めるつもりだった。
動きを止めるだけ。
倒せればいい。
殺すつもりなんてなかった。
けれど、刃にまとわりついた黒紫の魔力がまた膨らんだ。
まずい。
そう思った時には、もう遅かった。
剣は男の体を深く裂いていた。
「がっ……」
野盗の頭の顔から、笑みが消える。
大量の血が流れた。
男は一歩下がり、膝をつきかけた。
俺は息を止めた。
勝った。
そう思った。
でも、男はまだナタを握っていた。
「この……ガキがあああ!」
野盗の頭が、最後の力で立ち上がる。
向かった先は、俺じゃない。
ノエルだった。
「ノエル!」
考えるより先に、体が動いた。
男のナタが振り上げられる。
ノエルは目を見開いていた。
俺は間に入った。
もう迷っている暇はなかった。
剣を突き出す。
黒紫の光が、刃の先を越えて大きく伸びた。
次の瞬間、その光ごと、剣は男の胸に届いていた。
男の体が止まる。
ナタが、俺の肩のすぐ横で止まっていた。
あと少しで、俺かノエルに届いていた。
「……くそ」
男が何かを言おうとした。
けれど、声にはならなかった。
大きな体が、ゆっくりと崩れる。
地面に倒れた音が、やけに大きく聞こえた。
森が静かになった。
俺は剣を握ったまま、動けなかった。
男は動かない。
さっきまで喋っていた。
俺たちを殺そうとしていた。
でも、今はもう動かない。
俺がやった。
「アレン」
ノエルの声がした。
振り返れなかった。
手が震えている。
剣から血が落ちている。
息の仕方が、わからない。
「アレン!」
リザの声が飛んだ。
はっとして顔を上げる。
残った野盗たちが、じりじりと後ろへ下がっていた。
頭が倒れたことで、完全に怯えている。
リザは腹を押さえながら立ち上がっていた。
「考えるのは後! まだ終わってないよ!」
「……はい」
声がかすれた。
俺は剣を構え直す。
リザが野盗たちを睨む。
「武器を捨てな。頭は死んだ。まだ続けるなら、次はあんたらの番だよ」
野盗たちは顔を見合わせた。
一人が剣を落とす。
それにつられるように、もう一人が斧を捨てた。
逃げようとした男がいた。
その足元に、ノエルの風が走る。
「うわっ!」
男が転ぶ。
リザが短剣を向けた。
「逃げても無駄。村まで戻れば、うちの親父たちがいる。森へ逃げれば魔物も出る。ここで大人しく捕まるか、死ぬかだよ」
野盗たちは、もう誰も向かってこなかった。
リザは俺に目を向ける。
「縛るよ。動ける?」
「……動けます」
「ほら、これでこいつらの手を縛って」
「はい」
俺は言われた通りに動いた。
倒れている野盗たちの武器を遠ざける。
自分が何をしているのか、どこか遠くから見ているみたいだった。
ノエルも手伝おうとした。
でも、俺は首を振った。
「ノエルは、リザさんのそばにいて」
「でも」
「頼む」
ノエルは少しだけ迷ってから、うなずいた。
リザは俺を見ていた。
何か言いたそうだったけど、何も言わなかった。
ひと通り野盗を縛り終えた頃には、森の中にまた風の音が戻っていた。
鳥は鳴いていない。
木々の葉が、かすかに揺れているだけだった。
リザが倒れた頭目を見る。
「これで、この群れは終わりだね」
俺はその言葉に、うなずけなかった。
終わった。
そうなのかもしれない。
でも、俺の中では何かがまだ終わっていなかった。
剣を見下ろす。
血がついている。
拭わないといけない。
わかっているのに、手が動かなかった。
ノエルがそっと近づいてきた。
「アレン」
「……ごめん」
なぜ謝ったのか、自分でもわからなかった。
ノエルは首を横に振る。
「アレンは、守った」
「でも」
「私を、守った」
その言葉が胸に刺さった。
嬉しいはずなのに、苦しかった。
俺は小さく息を吐いた。
「……うん」
それ以上は言えなかった。
リザが短剣をしまい、空を見上げる。
「村に戻るよ。こいつらを連れて」
「はい」
「それと、アレン」
リザが俺を見る。
いつもの軽い顔ではなかった。
「あんたがやったことは、間違ってない」
「……はい」
「あいつを殺さなきゃノエルが死んでた。それを忘れたらだめだよ」
俺は黙っていた。
忘れるな。
その言葉だけが、胸の中に残った。
野盗たちを立たせる。
歩けない者は、互いに肩を貸させる。
リザが先頭に立ち、俺は最後尾についた。
ノエルは、俺のすぐ隣を歩いていた。
森の奥にあった古い作業場は、もう煙を上げていない。
俺は一度だけ振り返った。
倒れた男は、動かなかった。
俺は前を向いた。
守るために振った剣は、確かに誰かの命を奪った。
その重さを抱えたまま、俺たちはラトム村へ戻る道を歩き出した。




