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英雄の息子は魔王の娘と旅に出る  〜魔王を討った父の伝説が嘘だったので、僕は彼女を守ることにした〜  作者: 星喰ゆう
第二章 口の悪い女の帰る場所

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第十三話 戻ってくる前に

 食事が終わる頃には、家の中の騒がしさも少しだけ落ち着いていた。


 ニルは椅子の上でうとうとしている。

 トールは皿に残った肉を狙って、ミラに手を叩かれている。


 そんな中で、リザだけはもう立ち上がっていた。


「行くの?」

 エナが小さく聞いた。


 リザは腰に短剣を差し直しながら、いつもの調子で笑った。


「場所を見るだけ。すぐ戻るよ」

「本当に?」

「本当。あたしは嘘つかない」

「たまにつくじゃん」

「トール。あんたは黙ってて」

「怒った怒った」

 トールが笑う。


 ダグさんは壁に立てかけていた斧を手に取り、俺たちを見る。


「俺は村の柵を直してくる。残った連中で見張りも立てる。お前たちは森の奥だ」

「親父、詳しい場所教えて」

「古い作業場は南の森を少し入った先だ。昔の運搬道が残っている。途中に倒れた標識があるから、それを西へ曲がれ」


 リザはうなずいた。


「わかった」

「リザ」

 ダグさんの声が少し低くなる。

「気をつけろよ。無理するな」

「わかってるって」

「場所を見るだけだ。野盗がいるとわかったら戻れ。じきにギルドから応援がくる」


 ギルド。

 その言葉で、胸の奥が少し冷たくなった。


 明日の昼までには、エルド支部に知らせが届く。

 そこから人が来る。


 この村にとっては助けだ。

 間違いなく必要なことだ。


 でも、俺たちにとっては違うかもしれない。


 ノエルを連れていかれるかもしれない。


 ダリオさんの言葉が、頭の中で戻ってくる。


 俺は思わずノエルを見た。

 ノエルは何も言わず、俺の隣に立っていた。


「アレン」

 リザが俺を見た。

「あんたはどうする?」

「……行きます」

「ギルドが来るの、嫌なんでしょ」


 返事に詰まった。


 リザは、思っているよりよく見ている。


「……嫌です」

 俺は正直に言った。

「ノエルが連れていかれるかもしれないから」

 ノエルの手が、少しだけ動いた。

「でも、この村を放ってはおけません」


 リザはしばらく俺を見ていた。

 それから、ため息をつく。


「わかった。でも無茶はしないこと。いい?」

「はい」

「よろしい」


 リザはそう言って、ノエルの方を見る。


「ノエルはどうする?」

「行く」

 ノエルはすぐに答えた。

「アレンが行くなら、私も行く」

「危ないよ」

「行かないと、アレンが危ない」


 リザは呆れた顔をした。


 それから、俺たちに背を向ける。


「いいよ。来な。ただし、あたしの言うことは聞くこと。勝手に突っ込んだりしたら、置いてくからね」

「はい」

「ノエルも」

「聞く」

「よろしい」


 リザを先頭に、俺たちは家を出発した。


 俺とノエルは少し遅れてついていった。


「リザさん、よく森を歩くんですか?」

「まあね。小さい頃からこの辺走り回ってたし。ギルドで依頼受けるようになってからは、嫌でも歩くようになった」

「依頼って、魔物退治とかですか?」

「荷運び。護衛。迷子のネコ探し。たまに魔物。金になるならだいたい受けるよ」

「何でもやるんですね」

「綺麗な仕事だけで飯が食えるなら、誰も苦労しないって」

 リザは振り返らずに言った。

「それより、足元見な。森は前だけ見てると転ぶよ」

「はい」


 言われて足元を見る。


 草の下に木の根が隠れていた。

 危ない。

 普通に引っかかるところだった。


 ノエルは俺の横で、じっとリザの足元を見ていた。


「リザは、転ばない」

「転ぶよ。誰だって転ぶ」

「でも、今は転ばない」

「今はね」


 リザは少しだけ笑った。


 村から離れるにつれて、空気が湿ってきた。

 木々が濃くなり、昼なのに少し暗い。


 しばらく歩くと、道の脇に倒れた木の標識が見えた。

 苔に覆われていて、文字は半分ほど読めない。


 リザがしゃがみ込む。


「これだね」

「ここを西ですか」

「そう」


 リザは標識の周りを見る。

 土に膝をついて、指で何かをなぞった。


「……荷車じゃない。人の足跡だね。何人か通ってる」

「野盗ですか?」

「たぶんね。村人がこんな奥に来る理由はないし」

 リザは立ち上がり、声を落とした。

「ここからは喋る声を小さく。足音も」

 俺とノエルは静かにうなずいた。


 そこから先は、古い運搬道だった。

 道と呼ぶには荒れすぎている。

 両側から草が伸び、ところどころ倒木が塞いでいた。


 でも、リザは迷わなかった。


 折れた草。

 泥についた靴跡。

 木の幹についた新しい傷。


 俺にはほとんどわからないものを、リザは拾っていく。


「すごいですね」

「感心するのは後。向こうに見つかるよりも先に、こっちが見つけるんだよ」

「はい」


 そう言いながらも、リザの背中は少しだけ得意げに見えた。


 どれくらい進んだだろう。


 前方に、古い小屋の屋根が見えた。

 木々の間に、沈むように建っている。

 屋根は半分朽ちていて、壁もところどころ崩れている。


 でも、人の気配があった。


 細い煙が、小屋の裏手から上がっている。


 リザが片手を上げた。


 俺たちはその場で止まる。


 リザは低く言った。


「見つけた」


 心臓の音が大きくなった。


 リザは木の陰へ移動し、俺たちにも手で合図する。


 俺とノエルはその後ろにしゃがんだ。


 小屋の奥から、男たちの声が聞こえる。


「くそ、あの女さえいなきゃ上手くいってたんだ」

「リザだろ。あいつ、しばらく村を離れてたはずなのによ」

「誰だよ。あいつがいないから大丈夫って言ったやつ」

「うるせえな。今夜もう一回行きゃいいんだよ」


 今夜。


 俺は息を止めた。


「村の連中は怯えてる。ギルドから人が来る前にもう一度行くぞ」

「白い髪のガキは?」

「あの魔法使いは面倒だな。詠唱もしやがらない」

「詠唱しない? なに馬鹿なこと言ってんだ」


 ノエルの肩が小さく震えた。

 俺は思わず剣の柄に手をかける。


 リザが、俺の手首を押さえた。

 首を横に振る。

 まだだ。

 そう言っているのがわかった。


「で、肝心のリザはどうするんだ」

「人数で囲めばいい。あいつは強いが、所詮一人だ」

「ガキの剣士もいたぞ」

「ただのガキだろ。適当に殺しとけ」


 リザは口元を引き結んでいた。


 怒っている。

 けれど、動かない。


 俺だけだったら、たぶん飛び出していた。

 だから、リザは強いんだと思った。


 リザが小さく囁く。


「戻るよ。場所はわかった。今は村に知らせる」

「でも、今夜――」

 リザは俺をじっと見た。

「あたしの言うこと聞くって言ったよね」

「……はい」

「じゃあ戻るよ」

 俺はうなずいた。


 ノエルも、静かに立ち上がろうとした。


 その時だった。


 背後の茂みが揺れた。


「……おい」


 低い声。


 振り向くと、野盗の男が立っていた。

 片手に短い斧を持ち、目を見開いている。


 たぶん、見張りだ。


 俺たちが来た道のさらに奥から戻ってきたのだろう。


 一瞬、時間が止まった。


 リザが動いた。


 男が叫ぶより早く、リザのナイフが飛ぶ。


 男の持っていた斧の柄に当たり、斧が地面に落ちた。


「走れ!」


 リザが叫んだ。

 でも、遅かった。


「敵だ! 村の奴らが来てる!」


 野盗の声が、森に響いた。

 小屋の方で怒鳴り声が上がる。

 何人もの足音が動き出した。


「くそっ」

 リザが舌打ちする。

「アレン、ノエルを後ろに!」

「はい!」


 俺は剣を抜いた。

 ノエルが俺の後ろへ下がる。


 小屋の陰から、男たちが飛び出してくる。

 剣。斧。短槍。杖。

 数は、思ったより多い。


 リザが短剣を構えた。


「場所を見るだけのつもりだったんだけどね」

「すみません」

「あんたのせいじゃないよ」

 リザは笑っていなかった。

「でも、こうなったら切り抜ける。手加減してたらこっちが殺られる。だから躊躇するな。いい?」

「……それってつまり」

「ノエルを守るために、ためらうなって言ってるんだ」

「……はい」


 心臓がうるさい。

 手も震えている。


 けど、後ろにはノエルがいる。


 野盗の一人が、俺を見て笑った。


「てめえ、あの時のガキじゃねえか。借りを返すぜ」

「やってみろよ」


 俺は剣に魔力を流した。

 黒紫の光が、刃に薄くまとわりつく。


 伸ばしすぎるな。

 散らすな。

 刃に沿わせろ。


 父さんの声が、頭の奥で聞こえた気がした。


「迷うな。躊躇するな。ノエルを守るんだ」


 誰に言ったのか、自分でもわからなかった。


 ただ、次の瞬間には、野盗たちが俺たちへ向かって走り出していた。

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